月の宴

五里栗栖

 その村は、北北東の端、よく雪の降る地域に存在した。
 森と山々に囲まれ、あまり人の近寄らない場所に築かれたゆえ、独自の宗教観と文化を持ち、それは何世紀にも渡って受け継がれて行った。
 例えば、月は神の寝顔であると彼らは信じる。
 それから、太陽は笑顔であり、遥か高い空から、いつも主は見守ってくださっているのだと云う。
 然すれば当然、月が隠れる夜は、彼らにとって恐怖の対象である事に間違いないのであった。

 焚き火の周りを、何人もの子供たちが取り囲み、奇妙な歌と踊りを唱えている。
 それは彼らの信じるところの、主への祈りと歓びの表明である。
 無事に実った作物や、狩りで捕まえて来た動物たちを食し、ビールやら葡萄酒を味わいながら大人たちはその様子を見守っている。
 その中で、過剰に装飾された僧衣の老人が、静かに呟いた。
「今年も新月が近付いておる」
 それを聞き取った何人かが、僅かにどよめく。
 側近の男が間髪入れずの返した。
「では、猊下。……生贄を」
「出さねばなるまい。主は、それをお望みである」
「然し、昨年は豊作だったでしょう」
「天変地異の前触れかも知れぬ。兎に角、必要だ」
 囂々と燃えたぎる炎を他所に、重苦しい空気が漂った。
「明日、教団の一族により、生贄の選定を行う。疾く、準備せよ」
「はっ!」
 何も知らない子供たちは、夜明けまで踊ったのだった。

 両親の家業を継いで早二年。
 アリサ・コルベットは北の最果てにある城下町を目指して、南の街から、ずっと長旅を続けていた。
 山を登るのも、森を通るのもすっかり慣れたものだが、馬車が通れない地帯を己の足で練り歩くというのは、やはり疲れるものであり、すっかり疲労困憊であった。
 何方か手前にある街で商売をしたのは、もう一週間近くも前の記憶であり、それから数少ない食糧と飲み水で遣り繰りしながら、重い荷物を抱えて歩き続けている。
 半分ぐらい朦朧とした意識のまま山の中を通り進み、彼女は漸く、文化が閉鎖された村——ルフ村に辿り着いたのだった。
 地図にない場所を見つけた困惑と、取り敢えず休憩できる安心感で、彼女の中はしばらくいっぱいであったが、すぐにこちらを見詰める村人たちの、品定めするかの様な粘ついた視線に気付く。
 畑を耕していた農家の男も、外干ししていた洗濯物を片付けていた主婦の女も、そこかしこで追いかけっこをしていた子供たちも、その存在に気付くと、途端にアリサを凝視し始めたのだった。
 誰かに話し掛けて、村の案内を頼もうと思った彼女であったが、思わずたじろいでしまった。
 次第に騒ぎが起ころうとしていたところ、身なりの良い一人の青年が彼女に声を掛けた。
「旅のお方で? 失礼ですが、お名前を尋ねても?」
「……あの、アリサ・コルベット。商人です」
「ははあ。なるほど、この辺境で商売を?」
「いえ、少しばかり休もうと。ついでに、商売もできればと思ったのですが」
「ふむ。長旅の様で、それはそれは……。では、私の家で休まれると良い」
「え? へ?」
 青年は強引に彼女の腕を引っ張ると、警告する様に耳もとで囁いた。
「……あまり、村の中を練り歩かない方が良い。ほとぼりが冷めるまで、俺の家で身を潜めるんだ。良いね」
「へ?」
 それから、そのまま引っ張った状態で彼の家へ向かって歩き始めた。
 アリサが、思わず手を振り解く。
「あ、あの! この村は……。ていうか、あなたは?」
「……ああ。私はロイ・ギュスターヴ。墓守の、見習いみたいなもんだ。事情は、あとで説明するさ。さ、着いてきて」
「はあ!?」
 取り敢えず彼女は、一切合切何も分からないまま、早足で行く彼の後を追った。

