星のお姫様4(終)
三つ目
三つ目の星には全体的に銀色の星だった。
いくつものタワーやビルが立ち並び、その間をいくつものチューブが橋渡しをして、いくつかの乗り物が人らしきものを乗せて滑っていた。
空には乗り物が自由に、しかし、どこか規則的に飛んでいる。
一つのビルの屋上にロケットを着陸させ、地上に行ってみる。
町に出ると多くの人でにぎわっているように見えるが、全員が重そうな黒色のゴーグルをつけている。見た目はひとそれぞれで、スーツで決めている人もいれば、tシャツでラフな格好をしている人もいるが、ゴーグルだけはみんな統一しているかのように一緒だった。さらに不自然な事には、誰もいないところに話しかけている人がいたり、数人の女の子が空虚な空間を見つめて、大きな声で歓声を上げていたり、空を仰ぎながら、「すげー」と叫んでいる少年などゴーグルの先に何があるのか分からない私にはちんぷんかんぷんな行動を取っているのだ。
あっけにとられて突っ立っていた私がみえていなかったようで男がぶつかっってきた。ゴーグル越しだったので表情が分からなかったがスーツに身を包んだその人はきちんとした人に見えた。私は久々に人に会ったのもあってぶつかったことにパニックになりひたすら頭を下げて謝った。
その人はゴーグルをいったん外し、「君、ゴーグルは。」と聞いた。
「持っていない」と私が答えると、「そうか、君は田舎の方から来たんだね。」といって、彼が掛けていたゴーグルを私に渡して、つけるように言った。
ゴーグル越しに見た世界に私は目を疑った。きらびやかな衣装を着た女の子や男の子が今まで見えてなかった空間に現れ、先程、女の子たちが見つめていた先には、小さなステージ上で西洋風の衣装を着た男子五人がアクロバットな技を曲に合わせて決めている。さらには両脇のビルの側面が画面になっていてそのビルのコマーシャルを流しているのだが、壁面から巨大な女の子が出てきたり引っ込んだりを繰り返して、通行人に何か呼び掛けている。
「君にもちゃんと見えたかい。ここは科学の発達した町だからね、田舎から出てきたばっかりだと驚くと思うけどすぐになれるよ。」といった。「田舎じゃなくて」と言いかけた私をよそに「僕はまだ仕事中なんだ。そのゴーグルは僕のだから返してもらわないと僕が困るんだけれども、君もないと困るだろうしな。」ともう聞いてはいなかった。「ああ、やっぱりそれは返してもらって、こっちのゲーム用に俺が使っているゴーグルを貸してやるよ。今日の午後8時にまたここで集合して、返してもらえばいいから、といって、私が返したゴーグルと交換する様にさっきのものよりも細みのゴーグルを差し出した。
「じゃ、午後八時に。」といって、遠ざかっていくその人を私はぽかんとして見送った。いや、こんなところでゴーグルを渡されてもどこに行ったらいいんだか。下手に動いたらここに戻ってこられなくなってしまいそうだ。私はとたんに不安になって遠くに見えてさっきの人の背中を必死に追った。彼は道のわきに立って、何やら道に面している店の店主と話しあっていた。そして、話し終わると彼の手元の近くに何やらタブレットのようなものが現われた。指でしばらく操作していると、彼の足もとに三かける三の升目が青色に光る線で引かれたかと思うとぽっかりと穴が開いたように黒色になり、次の瞬間には緑色の葉が生い茂った、2メートルほどの高さの木が立っていた。その後も店の店主と相談しながらタブレットの操作をつづけて、結局先程より一回り小さくて葉が紅葉した木が店の前に四本たったところで、彼はその場を離れた。
しゃべりかけるなら今しかない、と私は走り寄った。「ねえ、今のどうやったの。」と興奮気味にしゃべりかけた私に彼はとても驚いたようだったけど、さっき会った人だと分かって、落ち着いて説明してくれた。ここの町はこのゴーグルで見えるような設定がなされていて、全てのゴーグルに町の情報が共有されるようになっているんだ。だから、さっきの葉町の景観のデータを変えて、木がみえる様にしていたんだよ。ほらその証拠にゴーグルを外すと何もないアスファルトの道がつづいているだろう。といってゴーグルを外させた。すると確かにそこには木は立っていなかった。
