老人街(前編)

こんなご時世なのでこんな小説を書いてしまいました。。しかも前後編一挙に掲載。
正気じゃねえなと我ながら思います。

鎖を外されたお年寄りが疾走する!

 「老人街」(前編)

             堀川士朗


 英検六年四月。
 東京都、宇土川区。

 三人の老人がいた。

 胎蔵(たいぞう)、ジャギ、安田は都営住宅に内緒で三人暮らししていた。
 世帯主の胎蔵は六畳間に住み、居候のジャギと安田の二人に四畳半の部屋ひとつを兼用で与えている。
 胎蔵一人だけが年金生活者だ。安田は拾った空き缶を売って生活している。ジャギは完全に無収入のギャンブル老人である。
 胎蔵は72歳。
 ジャギは71歳。
 安田は74歳。

「胎蔵お前臭ぇよ」
「ジャギお前もな」

 胎蔵は納豆とコーヒーの染みのついたシャツをめくりあげ胸をバリバリと掻いた。細かい白い粉がふわりと散った。

「みんな臭いんだよ。みんなここ一週間風呂に入ってないからだよ」

 安田がおずおずと言った。

「仕方なかんめえよ。今月はルイルイのライブ行くからガス代光熱費全て節約のはずだろ。ライブの日にだけシャワーぶち浴びれば良いべ」
「かゆいよ。かゆいよ」
「かくなよ安田」
「だってかゆいし」
「風呂入んなくても死にゃあしねぇよ」
「臭ぇな。浮浪者かよ」
「ああ。俺ら、ある意味家がある浮浪者だからな」
「……」
「……腹減ったなぁ」
「だ。サッポロ一番はあれは俺のだぞっ!」
「先週チキンラーメン貸したじゃねぇかよ!まだ返ってきてねえぞジャギこの野郎!」
「やめてよそのやり取り。すっごく虚しくなるよ」

 遠くから、地の底から唸るような年老いた女の悲鳴が響いた。
 三人は暗澹(あんたん)たる表情になった。

「ああまた一号棟の403の〇〇ガイババアが叫んでるよ」
「またかよ。いい加減にしろや」
「ドアノブのとこの鍵穴にアロンアルファ注入しちまおうぜ」
「ええ?」
「やっちまおう!」

 三人は一号棟まで行き、エレベーターを使わず階段で四階まで上がった。エレベーターの監視カメラに映り込まないようにする為である。

「準備は良いな」
「おうよ」
「ねえやめようよ」
「両隣の402と404はいないな。404は確かガキ連れた若い夫婦が住んでたけどな」
「ああ。あんまりにも〇〇ガイババアがやかましいから出て行ったんだべ」
「もうこの都営、老人しか住んでないね」
「若い奴らはみんなどっか行っちまうよ。どっか俺らの知らないとこに。哀れだな。俺たちも、若い奴らも。それしかねぇよ。あれ?」
「何だよ胎蔵」
「ジャギ、お前よく見たら経年劣化すごいな。昔は女泣かせのジゴロだったのにね」
「へへへ。寄る年波には勝てねえ」
「ははは。さてと、アロンアルファ注入してとっとと帰ろうぜ」
「ねえ。やめようってば」

 403号室のドアの奥からアザラシの鳴き声のような歌声がする。

「♪あ~ぁがあ~ぁまえば~あああ~くわしめ~えよいにけりっ」
「おいおいなんか変な歌を唄ってるぜ」
「狂人だからな」
「おいっ!うるせぇんだよっ!」

 胎蔵はドアを三回足で蹴っ飛ばし怒鳴った。
 女の声がする。

「……苦情キター、苦情キター、苦情キター、苦情キター、苦情キター、苦情キター、苦情キター」
「やべえこえーよ」

 安田が唄いだした。

「♪やめてん絹の靴下ーん。もーおーいやっん絹の靴下わーん、わたしーをーダメにするーん」
「どうした安田!お前まで狂ったのか?」
「ああ、僕は恐怖が襲ってきて頭がうわーってなった時は夏木マリの絹の靴下を唄う事にしてるんだ」
「そうか、性癖って難儀だな。トラウマいっぱい、夢いっぱいだな」
「うん」
「今日の所はアロンアルファ注入だけにしとこうか。またうるさかったら何か仕返しを考えようぜ」
「おう。こえーしな」

 胎蔵はドアノブの上部の鍵穴にたっぷりとアロンアルファを注入して自室に戻った。
 今日も、明日もきっと晴れている。


 翌日。ジャギは朝から4リットルペットボトルの焼酎「超巨大五郎」を両手で傾けて氷の入った大きめのジョッキに注ぎ、ピーナッツを食べながらソーダ割りを楽しんでいる。朝と昼と夜飲むジャギは完全に典型的なアル中である。
 胎蔵は立腹している。