 アンティークな造りの豪勢な洋風屋敷は、代々継がれて行った歴史を感じさせる、威厳ある佇まいだ。その裏にはいくつもの墓石が立ち並ぶ墓地が見え、どうやら、ここがロイ・ギュスターヴの家の様だった。
 大きな扉を開き、家政婦を押し除け、青年は急ぎ、二階にある自分の部屋にアリサを招き入れた。
 その中で、薄白い肌の病弱そうな子供が本を読んでいた。
「やあ、兄上。その方は?」
「……何をしているんだ、シャルル」
「読書だよ。兄上が教えてくれた。知識は大事だって。そうでしょ?」
 微笑んで返す弟に、ロイはやれやれと肩を竦めて見せる。
「アリサ・コルベット殿。旅の商人だそうだ」
「……彼女も、晩ご飯にされるのですか?」とシャルルが不安そうに言うが、ロイがすくさま返した。
「そうはさせないさ。俺とお前が上手くやれば、な」と言って、鏡台の引き出しからリボルバーを取り出して、アリサに渡した。
「あの、これって……」
「前に来た旅人の遺品だ。多分、動くだろう」
「……多分って」
「護身用の武器は?」
「ナイフなら」
「じゃあ、持っていてくれ。……次の生贄が決まるまでに、あんたを逃さなきゃいけない」
「生贄?」
「近く、月葬祭が開かれる。新月が近づくと、毎回、神への供物に選ばれた人間が、灰になるまで生きたまま焼かれるんだ。そんな時期に来訪者がとなれば、神の思し召しだろうさ」
「……な、なるほど」
「そうでもない時は、旅人はご馳走になる。言っている意味が分かるか?」
 顔を近付けて問うてくるロイに、アリサがたじろいだ。
「は、はい。……あ、あの、なんで助けてくれるんですか?」
「墓守は遺品整理の役目がある。その中で、色んな物を見て、読んで、感じた。俺は、この村が嫌いだ」
 噛み締める様に言うロイに、後ろでシャルルが同意する様に頷いた。
「夜になったら、一階の書斎に移動する。それまで、この部屋にいてくれ。シャルル、案内と手立ては頼んだ」
「わ、分かった」
 アリサの返事に合わせて、シャルルも頷く。
 突如、ロイの部屋の扉を家政婦がノックした。
「ロイお坊っちゃま、食事の時間です」
「すぐに行く!」
 囁く様に、一言だけ残した。
「俺とシャルル以外は、誰も信用するな」
 アリサは静かに頷き返したのだった。

 広い食堂の中、ロイと彼が二人で昼食を味わっていた。
 食器の動く音と小さな咀嚼音だけが聞こえる。
 威厳のある声で、父親が言った。
「シャルルは?」
「食欲がないって。お母様は?」
「知っているだろう。まだ、療養中だ」
 一旦、会話が打ち切られる。
 また暫し、単調な食事の音だけが鳴っていた。
「また旅人を匿っているのか?」
「そうだったら?」
「私は、お前を後継者として相応しい人間に育てたつもりだった。その為に、仕事にも付き合わせたし、礼儀作法も教え込んだ。それがどうしたことか、出来上がった息子は短絡的で間抜けで抑えが効かず、迂闊な人間と来た」
「それは大変なご苦労で」
「賢い人間とは何か分かるか? 聡く慎重な人間だ」
「……いつまでも、そうやって後悔していれば良い」
「シャルルが偏食になったのも、あいつが心を病んだのも、お前のせいだ。この悪魔め」
 ロイが何も返事をせず、席を立って、部屋に戻ろうとする。
 その背中に向けて、父親が思い出したかの様に言った。
「明日、議会が開かれる。重鎮が出揃う場に後継者候補が居なくては、申し訳が立たん。お前も教会へと同行する様に」
 やはりロイは、何も返事をしなかった。

 夜中、暗い廊下をシャルルとアリサが、音を立てないように駆けている。
 向かっているのは、一階にある書斎だった。
 少年に手を引かれながら、アリサが廊下を駆けていた。
 扉の前に着くと、シャルルがそっと開き、内側から鍵を閉めて本棚の位置をずらした。
 そこには、地下に続く煉瓦の階段と抜け穴があった。
「これは……?」
「兄上が一人で掘っていた非常出口です。墓地に続いています。さ、静かに」
 入り口に掛けてある蝋燭に火を点け、それを灯りに洞窟の中を歩いていく。
 行き止まりまで行くとロープが何処かから伸びているのが分かり、二人で順番に登って、屋敷の裏の墓地を通った先、森の中に出た。
 そこで、見張っていたギュスターヴ家の家政婦が背後から、油断しているアリサの首筋に包丁を突き付け、襲い掛かる。
「お二人共、何処へ行かれるのですか?」
 妙齢の女性が微笑みながら言った。