私がとてもがっかりしている事に気がついたのだろう、彼ご顔を覗き込むようにして、「大丈夫か、すごく顔色が悪いけど。」と聞いてくれた。
この人になら私の植物を救う力を戻してもらえるかもしれないという淡い期待を抱いたのだ。そんなに都合よくはいかないかと思ったけれど、そもそもあんな問題を起こしてしまったのだからもうあの力は戻らないほうがいいのかもしれない。そう思って、私は大丈夫、と答えた。
彼は顔色が悪い私をここに置いておくのは忍びないと見えて、木の製造工場に行ってみるか、と聞いた。木を製造するってどんな事をするんだろう、と気になったので連れて行ってもらうことにした。
私は彼と筒状の乗り物に乗りパイプのような通路を滑って移動した。道中、私は自分の身の上話をした。小さな星に花と一緒に暮らしていた事。小さな星を囲んでいる高い塀の外には何があるのか知りたくて何度も外に行こうと挑戦していた事。結局、外には何もなかった事。花を置いて、星を出た事。一つ目の星で、植物を成長させる自分の力に気がついた事。少年らにお世話になっていて、一緒に生活をしていた事。それが終わってしまった事。二つ目の星である少年に合って植物の知識をたくさん教えてもらった事。少年が大切にしていた木を直せなくなってしまった事。植物を直す力を失ってしまった事。さすがに星全体を崩してしまったと言ったらどう思われるかと思ったのでそれは言えなかったけど。自分の生まれがここの星ではないことと植物の力の事だけは言っておかなければと思った。
彼は私の生い立ちや能力に驚いていたけれど思ったより、静かに聞いていた。話し終わると、「自分には想像もつかないな。」と笑った。自分はとっても小さな世界に住んでとても小さな事で悩んでいるんだな、と遠くを見つめていた。「じゃあ、これから行くところに君が求めているものがあるといいな。」とそういった。
改めて言葉にして言われると特に私はほしいものなんてないと思った。なんで私はこうやって星を回っているのかと考えているうちに彼が言っていた工場に到着した。
その工場の見た目は先程いた町にあるビルと変わらず15階建ての大きな建物でとてもじゃないが大きな木をたくさん育てられるような建物には見えなかった。
「こんなところで木が育てられるの。」と聞くとああ、といって工場の中へ入って行った。
エレベーターで三階に上がり、一番手前にあった部屋に入ると一人の男がガラス張りの窓の前で重厚な椅子に座ってキーボードを叩いていた。よ、遊びにきた。と彼がその男に話しかけた。おい、お前仕事はいいのかよ、と仲良さげな会話をしている。
私はその二人をよそにガラスの先を覗き込んだ。するとそこには三階分が吹き抜けになっている空間があって、その中央には宙に浮かぶ木があった。ガラスにへばりついてしまったため、ガラスが私の息で白く曇った。
私に気がついた男が「誰だよこいつ。」とかれにきいた。ここは実験室でもあるんだから部外者をホイホイ入れていい場所じゃないんだぞ。そう悪態をつく男に、かれが「俺が連れて来たんだ。なんでも他の星から来たから、この木を作る工場ってのを見せたかったんだよ。幼馴染のお前なら見せてくれるかもしれないと思ってこうやって押しかけたんだ。仕事中にすまないが少しここの事を話してやってくれよ。」とそういった。
男はあきれた様子だったが、丁寧に説明をしてくれた。
ここでは木を製造しているのだという。
今の町にあるもの、例えば人形とか張り紙とかは町にあってもなくてもあまり関係が無いのだけれど、木は元々、空気や水の循環にかかわっていたものだから、なくしてしまうと町がダメになってしまうんだ。植物には癒し効果もあったりするから、人が触っても動くようにしないといけない。それに、光合成はあんな町が出来上がるような技術が発展しても再現ができないから植物によってやるしかないんだ。だから植物に関してだけはこうやって工場で作っているんだよ。人形とかコマーシャルなら、まあ、一般的には企業に頼むけど、個人で作れなくもないんだ。ただ、植物になるとつけないといけない機能が多くってね、落ち葉は出ないようにしてほしいとか、虫が寄らないようにしてほしいとか、の要望もあったりするから、こうやって一つずつ作っているんだよと言った。