「おいジャギ、俺の繰越金にお前手ぇつけたろ!年金の繰越金。銀のお茶の缶に入ってた奴!」
「何が」
「減ってるんだよ!」
「知らねぇよ」
「お前しかいないんだよ」
「だから何が?俺知らねぇってばよ」
「だ。お前しかいねぇっつんだよ」
「だから知らねぇってばよ」
「あからさま減ってるんだ」
「……1万3千しか抜いてねぇぜ」
「やっぱりお前じゃねぇか、この盗っ人野郎!」
「お馬ちゃんに使っちゃった。でもごめんなさいは言わない」
「言えよこの野郎!」
「来週新海物語4で取り返す予定だからそれまで待ってな」

 安田がただいまを言いながら帰ってきた。

「高校生の集団にまた石を投げられたよ」
「またかよ。難儀だなぁ安田」
「あいつら若い連中は僕ら老人の事をいらない人間だと思ってるよ」
「けったくそ悪いよな、てめぇらもいつか老人になるのによ!」
「うん。でもそんなに捨てたもんじゃない。神様だってきっといる。僕はこの空がずっと続きますようにって思ったんだ。ひたすら石を投げられつつも」
「前向きだな。安田はピュアちゃんだからな」
「この空はずっと続くよ、たとえ人間が死に絶えてもな」
「胎蔵……」

 遠くから老女の金切り声。大声で何かをまくしたてている。大声なのにまるで何を言っているか分からないのは日本語の構造が滅茶苦茶なせいだろう。

「あたしに於いてのぱうわっあれだ!苦情苦情苦情すきぶるうるさっ!ヤバい!虫!飛んであたしも飛ぶ!あんたがたどこさ?ドコサヘキサエン酸どん文句あるかーっ!あーっ!アアァーッ!!!夏、油もう夏!虫!そこかしこ。だぐわうるさいっわ!あーっ!アアァーッ!!!夏。はーい。もしもし?めや、だめや、文句あるか!アアァーッ!!!あるっ!」
「ああまたうるさいよ403の〇〇ガイ女」
「とりあえず窓ガラス割ってやろうぜ」
「おう」
「ねえやめない?」
「何で」
「だって僕たち上級国民じゃないもん捕まったら即お縄だよ」

 気の弱い安田は怖じ気づいている。

「無視」
「石拾ってこう」
「これなんか手頃じゃね?」
「ねぇやめようよー」

 ジャギは敷地内の公園の花壇から直径7センチほどの石を引き抜いた。石の下半分は土が付着している。

「割れるべ」

 ジャギはアル中ゆえ何の躊躇(ちゅうちょ)もなく403号室のドアに面した窓ガラスを石で叩き割った。蜘蛛の巣状にガラスは破砕された。
 ジャギと胎蔵がやったと喝采を叫ぶよりも先にドアが開いた。
 髪を腰の辺りまで伸ばし、ミッフィーの半袖Tシャツを着た推定75歳くらいの老女が焦点の定まらない濁った眼で三人の方を見ていた。
 露出した両腕には黒い斑点模様がいくつか浮かんでいた。
 右手にはボロボロの出刃包丁が握られている。
 三人は蛇に睨(にら)まれた蛙のように動けなくなったが、やがて安田、胎蔵、ジャギの順に大昔のブリキのおもちゃみたいなぎこちない足取りで女から距離を取った。
 女が叫んだ。

「アア-っ!もしもし?もしもし?あたしです!はーい。お前らはあれかっ!?油の夏の虫かっ?ドコサヘキサエン酸ーっ!」

 老女は包丁を持って追いかけてきた。
 三人は逃げる。
 ジャギは手にした石を女に向かって投げ、女の右目に当たった。女はぐへっ!と嗚咽(おえつ)を漏らしたが追跡を止めない。
 その時丁度エレベーターが4階に来ていた。
 三人は素早く乗り込み何回も閉まるのボタンを連打し、女がエレベーターの扉をカツンカツン包丁で突いてくるのを純然たる恐怖に感じ取りながら1階へと降りて行き、自分たちの住んでいる部屋がバレないように駅前のゲームセンターでコインゲームをやる振りをしながら時間をつぶし、出来るだけ回り道をして部屋に戻った。
 冷たい汗をかいていた。
 しばらく三人は何も言えなかった。

「……はー」
「は~」
「はあ」
「ははは」
「いや笑い事じゃないって。怖いなんていうレベルじゃないよ。だからやめようって言ったのに」
「あ~何か走ったら腹減ったな。富士そばで何か喰ってからルイルイのライブに行こうぜ」
「俺ネギ抜きにしよう。ネギ喰うと途端に口が臭くなっからよ」
「おめぇはいつも臭えんだよジャギ」
「あ?」
「ああ、ルイルイに早く会いたいなぁ」
「会いに行こうぜ。今会いに行けるアイドルで売ってるんだから会いに行くべきだ。ルイ子も俺たちが行かないと寂しがるぜ」