 夜が明けて、何も知らないロイはゆっくりとベッドから立ち上がり、顔を洗って朝食と着替えを済ませると、すぐさま外に出て教会へ向かおうと考えていた。
 玄関で上着を羽織っていたところ、はたと気付き、家政婦に声を掛ける。
「父上は?」
「先に行かれております」
「では、シャルルは?」
「お部屋に篭っておられます。ロイ様以外には心を許してませんゆえ」
「……ふうん。では、俺もそろそろ出るぞ」
「いってらっしゃいませ」
 抑揚のない声で彼女は返したのだった。

 教会に着き、一通りの挨拶を済ませたところで、しばらくの間、大人たちのみでの会談という事になったので、ロイは同年代の三人の若者達と園庭でお茶会をする事になった。
 高僧の娘であるアルテミス・ジェヴォーダンが四人分のティーカップにお茶を注ぎ終わり、他の三人に席に座る様に促した。
「さ、寛いで」
「おい、茶菓子はねえのか」と、騎士団長の息子——ブルーノ・シュタインベルトが不満を口にする。
 それを拷問官の娘、カミュ・チュパカブラが「し、失礼だよ」と、吃りながら咎めた。
「いえ、大丈夫よ。カミュ。近くの修道士に用意させる様に言うわね」
 そう言うと、アルテミスは控えていた修道女に紅茶に合うお茶菓子を用意する様に指示した。慌てた様子で、修道女が食堂に向かう。
 それを見送って、ロイがようやく口を開いた。
「今回の生贄は誰になりそうだ?」
「チュパカブラ家の拷問室で外から来た娘を監禁しているそうですけど」とアルテミスが言う。
「……何?」
 呆けた表情でロイは声を零した。
 瞬く間に、物凄い勢いでカミュに近寄り、他の二人には聞こえない様に問い詰めた。
「おい、本当か?」
「ほ、本当ですぅ! ていうか、あなたの家で捕まえた人を連れて来たそうですけどぉ……」
「それって——まさか」
 カミュの腕を掴み、ロイはチュパカブラ家の屋敷に向かった。

 チュパカブラ家の地下、多様な拷問器具の置かれた一室で、縄で拘束されたシャルルとアリサが椅子に座らされたまま、気を失っている。
 その前で、痩せ細り皺々の顔をした男が化粧道具を弄っていた。
 アリサが目を覚ましたのに気付き、手を止める。
「ここは——あなた、私達に何をするつもり!?」
「まあ、そう騒がないでください。ギュスターヴ家の御子息には手を出さないし、変に暴れなきゃ君にも危ない事はしません」
 そう言いながら、アリサの顔に化粧を施し始めた。
「——何を」
「神様へ捧げる花嫁を飾っているのです」
「……つまり、いずれは殺されるって事ね」
 そう言って、上半身を精一杯動かし、老人に思い切り頭突きをした。
 男がのけぞり、膝をついて頭を抑えているうちに、懐のナイフを動かし、手首から腹回りを拘束している縄を切断する。
 アリサは自分の拘束を解くと、まだ気絶しているシャルルも逃すために、動こうとした——が、怒りを露わにする男に手首を掴まれ、後ろから蹴飛ばされる。
 ナイフを落として、床に倒れ伏した。
「全く、油断なりませんね」
 そう言いながら、立ち上がろうとするアリサに上から馬に乗りになり、ナイフを拾うと、それで彼女の右手小指を切り落とした。
 少女が声にならない悲鳴をあげる。
「言ったはずです。抵抗すれば容赦しないと」
 なす術のないアリサは、痛みを堪えながら逃げ果せる方法を思案するのだった。

