星のお姫様 3
三つ目
二つ目の星は一つ目の星とは全く違う形をしていた。中心にある大きな木を囲むようにして、いくつかの町が階段やはしごでつながっている。レンガ造りの家や、木の家など見た目も様々で一つ目の星と比べるととても鮮やかだった。
あたりに人気の無い原っぱにロケットを着陸させる。そよいでいる風がとても気持ち良かった。
梯子を渡って近くの町に行くと、たくさんの人がいて、街路にはあちこちに屋台が出ていた。野菜や果物を売っている他にも保存肉やキラキラと光るアクセサリー、見た事もない不思議な生き物を売っているお店があって、みているだけだったけれどとても楽しかった。熱心に屋台を見て回っていると、屋台の人々からの視線を感じた。眉間にしわのよった人々が何やらひそひそと自分を見て話している事が分かる。初老の老婆が売っていた手編みの小物のに見入っていて顔をあげると、果物を売っていた大柄なおばさんが「あんた、なんだい、どこから来たんだ。」と攻め立てるような声で言った。顔が近くてつばが飛ぶ。彼女の汚いものを見るような鋭い目に、ひるまずにはいられなかった。
その時、後ろから腕を強くひかれ、視界が取り残されたまま、拒む力が入る前に体の方向だけが変わり、引きずられるようにしてその場を後にした。
私の手を引く彼は、「速く走れ、ついてこい。」と言って手を離した。屋台の出ている細い道をするすると通り抜けている。後ろから追う人の足おとと怒号が聞こえた。おいて行かれてしまったらどうなってしまうのかという不安を振り払うように必死に走った。なぜか、私が着陸したほうへと進んでいる。
必死に走ったけれど徐々に差が開いていき、梯子に差し掛かった時、もうダメかもと思ったのだけれど不思議な事に追ってくるものは誰もいなくて二人でわたしの飛行機の着陸した原っぱまで走った。
「君はあんなところで何をしていたんだ。」ふりむいた彼が言った。メガネの奥の青い目がとてもきれいだった。
「私は、違う星からあのロケットに乗ってこの星にやってきたの。」と私は言った。
「違う星から来たのか」と彼の青色の瞳が輝いた。そして「大丈夫か」といって顔を覗き込んだ。
「ほんとなのに」と私が膨れていると、そうかそうか、と老人じみた口調で「君の星がどうだったかは知らないけれど、この星では上の方に位置する町であればある程、階級の高い貴族と呼ばれる人々が住んでいる。上の階の町に行く時には通行証が必要になるし検問を通ってその通行証を見せる必要があるんだなあ。君は違う星から来たから一番上の町にいたっておかしくは無いが君のその身なりではここでは浮いてしまうよ。」と彼はこの星の事を少し話してくれた。
ああ、この少年は私を絶対に馬鹿にしていると、私が気分を害したことは言うまでもない。悪びれる様子が全くない楽しそうな顔に何もぶつけてやれないのがつらかった。
かわりに「なぜ、あの人たちは梯子を渡って私を追ってこなかったの。」と気になった事を尋ねた。
「ここは墓場なんだ、上流のあいつらは死人には特別な力があると恐れているからここにくることは無いんだ。生きているときはずっと一緒にいたがるのにな。」と彼は言った。
じゃあどうしてと私が不思議がっている事に気がついたのか「俺はあいつらとは違う。上流貴族に雇われた使用人なんだ。だからちょっとみすぼらしい格好ではあるけどあそこで買い物をしていたってわけ。」と教えてくれた。「あっちの町にはもう行かないほうがいいよ。きっとほかの星から来たとかいう君を面白がって仕様人とするか、見世物にするか、なんにせよいい結果にはならないさ。僕はまだお使いの途中だからもう戻らないといけないけど、今日の勤務時間さえ終われば自分の町を紹介してあげよう。僕の町はあそこにあるんだ。」といって彼が指さしたのは、二つほど下の階層にある割と大きなまちでビニールハウスや家のほか、小屋のようなものが点々としている町だった。「夕方には戻ってくるからもし、見る気があるのならここに残っているといい。それとも違う星から来た君は、違う星に行くのかな。」ばかにしながらそう言って彼は町に戻って行った。
