ストーキングローソン

　私は几帳面だなどと自分でいう人間は、自分でそう思っているだけで実際はいい加減、ルーズ、とまでは言わないにしても几帳面だなどとは言い難い場合が多いが、私自身がそうであったということが発覚したため、その経緯をここに記しておきたい。
　私は毎朝四時半に起きる。なぜかといえば仕事場が遠いからではなく、ラジオ体操をして本をきっかり三十ページ読み、そして目玉焼きとみそ汁をつくって食べながらニュースを一通り見ると、その時間に起きなくては間に合わないからだ。
　そしてその日、というのは令和二年五月一日、丁度元号が変わって一年経ったその日も、私は朝四時半に起き、日課をこなして七時四十分に家を出た。
　いつものローソンに向かう。タバコを吸っていた頃はそこで一服というのが決まり事であったが、禁煙してからもそこに行く習慣を変えられず、三十四歳のサラリーマンとしては少しみっともないが、たべっ子どうぶつの小袋が五つ連なったのを買って、月曜から金曜まで毎日一袋ずつ食べることにしている。というのは、初めのうちこそ曜日ごとに異なる菓子を食べていたのだが、コンビニの商品の栄枯盛衰たるやすさまじく、習慣にならないうちから習慣を変えねばならないという文章にすると意味の分からない（実際、初めていつもの商品がなくなっていた時には混乱したものだ）事態になってしまうので、結局ロングセラーが一番良いという結論に達し、たべっ子どうぶつを手に取ったのである。
　金曜日だったので最後の一袋であった。いつもは次の五袋を買うのは月曜日の仕事だったのだが、どういうわけか、本当にどう思い返しても理由が分からないのだが、やはりそこが偽物の几帳面たる所以なのかもしれない、私は次週分の五袋を買って店を出た。
　そしたら景色が違っていた。私はもちろん周章狼狽した。この事態が、これを読む人にきちんと伝わるだろうか。景色がちがっていた、なんてあっさり書いてしまったものだから、ちょっと犬のフンを踏んづけた程度のことだと思う人もあるかもしれない。が、そんな事とはレベルが違う。ラーメン屋があるはずの場所が駐車場になっており、電信柱の位置が違う。そして何より、広がる空の雰囲気が明らかに違うのだ。ああもう、体験したことのない人に伝えるのはもどかしいな。朝起きたら景色が逆さまに見える、どうしたのだろうと思って鏡をのぞいて見ると、頭が股ぐらにくっついていたという場面を想像してほしい。そんな具合だ。
　しかし、その変わってしまった景色には見覚えがある。見覚えがあるなあと思って見渡すと、やはり大学時代に通ったローソンだ。などと書いてしまうとちょっと何か解決したみたいだが、何も解決してやしない。隣の県まで移動してしまったのだ。ここから電車に乗ったところで、仕事に間に合うわけがない。が、少し解決したような感じを出してしまったというのは実際私の心情の現われであって、たべっ子どうぶつを買って出たら移動したのだから、同じことをすれば戻れるだろうなという、漠然とした期待があった。
　で、やってみたら移動したは移動したのだが、その先はさらに遠い実家の近く、高校時代付き合っていた女の子がアルバイトをしていたローソンだった。（賢明な人なら気付いたかもしれないが、私のローソン通いはこの頃から始まる。別にストーカーではないのだが、友人にはからかわれたものだ。そして、よくこんな面倒臭そうな奴に彼女がいたなと思った人は、今すぐこの文章を読むのを中断して、鏡を見てもらいたい。私は多分、あなたよりは造形が整っている）
　私はなにもケンカを売りたいのではない。話を戻す。私はやはり狼狽した。が、前と比べて周章が抜けた分、やはりその程度も減じていた。
　なぜなら期待通りではなかったものの、これで全然知らないところに連れていかれることはないということが、ほぼ確実になったからである。約一万四千店舗あるローソンから二回連続で知っている店を引いたのだ。その確率はどれくらいだろう？　という質問には、私がローソンを何店舗知っているのか知らないので答えられない。しかし、おそらくあと数回以内には、元の場所に帰れるだろう。
　それより、私はもうその日の出勤を諦めていた。あと数回で帰れるとはいえ、前述のとおり正確なところは分からず、何時に会社に着けるのか分からないのなら、行かない方がましだ。会社には電話すればいいだけだ。風邪気味だと言えば、このコロナウイルスが流行っている昨今、一週間くらいの休暇は楽にとれるだろう。
　そんなことより、私はこの懐かしい稜線を見て、朝の光線に雲の昇る様を見て、久しぶりに家族に会いたくなった。
　幸い、姪にあげるお菓子はたべっ子どうぶつが十袋もある。
　私は、そんないい加減な自分の思考を快く眺めて実家への道を踏み出したのであった。
（余談であるが、この後、会社に電話するのをすっかり忘れていた。しかし、どういうわけか上司は、私が電話もできないほど体調が悪かったのだと勝手に解釈し、休暇を快く了承してくれた。永い休暇にならないことを祈るばかりであるが、なったらなったで畑でも借りて耕せばよい）

昨日アップするのをすっかり忘れていました。