 チュパカブラ家の門をくぐろうとするロイを、カミュが制止している。
「ちょ、ちょっとロイ! 本当にやめてよ!」
「やめて、はこっちの台詞だ、カミュ」
「意味わかんないって!」
 腕を掴んで邪魔をするカミュを振り払い、ロイは屋敷の中に入って行った。
 それを急ぎ足で少女が追いかけて行く。
「案内を頼む。仕事部屋は何処だ」
「そんなところ連れて行けるわけないって——ぐっ!?」
 カミュの首を思い切り締め、壁際に追い遣って逃げ出せない様にし、脅す。
「もう二度は言わない。俺は墓守の家の生まれだ、死体はいくらあっても困らない。そして、この村から若者が逃げ出すのは、いつもの事だよな? その上で、だ」
 少女が生唾を飲み込んで、喉を鳴らす。
 一息開けて、ロイがもう一度繰り返した。
「案内を頼む。仕事部屋は何処だ」
 首から手を離すと、カミュが作り笑いを浮かべながら案内を始めた。
「こ、こちらになりま〜す」
 従順になった少女の後を追いながら、ロイは急ぎ助けに向かった。

 カミュに案内されながら、屋敷の奥へと進んで行く。
 地下階段を降りて、扉を開き、拷問部屋に入った。
 既に化粧を済まされたアリサが、疲れた様子で眠っている。その片手には包帯が巻かれていた。
「おや? ギュスターヴの。それに我が娘か。何の様だね」と老人が振り向いて、人好きのする笑顔で言った。
「その女をこっちに渡せ」
「ははははっ! これまた失礼な」
 すると、男はロイに小さな木箱を投げ渡す。
「やるよ。今日は大人しく帰りなさい。弟君も連れてね」
 ロイが木箱を開けると、そこには細く綺麗な人間の指が5本入っており、ところどころに血液が付着していた。
 それを覗き込んでいたカミュが小さく悲鳴をあげる。
「ふむ。このぐらいは耐性が付いたと思っていたが、相変わらず臆病な女だ。誰に似たんだか」
 怯えるカミュに、ロイが囁く。
「おい。後で俺に呪い殺されるのと、ここはひとまず俺に協力して寿命が延びるの、どっちが良い?」
「選択肢、一つじゃないですかあああ!」
 絶叫しながらカミュが老人に突撃する。体当たりをされ、よろけた男の頭を、ロイが思い切り蹴り上げた。
 失神して倒れた男をよそに、ロイが気を失っているアリサを椅子から持ち上げて抱き上げて背負う。
「お前——カミュは俺の弟を頼む」
「は、はい」
 二人は駆け足でチュパカブラ邸を後にした。

 村の外れにある森に入り、何分か走り続けたところで、カミュが息を切らし、足を止める。
「おい、だらしないぞ」と、ロイも息を切らしながら言う。
「きょ、教団からは逃げられないよ……」
「逃げるんだよ。やるんだ」
「ぼくまで巻き込まないでよ」
「こうなった以上は、最後まで付き合ってもらう」
 しばらく休憩して立ち話をしていると、馬や人の走る音が近くまで聞こえ始めた。
「もう嗅ぎ付けたか……。行くぞ!」
 二人は、急ぎ足で追手から逃げ出した。

 森を抜けて下山を始めた彼らは、雨が降り出したので、途中で見つけた洞窟の中で身を潜めていた。
 止め処ない雨音を聞きながら、アリサが目を覚ます。
 ロイが彼女の懐を漁っていた。
 少女が足をばたつかせて抵抗する。
「ちょ、ちょっと!? 何を——」
「いや、銃を返して貰おうと思ってな。申し訳ないが、その手じゃ、な……」
「……む。まあ、それもそうね」
 服のポケットから拳銃を取り出し、ロイに渡した。
 受け取ったロイは、速やかに懐に忍ばせる。
「外に出て、どうするのさ……」と、膝を抱えながらカミュが言った。
 不安げな目でアリサも同調する。
「確かに、食糧もないし行く当ても——」
「王国に行けば、どうにかなる」
 断定する様に言うロイを、カミュが訝しげな目で見る。
「……もう、着いていけないよ」
 溜め息混じりにカミュが言う。
「これから、どうするんだ」
「分からない。ぼくは巻き込まれただけだし……。でも、これ以上、君たちには着いていけない。一緒に居ても、きっと良い事はない」
「それで……」
「雨が上がったら、さよならだ。ぼくはぼくで、旅に出る。安心してよ。村にはもう戻れないから、君達の事は売らない」
「一人で生きていけるのか」
「分からない。分からないよ……」
 ロイとカミュの問答は、そこで途切れた。

