天の糸
むかしむかしのお話に「蜘蛛の糸」という御伽噺がございます。
僭越ながらあらましを申し上げると、たった一度の善行ですら御釈迦様はちゃんと心に留ておられ、地獄に堕ちるような極悪人であっても善行あらば救いの機会は訪れるという物語でございます。されどもその結末は、救いの機会はあれど人の性は変えられない、なんと無情な世界でしょう。して、あるところに芥川という作家がおりまして、今の世では知らぬほど名声が轟いている男でありますが、生前には難病苦行の末、自ら命を絶つという不孝に見舞われました。さて、彼には救いの機会はあったのでしょうか。
どうだったかは私にはわかりませんが、少なくとも今の世にいまだ彼の名が残っているのは、残された人の、生きた人の、想うところあってのことなのかもしれません。
さて、ここにもう一つ、天の糸というのがありまして。
こいつはどうも奇妙なものですから、皆様の目に見えるようなものではございません。
されども確かに存在する糸の一つでございます。
これから御披露する御話はいまのいま、ちょうど皆さまの生きる世の御伽噺でございます。
――――――――つづく。
天の糸