 三人は地下アイドルを追っかけている。
 『俺たちが行かないと寂しがるぜ』。
 この妄想。そう、地下アイドルの生計はこういったどうしようもないファンのどうしようもない思い込みから成り立っている。
 三人は念入りにシャワーを浴び(胎蔵は何の予定もないのに股間を念入りに洗った)比較的よそ行きの服に着替えて、富士そばを食べてから目白のライブハウスに行った。
 カチコミ娘から脱退してソロになった地下アイドルの鹿羽ルイ子のライブを楽しんだ。
 ルイ子はかわいらしい宇宙人のコスプレ姿で新曲の「ビバ!結婚」と「ナミダの涙鼻管(ルイびかん)」を含め6曲披露した。
 客は胎蔵らを含めて数人しかいなかったのでライブハウスはガランとしていた。
 ライブ終演後、グッズ販売タイムとなり三人はルイ子を交え一人ずつチェキを撮った。一枚3000円。胎蔵は4500円のルイルイのプリント付きトートバッグも買った。
 この日の為に胎蔵は年金をコツコツ貯め、安田はアルミ缶をせっせと拾い、ジャギは新海物語・沖桜で確変を引いてきたのだ。

「今日もルイルイかわいかったな」
「ペギー松山みたいだったよね」
「誰それ」
「ゴレンジャーのピンクだよ」
「懐かしいな」
「ああ。ルイルイ。良いぜ。唄ってる時にまるで交尾をし終わった後みたいな顔して俺の事を見てたな。高揚してたな。エグいぜ」

 と、胎蔵は悦に入った表情で語る。

「やめろよ!俺のルイルイを汚すな!」

 ジャギが激昂した。

「汚してやるよいくらでも。俺のルイルイでもあるんだからな。聞くけどなぁジャギ、お前にとってルイルイはどんな存在なんだ?」
「あ?永遠の妹みたいなもんだ」
「安田は?」
「え。かわいらしいペットみたいな存在。ヨシヨシ頭撫でたい」
「そういう胎蔵はどうなんだよ!」
「そうだな…俺は性奴隷としてしか見てねぇかな」
「貴様っ!」

 三人は、老人しか住んでいない都営住宅へと歩を進める。
 今日も日が暮れていく。明日もきっと。


「沼だ沼だよ乞食沼の日本を明るく元気に変えちゃい魔性」

 ピーコックチェアーに座りながら矢部秋恵69歳は老人たちに言った。

「お年寄りが元気になれば、日本国も元気になります。日本国が元気になれば、ますます皆さまお年寄りも天界のパワーを得られ魔性」

 矢部秋恵はマルチ商法をやっていて老人たちを手玉に取っていた。
 店舗に人を集め、足裏電動マッサージ器「上級国民」を無料で体験させて効能を喧伝(けんでん)し、パネルを用いた授業形式で完全に簡単に学のない老人を洗脳し、洗脳された老人の何パーセントかは電動マッサージ器「上級国民」を購入していった。
 購入した老人は他の年寄りに勧める事によって、ここでしか使えないポイントカードにポイントが貯まり、商品が安く買える仕組み。変則的なネズミ講とも言えた。
 秋恵の上がりはデカい。
 ここに通うお年寄りはみな老人特有の蝋のような質感の肌と独特な体臭を放っている。死を前提とした、例のあの臭いだ。
 みんな上級国民の振動に身を任せながら隣の老人と雑談している。ブルブルブルブル。

「さあ!皆さん。リンパをほぐして行き魔性。溜まったリンパの汚れは…」
「汚れは?」
「溜まったリンパの汚れはそうですね……どっか天界のすみっこの方に行っちゃいますねー」
「なら安心だ~」

 老人たちはみな笑顔で上級国民の振動に身を委ねている。ブルブルブルブル。顔も揺れている。何も疑う事のない笑顔で振動する老人たち。ブルブルブルブル。
 そこへ無料体験中のチラシを手にした胎蔵、ジャギ、安田の三人が恐る恐るドアを開けて中に入ってきた。
 矢部秋恵の眼がギランッと光った。それは獲物を逃さないという女豹の眼だった。
 ブルブルブルブル震える老人たち。


 街の長老103歳の半田猟兵(はんだりょうへい)。
 アパート住まいの彼は高齢の為に痴呆症のステージもかなり進んでいるが、いかんせん身体は壮健なので遠くの方まで徘徊してしまう。
 二駅離れたコンビニに入った半田。何か買おうとしたのではない。ただ何となく入ったのだ。
 おでんの匂いを嗅いでうろうろする。
 やがて飲み物の陳列された冷蔵庫棚の向こう。バックヤード。そこから気配を感じ取った半田は血相を変えてレジに行き店長を呼びつけた。

「ここは占領されとる店なのか?」
「え」
「飲み物の奥に米兵がいるんじゃっ!」
「は?」
「だから飲み物のー、冷蔵庫の飲み物の棚の奥にーぃ米兵がいてカービン銃構えてこっちを狙っておるんじゃ!ここはそういう店なのか?アメ公に占領されとる店なのか?」
「……はーい。そういう店ですよー」
「わしゃ帰る!二度と来んっ!」
「……やだよな、あーゆうボケたジジイ」

 中年コンビニ店長は若いベトナム人の女性店員の腰に手を回しながら言った。女性店員は抵抗しない。彼女の時給は935円だった。

 半田は、アパートの部屋に三八式歩兵銃を隠し持っていた。この銃の最大射程は2400メートルで有効射程は460メートルだが、かつての半田は最大射程で有効射程の命中率を叩き出せるほどの大日本帝国陸軍きっての凄腕スナイパーだった。
 毎日磨いて油を差している。
 半田はまるで我が子を扱うかのように、銃口から専用ブラシを差し入れ六条右回り(初期型の形状)のライフリングを丁寧に磨き上げていく。弾丸の三八式実包も5000発以上隠し持っている。
 国には絶対秘密だ。