「どうやってつくるの。」ときくと、一本の原木のデータがあるんだけどそれを複製コピーするんだ。」私の頭には言うまでもなくはてなマークが浮かぶ。」だけど男は気にも留めず「だけどそれはただの木のデータだから、そっから遺伝子の操作をして、水を必要としない体にしたり、酸素の排泄量を調節したり、人が触ったときの質感の表現をしたり、って加工するんだ。」といった。
「複製コピーって何。」ときくと「おんなじ物を作るんだよ。自然の中では受粉して子どもができるけど、複製してコピーするっていうのはそっくりそのまま同じものを作るんだよ。ちょっと説明が難しいな。うーんと。例えば人だったら子どもができるんじゃなくて君の遺伝子から君のクローンを作るってことなんだよ。普通だったら同じ人なんてできることは無いんだけど遺伝子の操作を上手い事やれば君を何体も作り出す事ができるんだよ。」と教えてくれた。
おなじ物を作るというのが自分にはとても引っ掛かった。ガラスの先をずっと見つめていた彼が、「植物はその機能が必要とされているのであって植物自体はもういらなくなってしまったんだよ。もう形なんてどうでもいいんだ。」といった。「まあな、木は安らぎを与えてくれるってのはちゃんと木を知っている人くらいのもので、その人たちもこの木には違和感があるっていうし、知らない世代からしてみれば安らぎなんて感じないからな。何のためにって思っちゃう事あるけど、やっぱり植物の能力だけは必要だとおもって続けてるよ。」といった。
帰り道、「植物はもう必要ないの。」と私は聞いた。「機能はやっぱり必要だから植物は必要だよ。」と彼は答えた。「機能が無かったら、必要ないの。私のほしにいた花は空気も太陽もない星で何の機能もない花だったんだ。でも、そこに存在していたんだよ。その花も必要ないっていうの。」とそういった。
「それは君の個人的な話だろ。その花は君にとって特別なんだ。ここの星ではすべての植物はそれぞれの原木から作られたものだからそれぞれの植物ごとでしか特徴を持たないんだ。それに人間の要望をいろいろとつけてしまったものだから、植物の意思は最初に殺してしまうんだよ。ただただ突っ立っているだけの植物を君は大切にできるかい。」と彼は、少しすねているようだった。
「それは自分勝手だよ、変えてしまったのは自分なのに変わってしまったって嘆くなんて、とっても悲しい事だね。自分が相手を好きになるために相手を強制的に変えたんでしょう。それによる代償も考えずに。一つ一つの植物の感情なんてどうでもよかったんだ。」と私は笑った。
「君が力を使えなくなったのも君が自分勝手だったからだろう。」と彼は知ったような口を聞いた。「君が何も知らずに、能力を使い続けたから。結局、自分の決めた自分勝手な基準で植物を助けてたんだろ、他の植物はどうなったんだよ。結局何かを得るには代償が必要なんだから自分にとって何が一番大事なのかを考えないといけないんだよ。それがお前とおれとは違ってたってだけなんだ。」とそういった。
犠牲にしているものを見ずに逃げ続けている事に今更ながら気がついた。けれど自分はきっと不安だったのだと思う。星を出た時も、花とずっとしゃべっていたときは、自分のいかに無知であるかを突き付けられているような気がして、自分には生きている価値など無いのだと思われた。一つ目の星にいるときにも、頼ってもらえているこの状況をいつまで続けることができるのだろうかと、誰もいなくなった部屋を見てああやっぱり、自分はいらなくなったのだと突き付けられた。二つ目の星で植物を守ろうとする少年の為に少しでも役に立ちたいと思っていた時も植物が生き返らなくなって灰のようになっていくのを見る彼の眼が悲しみに暮れた時も怖くて怖くて。だけど、怖がっている自分も逃げている自分も受け入れる事ができなかった。