彼に馬鹿にされてたままでいることが我慢ならなかった私は彼を待つことにしたので、ロケットのそばからこの星を観察することにした。一番上にあるのが、さっき入ってしまった上流貴族の町で他の階層よりもレンガ造りの立派な建物が多く、人々がきている服に使われている布もきれいで凝ったデザインのものが多かった。その一つ下の階には灰色で長方形の建物がいくつも並んでいて単調だった。その下に彼が住んでいるという町がある。そしてなんといってもこの星を象徴する大きな木と町をつなぐはしごやレールを行き来するトロッコや人々を見ているのが面白かった。どの階層からもその気にはしごがつながっていたけれど木にも階層ごとの割り当てがあるようだった。各階層で木と町を行き来するトロッコを見て時間をすごした。アリの巣を取り出してみたらこんな風に見えるのだろうかと、どんな生物もあんまり変わらないのかもしれないとかそんなことを考えていた。
夕方になって約束通り彼はロケットのところへ戻ってきた。
じゃあいっしょに行こうか、ロケットはここに置いておけば触る人はいないからこのまま残り続けると思うし、僕がいればここに戻ってくることはできる、と彼が言ったので人目に付かないところにロケットを移動させるだけで置いていくことにした。
彼についていくと階段や、滑り台、トロッコを乗り継いでどんどん下へ下へと降りて行き、降りるにつれ木に近づいてその大きさに改めて息をのんだ。思ったよりも彼が住んでいる町は下にありロケットを置いてきた一番上の階層が小さくなっていくのがみえてなんとなく不安になった。
彼が住んでいるという町について、いくつかの道を通り、一つの家にたどり着いと、かれはここが自分の家だといって、中に入った。中には暖炉、本棚、木の椅子にテーブル、キッチンがあって少し散らかってはいたけれど生活感のある気持ちのいい空間だった。
「この町と僕の事を少し説明すると、ここの住人は農業や畜産業を営んでいる人が住んでいるんだ。以前は僕にも家族がいて一緒に耕作をしていたんだけれどみんな流行病で死んでしまってひとりになってしまったんだ。それで、一人では畑の管理がままならなくなってしまったから今は、自分ができるだけの小さな畑の世話をしつつ、今日みたいに貴族につかえて暮らしているんだ。詳しいことはこれから徐々に知っていけばいいさ。」といった。
その家の一階はリビングとキッチンとかの共有スペースと小部屋があった。二階には四つの小部屋があって、元々弟が使っていたという部屋を私に使っていいといってくれた。しばらく使っていなっかったようでところどころにはほこりが見られたけれど少し掃除しただけで気にならなくなった。持ってきたものはほとんどなかったので整理するものもなかったからすぐに部屋から出て一階に下りるとすでに彼が料理をしていて「外は寒かったね。待たせてしまってすまなかった。もうちょっとしたらできるから。出来たら呼ぶからちょっと待ってて。」といった。
待っている間、部屋に合った本棚にある本を見ていた。薄っぺらなものから分厚いものまで見た目は様々で黄ばんだ紙のものや分厚くて形の不揃いな皮に文字が焼き付けてあるものまであった。文字には分かるものもあったけど、ほとんどは理解することができなかったので様々な植物の絵を眺めて楽しんでいた。色鉛筆で描かれたそれは淡い色の色とりどりの花で見た事のある花もいくつかあった。
彼が呼ぶ声がして本を戻し、テーブルに行くと赤色に染まったビーツのスープに野菜のジュース、ほわほわとした茶色の丸いものが乗っていた。今まで食べたどんなものよりも複雑な味がして、自分が今まで食べた事のあるものでも違った味に感じられて面白かった。そして何よりも彼が、スープをすすろうとするたび眼鏡が曇るのがとても面白かった。
次の日から、彼が仕様人としての仕事が無い日には町を案内してもらった。畑、牧場、海、いろんなところを見て回った。彼の父親が元々学者をしていて彼も小さいころから教えてもらったため人より知識があるのだという。案内してもらえない日には少しずつ、教えてもらった文字を使って本棚の本を読んだ。言葉の意味を知ることは難しかったので文字の少ない図鑑をから始めようと思って読んでいると、今まで見た事の無かった生き物の事が知れるだけでなく、今まで知っていたものでも名前やみられる時期、特徴など、今まで疑問にすら思わなかった植物の新たな一面に気付き、次に町に出てその葉を見つける事が楽しみで仕方がなかった。
ある日、仕事を終えて帰ってきた彼と一緒に晩御飯を食べているとあわてたような足音が聞こえていきなり玄関の戸が開いた。
「あんたの知恵を貸してくれないか。畑の野菜が病に罹っちまったようなんだ。」額に汗を浮かべた男性が彼にいった。