 胎蔵は足裏電動マッサージ器「上級国民」を38万円で分割で買ってしまう。本来なら47万円が今ならお得な38万円で販売中!というありがちの二重価格に完全に、簡単に騙されて。
 それぐらい洗脳されていたのだ。
 三人は健康増進マルチ商法「日本の國の母」の店舗に通う内に、矢部秋恵を秋恵様と呼ぶようになった。
 胎蔵は上級国民を他の二人には使わせなかった。
 が、安田は二人がいない時にこっそり使ってハマっている。金があれば安田も自分用に一台買うかもしれない。


 三階建ての日本家屋、通称「鳥山御殿」に住む鳥山直道(とりやまなおみち)は宇土川区の葉隠保育園の園長をしている。78歳。
 妻の静(しずか)は74歳。放任主義で自由主義の直道は妻を自由に優雅に生活させている。そこが彼の甘いところでもある。
 ……ここからは直道の一人称で小説を執筆していく。だってその方が書きやすいから。てへぺろ。筆者、中年だけど、てへぺろ。

 いつもの行きつけの喫茶店。わしは珈琲だけ飲んだ。
 本当は煙草をたしなみつつ双方の馥郁(ふくいく)としたフレイヴァを同時に楽しみたかったのだが、店内では一切煙草を吸えなくなってしまった。個人店はもとより、大手チェーンの「プロトン」、「ヨンマルク」、「怒濤(どとう)る」でもだ。
 健康増進法?まるでナチスのやり口ではないか。
 こんな世の中誰しもが健康になってどうすると言うのだ。人生百年時代など無間地獄である。
 エエイ、道すがら吸おう。ここは歩き煙草禁止区域となっておるが、知るか!
 お前ら家畜は大人しくただ決まりだけ守って生涯課金と納税で搾取されていろ!
 老人がただ老人として、何の意味もなく生きながらえる社会。
 そして人生百年時代とかいうインチキ政府が推奨するおためごかしの文言。
 まるで豆腐をイメージが悪いから豆富と漢字を置き換えるぐらい作為的で愚かな事象である。
 軟弱で狡猾(こうかつ)で、そして悪質な老人もいや増して増えたな。これでは「老害」呼ばわりされても文句は言えないだろう。
 多分、戦争体験者がいなくなって戦後生まれの甘えた与えられた民主主義、思想教育のぬるま湯の下で育ったからなのだろう。
 マア、もちろんわしだって終戦の時はまだ生まれたての赤ちゃんだったけれどね。
 今の年寄りどもは、昔のいわゆる知恵者としてのお年寄りとは全く異質な生き物なのではないか。単なる消費者の群れか。そこをよく鑑みねば、単純に「敬老精神」などと口にしてはいけないのではないか。
 「お年寄りを大切にしよう」という標語は、実は全く当てはまらないのではないか。ますます悪質な自称お年寄りが増長するばかりではないか。
 文化を持ち合わせず志を忘れた老人たちなどただの糞便製造機だ。言い過ぎか?
 いや。
 老人であるわしが言うのだから間違いない。イヤ、まだわしは老人ではない。いつまでも壮年期。
 じゃなくて、全て最初から与えられてお膳立てされているからこの平和が永遠に続くものだと勘違いしているのだ。恒久的平和は、バスの高齢者無料パスではない。
 また、何度も何度も警告されているのにもかかわらず、特殊詐欺被害に遭う老人たちはいっそ白痴と呼ぶべきであろう。騙される方が悪いのだ。
 五行歌を詠む。

 “泣きながら
 握り飯を
 喰らう老い人
 観察している俺
 缶珈琲”

 イヤ、衆愚は情報弱者ぐらいがちょうど良いのかも知れぬな。誘導される羊の群れであれば、何考える事無く草を食む事が出来るのだから。
 なまじインテリゲンチアだと余りにも今の世の中は生きにくい。
 『偉大に思索する者は、偉大に迷うに違いない。』。かのハイデッガーもかく語りき。

 帰宅してすぐテレビをつけたがこの時間帯は「ヒップホップ水戸黄門」しかやってなくて、黄門が「助さん角さん、YO!もういいぜメーン!」とか言うふざけた時代劇ドラマしかやってないのでまた出かける事にした。徘徊か?違う。脾肉(ひにく)の嘆(たん)をかこちておるのでま一度の外出だ。
 口髭を整えてからわしは、あれ?何だっけ?そうか出かけるんだった。足を使っても良いかと思ったがやはり電車にした。
 電車内。車内ではスマホゾンビどもが老いも若きも一様に画一的に十把一絡げに判を押したようにステレオタイプにどんぐりの背比べの如くに万が万みなスマホに興じていた。わしは一車輌全てに聞こゆるほどのボリウムで怒声を浴びせた。