「あなたに何が分かるっていうの。何も出来ないあなたに。何にも能力が無いから何か頼まれる事もないし、自分じゃなくても自分の能力さえあればいいんだろうな、って思わなくて済むんでしょ。だんだん能力が無くなっていってああ、自分は本当に要らないものになるんだって言う恐怖を知らないからそんな事が言えるんでしょう。」と私は起って怒鳴っていた。
「使えない使えないってうるさいんだよ。」と男が言った。はっと我に返った私の声はごめんなさい、と聞こえるかどうかわからないほどに弱かった。「俺じゃなかったら今頃殴ってるからな。」といって一息ついた後、男は、「ああ、生きてるだけでほめられたい。」とそういった。「そんなことありえるわけがないじゃない。」と私は言いながら目から何かがあふれ出てきそうになるのを必死にこらえた。
「大事なものなんて俺には何にもないからな。お前はその花が大事だったんだろ。でも俺にはそんなものありはしないんだ。俺にも家族がいるけど別に俺は家族が死んだって自分が死んだって構わない。自分にとってそれがあるということはあるうちはお世話になるけれども死んだら死んだでそれなりにやっていくさ。誰かが死んだときに思う事は感謝であって、悲しみでも後悔でもないからもっと生きていてほしかったとかは思わないんだよ。ロボットが壊れて動かなくなってしまったときと一緒なんだよ。お世話になったし、それぞれに思い出があったりするけど壊れた時にはああしょうがないかって捨てるだろ。あんまりあれと変わらないんだな。他の人はそんなのおかしいっていうけど、仕方が無いよな。本当に一ミリも思わないんだから。俺の周りの奴らは俺のことどう思ってんだろうな。」といった。ああ、なんか自分の事を語るみたいになっちゃったな。と照れながら笑っていた。
すごくすごく怒らせたのに笑っている目の前の男は優しさだけでこの様な態度をとっているのではないのだろうと思われた。ああ、自分は能力が無くなったことを嘆いているだけだったけど。もう、この人は嘆くこともやめたんだと思った。
「きっとそれは出会えてないだけなんだよ。ある時であったリスがね、大切なものがいつもそばにいるとはかぎらないってそう言っていたの。今はそういう人に出会えていないだけかもしれない。一生、であわないかもしれない。だけど、あなたがみんなとは違うと結論づける事は出来ないんじゃないかな。」と私は言った。
「微生物って知っているかい、君の手にもうじゃうじゃいるんだけどね。小さくて何も出来ないかと思いきや、意外にも環境に適応して、姿を変えて生き延びようとするんだ。だけどやっかいなことには、それが人間の敵になる事もあれば健康的な被害をもたらす事もあるっていうところなんだ。でも人間は生きる為に悪さをするもの徹底的に排除する。仕方が無いさ、生きる為だもの。だけれどなくなっても何も悲しむことは無い。ここは僕も一緒なんだ結局基準は自分で決めるしか無くてそこは誰が居ようと親しい人が何人、どれほど近くにいようとそれは変わらなくて、みんな一人にならないといけない時がどこかには必ずある。別に、もう誰かと比べる事を俺はやめたんだ。全てを微妙に受け入れ、微妙に拒絶しながらギリギリのバランスを自分なりにとって生きていることにしたんだよ。」と、彼は言った。
「大変だね。すごいね。生きていて偉いね。」と私はその人の頭をなでた。
満面の笑みでその人は笑った。「ありがとう、ありがとう、」と言いながらその人は涙を流し続けた。私はゴーグルを彼の背中においてその場を立ち去った。
実に10年近くの時を経て、私は自分の星の地へ降り立った。
あんなに高かった塀がいぜんより低くなったように思われた。
花は枯れていた。私がずっとしゃべっていたあのおしゃべりな花の色どりはどこにもなく、私が上った蔦もあとかたもなく消えていた。
私は声を出してむせび泣いた。何日も何日も。何も変わらず、何もない塀に囲まれた地がそこにはあった。暗い乾いた地は今にも私をのみこんでしまいそうだった。
星のお姫様4(終)