冥土INN 黄泉
木も生えない、鳥も飛ばい、小石が転がるだけの殺風景な景色を横切る、焼けたような小麦肌の男がいた。
彼の名はダイロス・イブアラブ。
どんと伸びる一本道をひたすら歩くダイロス。しかし、彼は歩き続けてさすがに喉が渇き休みたくなっていた。
ふと前方から建物が視界に飛び込んできた。場違いな三階建ての和風建築だ。
「冥土の宿屋、黄泉」
声をあげて読んでみた。木板に彫りこまれた文字が古き風格をかもす看板。老舗旅館の面影だ。
「グッドタイミング。今日はここに泊めてもらおう」
疲れきった足取りで玄関に踏み入るダイロス。先客らしき真っ白い装束の団体が塊で立っていた。
「意外と繁忙期?」
道中の寂しさを不思議がるダイロスだった。
「いらっしゃいませ」
突然話しかけられた。
「ようこそ、冥土の宿屋黄泉へ」
振り返れば宿屋の従業員らしき女性がそばに立っていた。恐ろしく笑顔が不自然に震えている。
忙しくて疲れぎみなのかな。
宿の混雑ぶりからダイロスは心配した。
「あの、一人ですが泊まれますか?」
ダメもとで聞いてみた。
「相部屋で構いませんでしたら空いているはずですが・・・。ご覧の通り本日も混雑しておりまして。近頃、地球では疫病が流行ってますから」
「構いませんが」
「少々お待ちください。確認いたします」
ため息交じりに答えた従業員の女性は、玄関脇の小部屋へと消えていった。
「その格好珍しい。どこの人だい」
銀色の全身タイツを着たダイロスに白装束の男が聞いてきた。
「私は金星から来ました」
ちょっと意外そうに眉を動かした白装束の男がさらに聞いた。
「金星?地球以外に人が住んでたか、はて?」
とぼけた拍子に言う男だった。
ダイロスは丁寧に答えた。
「金星人知りませんか?・・・・・・たしか地球の超大国の国防機関でも私たちの存在を認知しましたが」
「えっ、いつ?」
「わたしが死ぬ前ですね。ようやく未確認飛行物体として、ね」
「あの飛行物体は金星からだったのかい」
そのとき、宿屋の入り口に新たな白装束の集団がやってきた。
「また地球人だ」
ダイロスはつぶやきながら、
「地球では疫病が流行っている」
と言った女性従業員の言葉を思い出していたのだった。
冥土INN 黄泉