「一生スマホいじってろこの馬鹿どもっ!!」

 沈黙となる。

「……うーるせぇな。ジジイ」
「誰だ!?今うるせぇなジジイと言ったのは。こちとら元、強酸党幹部だぞ!粛正してやる!」
「やべえパヨクかよ」
「パヨク?はあ?そんな今風の生易しいもんじゃないわ。内ゲバ上等のゴリゴリの武闘派のアカだったわい!」
「このじいさん頭おかしい……」
「頭がおかしいのはお前らの方だ!スマホに頭乗っ取られてんだ、貴様らの肉体はただのスマホ運搬装置になっとるんだ、もはやスマホが貴様らの本体なんだ!それを自覚しろ!痴(し)れ者ども!!!」

 ト、一喝してやったもんだがかく言うわしも実はインスタグラムをやっておるんだもんね。
 山川草木や旅先の風景やかわいらしい保育園の園児たちの写真を数十枚あげていて各位フォーロゥワァの方々にもすこぶる上等な評判を得ており非常に楽しい。
 わしはこの国の将来の宝とも言える大切な大切な子どもたちを育てているが、この街は年寄りが多いな。

 老人街だ。

 やっぱり人間は若い方が良いなぁ。特に女は。
 こないだはアフガニスタンで活躍している米軍女兵士のアンジェリーナちゃん25歳とインスタグラムのDMで睦言(むつごと)を交わしちゃったぜ。グヘヘ。
 恐らく米軍キャンプのトレィニングルゥムなのだろう一室で、ハイレッグで破廉恥(ハレンチ)なスポウティな出で立ちのアンジェリーナちゃんの鍛えられた引き締まった若いカラダの画像が数枚送られてきて……

「親愛なるナオミチ、ご機嫌いかが?あなたはとても誠実な私の恋人♥️あなたと知り合ってから私の日々に毎日一輪のバラが添えられるようになったの。ああ素敵で紳士的な愛しいナオミチ♥️今度ぜひ日本へ訪れてあなたに会いたいわ♥️」

 …とこう結んでおったのだ。ヤッタネ!僥倖(ぎょうこう)!モテる男は違うわい!ぬははははははは。
 もちろん妻の静には内緒だ。
 ここで五行歌を一首詠もう。

 “俺の
 女は
 貞淑なのが良い
 更に良いのは
 成熟なのが良い”

 ウム、出来た!


 移動販売「みんなの奉仕屋」ドライバーの徳島68歳が街にやってきた。
 宣伝用の軽やかで脱力した音楽をかけながら公園の路地に車を停めると三々五々お年寄りたちがヨロヨロとした足取りで買い物にやってきた。
 その中に直道の妻、鳥山静もいた。
 静は足の不自由な演技をして買い物難民を装い、徳島に買い物カートの中に野菜類や肉をいくつか入れてもらっている。今夜はカレーにするの、とでも言ったのだろう。
 静は徳島に惚れていた。6歳年下のこの男の事を「男」として見ていた。もちろん直道には内緒だった。

 買い物を済ませた静は徳島の車から離れて死角になるとスタスタと歩いて家に戻り買い物カートを玄関にドカッと置いて直道を呼んだ。

「ねえあなた重かったよー」
「ん?」
「お野菜買ってきたのよー。取りに来てよー」
「またか」
「またかってどういう意味!?」
「いや、あれだ……」
「文句あんの、あたしに」
「あ、いや」
「あのさあ100円200円高くても良いからもうちょっとハッキリもの言ってくんない!」

 バタンと襖が閉められた。
 やべえ。勃った。Mか?わしは。
 それにしても最近静の奴、妖艶味が増してきたな。ありゃ魔性のばあさんだわい。
 若い頃は竹久夢二の美人画から抜け出てきたような、一種なよ竹なる雰囲気があったがますますもって可憐だわい。青田買いしておいて良かった。凄絶美。ゾクゾクするぜ。よし五行歌だ。

 “俺に嫁いできた女
 ずっと
 角隠ししたままで
 顔も分からない
 すこぶる怖い”

 しかしわしらはもう20年余りセクスレスだ。今はお互いにセクシャールでインセンチブな内容のメールを送り合うしか燃える手立てはない。他の高齢の夫妻もそうしているのだろうか…。嗚呼わしと静の間に子がいればなぁ…。
 いやしかしなぁ。マンネリだからといって静を亀甲縛りに縛り上げて団鬼六する趣味はわしにはないもんな。

 わしは独り、居間でテレビをつけておる。寂しい。
 最近、てかこの15年ばかり、毎日ずっと居間のテレビばかりつけて漫然と眺めて日々を浪費してばかりだ。
 世間では流行の兆しを見せている蠱毒(こどく)病で少しく騒がしくなっておる。
 蠱毒病。
 潜伏期間三日で発症し、全身に黒い斑点のような模様が浮かび上がり脳に障害をきたし死に至る病。白黒熊猫共和国から端を発したこの病がどうやら世界中に拡がっているらしい。わしは五行歌が浮かんだ。

 “街灯の明かりが
 俺のやうに
 侘びしく
 灯っていて
 老人街に毒”

 だけれど、みんな今回のこの騒動をどこか頭の片隅で楽しんでいる所があって、でも立派なアポカリプスで為政者によって感情は利用されて、半年後が怖くて、相変わらずテレビでは笑えないくだらないバラエティがずっと垂れ流されていく。パニック映画だと人々は悲鳴を挙げて逃げ回るがどうもそういう事ではないらしい。リアルなパニックは静かに静かに進行していく。
 テレビは点けっぱなしにしながらスマホを手に取りインスタグラムを開いた。
 DMだ!
 アンジェリーナちゃんからの!

