春の終わり
形あるものはいつか壊れることを気まぐれに世界は教えてくれた。
僕たちは子どもだった。大人になっても子どものままのような気がしていた。お母さんという存在の肉感を求めるひとがいて僕は吐き気がした。真夜中に知った深海の秘密を君が小さな空き瓶に詰めて森の土に埋めたので泣きたかった。
お母さんという存在はお母さんでしかないのにと僕は思っていたけれど、この世界ひいては宇宙のことまで何でも知っているような調子で男と女について語る友人がいて僕は辟易することもあった。四月の終わりの夏が早くもこちらを覗き込んでいる気配の模様はあまり好きではない。肉づきのよい体というのも苦手だ。皮膚の裏側や骨の周りに薄っすらと肉が纏わりついているくらいがちょうどいいと思うのだが弾力がなくて抱き締めたら痛そうだと君は云う。夏になったら腐食してゆくものがある。意味もなく憂いを浮かべるのは得意だった。
君がコーヒーを飲んでいる横で眠りたい。
君がコーヒーを飲みながら吸っている煙草の匂いに身をゆだねる瞬間が最も恍惚としている。
男と女とは実に面倒だと思う。
誰かの柔らかな肉体を想像しても揺れ動かないものが君の些細な所作ひとつで振れることに恋だの愛だのと名前をつけたがる世間を僕は一瞥する。
春の終わり