 翌日、無事に雨は上がっており、捜索隊が近くにいないのも確認できた。
 全員が目覚めたところで、山を降りる準備をしていたが、シャルルの咳が止まらないのだった。
「シャルルは、生まれつき病弱なんだ。まともに食事も取ってないし、身体も冷えて……」と深刻な顔でロイが、俯きながら言った。
 アリサが上着を脱いで、シャルルに羽織らせた。少年の白い四肢が小刻みに震えている。
 熱を測るため、商人の女は、震える少年の額に触れた。
「あっついわね……。薬はないし——」
「お、置いて行くわけにもいかないよね……」
「どうしましょう」
 答えが出ないまま、シャルルの咳だけが洞窟の中で木霊する。
 ロイは暫く考え込むと、弟に近付いて囁いた。
「少しだけ、眼を瞑っていてくれないか。それから、耳を抑えてくれ。どんな音がしても、気にするな」
「……お兄様? 分かりました」
 シャルルが耳を塞いだのを確認すると、ロイは懐から拳銃を取り出した。
 それをアリサが止めようとするが、指のある方の手を抑えられて、まともに抵抗できなくされる。
 その様子をカミュは静観していた。
 ロイが額に銃口をくっ付けると、少しだけシャルルはびくついたが、抵抗はしなかった。
 一回だけ深呼吸をして、兄は引き金を弾いた。
「おやすみ、シャルル」
 弟が永遠の眠りに就いたのを確認すると、ポケットから綺麗なハンカチを取り出し、弟の目元に被せた。
「できれば、墓を作ってやりたいが……」
 悲しげに言うロイに、アリサが突っ掛かる。
「信じられない!」
「合理的に判断したまでだ」
「兄弟でしょう!?」
「逃げるためだ」
「……全部、私のせい!?」
「そんな事は言ってないだろ」
 襟を掴む少女の手を退かして、ロイは溜息を付いた。
 激昂したアリサが言う。
「一人で、逃げれば」
「……良いのか?」
「同じよ。結局、あの村の人達は全員同じ。偏った価値観でしか動けない。物事を見れない。あなたもその一人。一つの事の為に、平然と何かを切り捨てられる。それで悲しんだ振りして、満足なの?」
「そんなわけ——」
「信じられない。外の世界に触れようとしないから、そうなるのよ。拘って拘って、大切なものを失い続ければ良い。……助けて貰った事には、感謝してるわ。ありがとう。もう、会わないように祈ってる」
 へたり込むロイを背に、アリサが洞窟を後にしようとする。
 すれ違い様にカミュが尋ねた。
「い、言い過ぎじゃないの?」
「人殺しには十分よ」
「……彼にとっても、勇気の決断だったと思うけどな」
「決断できた時点で失格なのよ」
「それは、理不尽だなあ」
 足早に去るアリサの背を見ながら、ぼさぼさの頭を掻いて、カミュは溜息を吐いた。
 弟を撃った銃を、兄は口に加えた。
 彼の死を見届けてから、カミュもそこを去ったのだった。

 教会の庭で、今日も茶会が行なわれている。
 拷問官と墓守の席は失われ、騎士と修道女だけで仲良く会話を繰り広げていた。
「結局、何も変わらなかったなあ」と、ブルーノが呟いた。
「あら、変わって欲しかったんですの?」
「そうじゃない。ただ、結局、俺たちが得たのはギュスターヴ家の息子二人の死体だけだ。奥さんも首を吊ったらしいじゃねえか。救えないねえ」
「悲しい話ですわ。反逆は功を為さなかった」
 紅茶の匂いを味わないがら、男は言った。
「なあ、もし、俺がそのお茶に毒を淹れていたとして、どうなると思う?」
「お父様が別の後継ぎをお作りになるだけでしょう」
「そりゃそうか」
 頬杖をついて、ブルーノはつまらなそうな顔をした。
 アルテミスが紅茶を飲み干す。
 それから、月が昇りかけている赤い空を見上げて、微笑んだのだった。

月の宴

月の宴

  • 小説
  • 短編
  • ホラー
  • 青年向け
更新日
登録日 2020-05-02

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著作権法内での利用のみを許可します。

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