「親愛なるナオミチ。私の話をよく聞いて。アフガニスタンのゲリラから奪った200万ドルをあなたとの結婚資金にしたいから無事に日本に持ち込むための手数料2500ドルを今すぐ払って!プリーズ!私は今ゲリラに追われているの。ああ♥️ダーリン愛してるわ♥️最愛の人、ナオミチ♥️」

 とあった。
 マジかよ!?
 ニヤけつつも慌ててわしはゆうちょ銀行の国際送金を使って彼女が指定した口座に2500ドル振り込んだ。

 アンジェリーナからのDMはその日を境にプッツリと途絶えた。


 健康増進マルチ商法「日本の國の母」の店舗奥にある事務所。
 薄い扉を三回ノックして中年男性が入室し、矢部秋恵に封筒を渡した。決して少額ではない金銭が入っている厚みである。

「ご査収下さい、秋恵様」
「ふふふ。……あら少ないわね。こんなじゃ今月のノルマにはほど遠いわよ」
「申し訳ありません秋恵様」

 秋恵は男の首を思い切り絞めた。爬虫類のような息で苦しげに悶える男。秋恵の顔には笑みが浮かんでいる。

「これが日本の國の母の教えだよ!」

 男の手脚は痙攣(けいれん)を始めた。限界まで続く。これが一日三回繰り返される。中年男性の給料は社保もろもろ引かれて手取り17万円。


 静は徳島をデートに誘った。
 機関車の設置されているかなり大きな公園。遊具も豊富で子どもを連れた母親たちが多く見受けられる。
 静は水色のフレアスカートを履いている。
 徳島は照れていて静の顔をあまり見られず視線を下に落としたが、フレアスカートの可憐さにまた照れて鳩ばかり見ている。
 そんな徳島のウブな様子も静は愛しくてならない。
 公園の中にはちょっとした売店もあり、二人でソフトクリームを買って歩きながら食べた。
 池を眺めながら色々と互いの生活や境遇の事を語り合った。夫、直道がいる事は何となくぼやかした。
 足の不自由なのは実は演技だった事も静は徳島に明かした。
 それを聞いて徳島は「分かってましたよ」と言って、また照れた表情を浮かべた。純粋に嬉しかったのだろう。
 楽しい時間は、過ぎるのが速い。

「徳島さん、今日はありがとう。時間をさいてくれて」
「静さん。また会ってくれますか?」
「会えるわよ、いつでも。いつものように移動販売に来て頂ければ」
「そうじゃなくて、あの、また、今日みたいな感じで。あの……二人だけで」
「……はい」

 二人は機関車の運転席に乗り込み、風が吹くのを楽しんだ。静の髪が揺れた。手を繋いだ。
 そして短い間、キスした。

 その頃直道は家でクシャミをしていた。


 蠱毒病が流行っておる。
 銀座のデパート越越(えつこし)も休みだ。仕方なく手土産にとらやの羊羹を買うのを諦めて手ぶらで胸斗沢(むねとざわ)五行歌会の会場にわしはやってきた。メンバーは三々五々集合し、わしは3番目に歌を披露した。自信作だった。

 “路地裏と
 駄菓子屋に
 あの日を
 置いてきて
 しまった”

 しかし、わしの歌はあまり理解されなかった。不評だった。この歌の良さ、つまり愛しさと切なさと心強さとが分からなかったらしい。メンバーの読解力がチィと足りないのではないか。不満を隠せないわし。
 次にわしの嫌いな芹澤茂助81歳が歌を発表した。

 “昼下がり
 孫と手を繋ぎ
 散歩する
 かわいい孫と
 良いな~~ァ”

 明らかに駄作の孫歌だ!わしは噛み付いた。

「芹澤さんよぉ」
「はい?」
「お前アタマお花畑かよ」
「はい?何なんですか?鳥山さん」
「五行目の“良いな~~ァ”って何だよ。ムカつくんだよ」
「はあっ?」
「こんな愚にも付かない孫歌披露して誰か褒めてくれると思ってんのかよ?恥ずかしくねぇのか?おめぇは」
「はうっ、なん」
「おめぇの毎回さらしてるそれはなぁ、ただの独り言オナニーなんだよ」
「なんっ、鳥山ぁ」
「そんなんTwitterでつぶやけ馬鹿。百姓。中卒」
「なんじゃと!」
「撤回して下さい!」
「しねぇよ馬鹿」
「もう鳥山さんは胸斗沢五行歌会に来ないで下さい!あなたは出禁です!」
「上等だよコラ!ババア!おめぇらはエンヤでも聴いてラー油の味しかしねぇチャーハンでもヒィヒィ言いながら食ってろ!」
「ひ、ひどい(直道さん好きだったのに…アン♥️)」

 わしは唯一通っておった胸斗沢五行歌会を退会した。あんなに好きだったのに……五行歌。
 わし、どうかしちゃったんだろうか。

 とぼとぼとした足取りで葉隠保育園の様子を少し見守ってから帰宅する。
 子どもたちの純粋無垢なるかわいさが、逆にわしにとって残酷な現実だった。
 実際、あれなんだよね。あれ?何言おうとしてたっけ…。そうそう。実際、あれなんだよね。保育園は優秀な保育士さんたちに任せてあるのでわしがおらなんでも運営は成立する。
 時折、園に顔を出して……、

「ほ~ら園長だよ~」
「わー。おじいちゃん先生だー!」

 ……の、ほのぼのとしたやり取りをすれば良いだけの話だ。
 ほぼ24時間、自由時間だ。それはそれで非道く虚しい。
 どこにも行き場がない。
 わしは孤独だ。
 もしかしたら蠱毒病なのではないだろうか。
 孤独な人間が蠱毒病に罹(かか)るのではないだろうか。
 この茫漠(ぼうばく)たる気持ちを安らげるよう、わしはわしの為に料理をしようと思う。
 わしの家のガスコンロはパローナの最新式だ。静が選んで勝手に買っちゃった奴。
 火の付いた五徳に手を近付けるとセイフティが働いて火力が弱火になるという余計な機能がついていてすこぶる使い勝手が悪い。
 これではガシガシ鍋を振るったり、チャーハンなどの大火力が要求される料理が出来ないではないか。
 今の家電製品は万事が万事老人向けに仕様が考えられておって余計なお世話だ。
 わしは78だがまだまだ老人ではない。
 生涯現役、いつまでも壮年期。
 パローナで車海老のタイ風炒め物を拵(こしら)えブランデヰを注いだバカラに氷を落としてテレビをつけた。
 お笑い芸人村井某が蠱毒病で亡くなっていた。75歳。わしより3つ下だ。
 わしは彼の芸を浅薄なものとして是を認めなかった。形而上的な笑いを標榜(ひょうぼう)する村井が現れた時はもう日本のお笑い芸人文化はおしまいだなどと考えたが、それでもある年代の子どもたちに夢と希望とブラックヒュウモアの面白さを与えたのはこれ確かな事だ。
 また一人有名人がなくなる事で、この病気の恐ろしさが人々に一気に膾炙(かいしゃ)されていく。
 一気に危機感、恐怖感が伝播されていくのがよく分かる。
 インチキ政府が公表してないだけで、実は感染者はもう既に何十万人規模でいるのだろう。逆算だ。全患者数の中で有名人が含まれるパーセンテージを考えれば簡単にそんな嘘は見抜けるのだ。
 あ。なんかよく分かんないけど、世界が非道く一変するような気がしてならないね。一切希望のない暗黒世界になるんじゃなかろうか。
 暗黒世界に。
 気付けばもう夜も更けていた。
 静は寝所で独り寝しておる。わしらは新婚の頃から同衾(どうきん)しない。
 暗黒世界になる。
 きっと予感は的中する。当たる。多分わしには予知能力がある。昔からそうだった。若い頃にヨシ、事業を興そうと映画館をやるかはたまた保育園にするかで迷うたが保育園にして正解だったもんな。日本映画界の斜陽をいち早く見抜いていたのだ、わしは。
 ああそうだな、こうやってブツブツと深夜に焼き栗とかタイ風炒めをアテにブランデヰのロックを飲みながら自問自答してる毎夜の演算習性が、この予知能力に繋がっているんだ多分。
 人間には脳という計り知れない容量を持つコンピューターが搭載されている。人間はある意味AIなんだよ。誰だ?AIには感情がない心がないなんて言った馬鹿は。ブレードランナーって映画観た事ありますか?お馬鹿ちゃんども。
 嗚呼わしって賢いな。まあそうか明治大学首席卒だもんね。やるね。いいね。もてるね。女には不自由した事ない。リア充です。
 外では深夜だと言うに若い奴らが酒に酔い大声で何やらかまびすしく叫び笑い、低能ぶりをアッピールしとる。馬鹿ども、笑っていられるのも今の内だぞ。生きるな、死ね、蘇れ。
 よし、若い馬鹿をひとつ粛正してやろう。わしは模造刀を持って外に出た。

「よう、ヒッピーども。やけに元気じゃねぇか。夜中に元気出す若い安い馬鹿のお前たちに教えてやろうか?口で言って分かんねぇならカラダに言う事聞かせてやろうか!?」
「やべえ。刀持ってるし。あそうだ、ここんちのジジイものすごく頭おかしいんだ、逃げろっ!」

 若者たちは脱兎の如く逃げ去った。

「歯応えねぇぞこの野郎!」

 ト、模造刀をぶん回して夜に叫んだが、はぁ。もう眠いな。
 明日は食糧を買いにショッピングモールに行って来よう。車を回してカートいっぱいに食糧や必要物資を買い込み何往復もするのだ。ハッピー。
 葉隠保育園と自宅の地下の食糧庫にこれでもかと言うくらい満載してやる。円を持っていたってどうしようもない。有事の際は食糧、紙類、燃料、電池系統その他はあるだけ良い。ラッキー。
 保育園も太陽光発電に切り替えよう。お抱えの佐藤工務店に頼むか。
 ベビー用品も不足になるだろう。保育園の予備費とわしのポケットマネーで粉ミルクやオムツも大量に買っておこう。スィ-ティー。
 こういった危機管理対応は全てゾンビ映画から学んだ。今は亡きジョージ・A・ロメロ御大のおかげだ。彼とは同年代だ。偉大なるフィルムメイカーであるロメロ監督が68年に発表した「ナイトオブザリビングデッド」はまさにエポックメイキングな伝説のゾンビ映画だった。
 籠城戦を制する者が全てを征するのだ。
 何が起こるか分からない世の中。国は何もしてくれないからな。
 ナニ、いざとなったらわしが70年代に買っておいた米軍払い下げのアレが八丁ある。保育園の地下倉庫にすやすやと眠っておるわ。備えあれば憂いなしだ。ぶわはははは。ブランデヰが美味い。

 “やさぐれてる。
 やさぐれている。
 危ないな。
 優しい気持ちに
 なりたいな。”


 夏になった。
 静があまりにもつれないのでわしは一人旅をする事にした。保育園も夏休みだしな。
 船に乗る。小さな客船だ。
 自販機で缶珈琲を飲みながらの携帯ラジオで言っていたが、落語家の三遊亭プレデター80歳が逮捕された。
 小田原城天守閣で酒に酔いドレッドヘアーを揺らしわめき散らしたらしい。

「俺は蠱毒病だ!小田原城を感染させてやる!」

 立て続けに高座がなくなり仕事が激減した彼だが、本当に蠱毒病の毒素が頭に回ったのではなかろうか。

 東京都から三県ほど離れたとある県。とある無人駅。とあるしなびた宿。
 長の逗留(とうりゅう)には持って来いの風情だ。庭は一面苔むしており手入れも良い。
 宿帳に東京の住所を書いたら女将はハッとなった。無理もない。東京では五千人の感染者が出ている。

 今日は天気が良い。旅先で明治大学の演劇部の後輩たち、若き才能才気煥発なる彼らの為に脚本を書くのも乙なもんだ。あれ?何考えてたっけ……。そうそう、カンヅメだ。求められてないかもしれないけれどそういうのはあまり関係ない。わしが書きたいと思ったらそれは正解なのだ。
 脚本のタイトルは決まっていて「習慣少年フレンド」とした。
 自らがゾンビになった事を知らない少年が友達(フレンド)を増やしていく。ある意味インフルエンサーな訳だがゾンビは蠱毒病のメタファーとして捉えている。
 主人公の少年の名前は松戸キヨトにしよう。で、彼を研究材料としてゾンビにしてしまった医学博士の父親の名が松戸彩円。
 マッドサイエンティストのアナグラムなのは観客にも伝わるだろう。キャット。
 ヨシ、筆が乗ってきた。バーッと10枚ぐらい書いて懐石料理を食べたらひとっ風呂浴びてくるか。ルンルン。流流流流流流流ン。

 二時間後わしは露天風呂を浴びて脱衣所でカラダを拭いていた。
 ん?ん?ん?こんな所にホクロなんかあったかな?しかもかなりデカいぞ。や、こっちにも。こっちにも!こっちにも……。アイーヒーッ!
 鏡に映る斑点だらけの我が肉体を見てわしは愕然(がくぜん)となった。
 これは……蠱毒病ではないか。

 頭も俄然、朦朧(もうろう)としてきたおおこれがそうか例の走馬灯的なアレ的な映像が鳥山直道名画座で三本立てで掛かっておりボクは一人だけのゆったりした貸し切りの映画館を楽しんで帰る前に空き瓶を持っていったらメンコをくれるという鳥山直道名画座のサービスを利用して前の回の客が座席の下に置いていったラムネやら新発売のフルーツ牛乳やらの空き瓶をセッセと集めて両手に抱えてモギリのオバチャンに渡したら坊やメンコをはいどうぞと言って大鵬の奴ばかり8枚をくれて違うんだよオバチャンボクはほんとは横綱の柏戸のがほしいんだよ柏戸の方が断然かっこいいんだよと言ってだだをこねたらしょうがない坊やダねェェェぇェぇぇぇェぇぇぇェとオバチャンが言ってボクにくれたメンコには沈黙の二文字が赤く確かに刻まれていて突然ダダダダダダって音がしたので振り向いたら静の奴がM1919 Browning機関銃を乱射していたのでやべえと逃げたら素早いカット割りで現実に引き戻されたわしは脱衣所で空気を掴みながら渡辺謙みたく格好よくセリフを吐いた。

「あとは……沈黙」


          (後編へ続く)

老人街(前編)

前編をご覧頂きまことにありがとうございました。後編はガラリと変えています。お楽しみに。

老人街(前編)

東京都宇土川区を舞台に老人たちの果てなき冒険を描いた野獣派リアル小説。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 冒険
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-04-25

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