その男性の畑に行ってみると、暗かったので自分には詳しい事が分かったわけではなかったが葉が黒く、くたっと地面についてしまっているのがみえた。
男性はあわてた様子で、「あんたを呼びに行った時はまだここの一角がこうなっていただけなのに、どうして。」と、すがるような眼を彼に向けた。
ああこれは、と思い当たるものがあるようで、「これはこの植物が突然変異して生命力を強化した種によってまき散らされた花粉が、本来の植物に受粉したことで本来の花粉の受粉が妨害されて拒絶反応が起き、弱ってしまっているんだ。もう、元凶となっている植物は見つけられないし、飛び交う花粉は防ぎようが無いから、ここの植物全部を燃やすしかないな。燃やして灰にして土の肥料とすれば次に植えるものに耐性がついて問題無く植物を育てる事ができると思う。」といった。
それを聞いた男性は、「それじゃ駄目なんだ。ここ最近、できのいい野菜がなかなかとれなくて高い値の付くものが作り出せていないんだ。これが売り出せないと私達は大損して生計を立てられなくなってしまう。」といった。
そうしている間にも病に侵される植物の区域が徐々に広がっていく。
「これ以上躊躇していれば手遅れになってしまう。今燃やせば病に侵されていない残りは売ることができるけどこのままではすべてがダメになってしまう。」というかれの言葉が男性の決断を後押した。
私達は病の広がりの先回りをし、火をつけることにした。私と彼と男性で区域を分担し薪と火種とライターをそれぞれ持った。
火種にライターで火をつけて、組み立てた薪につけて大きな火にした。それを太めの枝に移らせ植物に近付けると火に照らされた葉に少し緑色がさした。火を近づけたり遠ざけたりを繰り返すとそれに合わせて植物の葉が元に戻るのでうまく葉が燃えなかった。彼と男性が担当しているところからは勢いのよい火があがっているのがみえる。
もたついている私の事を手伝おうと、彼が近づいてきた。「早く火をつけないと、手遅れになってしまう。」と彼は少し怒ったような口調だったが、私のあたりに広がる病を忘れたように青々とした植物をみて言葉を失っていた。
「私には植物を成長させる力があるの。さすがに病気まで直せているとは思っていなかったけど、火をつけようとすると生気が戻ってしまうみたいで、うまく火がつかないの。」というとこれはすごい、といって、彼は私の手をひき、畑を回って火が移っていない病に侵されるのを免れた植物を直して回った。
畑をすべて回ると、緑色の葉が光り輝き幻想的な景色があたり一面に広がっていた。私は畑中を走りまわってとても疲れていて、立っていられなかったけれど大きな仕事をやり遂げた達成感に浸っていた。倒れこんだ土がひんやりとして気持ちがよかった。
男性は何度も私にお礼を言い、たくさんの種類の植物をくれた。
次の日、彼は無理を言って仕事を休み、昨日、病から救った植物を丹念に調べていた。「すごい、植物の体内の子房に他の種の植物の花粉が見られない。もともとの種の生命力を強めることで、消してしまったんだ。君の能力はとってもすごいよ。ほかの星から来たってのは本当なんだね。こんなの見たことがない。」といった。彼に褒めてもらえた事が素直にとっても嬉しかった。
その日から、噂を聞きつけた町の人々から様々な相談を受ける事が多くなった。たいていは彼が説明するだけで済む事が多かったが、効果が出なかったり、早急に効果を出さないといけなかったりすると私の能力を使って、植物の力を強めて育てる様になった。
そうこうして過ごしていると、町の人々にいたく気に入られ町場で開かれる定例会議に及ばれすることになった。定例会議といっても会議と語った飲み会で特に話し合う事が無ければお酒をのんでいるだけだという。だがこの日は違っていた。
「だから、下の奴らが汚物を作り出しすぎているせいでこうなっているんだ。俺たちのせいじゃない。」「下の奴らのせいだったとしても、木の管理を任されているのは俺たちなんだから責任は俺たちにある。」「下の奴らに圧力をかけるしかないんじゃないか。」「なんでそもそも木の生命活動に直結する根の部分の担当を下の奴らに任せているんだ。自分たちの管轄にしちまえばいいだろう。」様々な声がかぶさっているが何やら星の中心部の木についての話をしているのだろうということが分かった。
何でもこの星では木の管理を階層ごとに割り当てていて、上流階級の人間が木の実や花、次の階が木の葉の光合成、落葉、一番下の階は根を管理していて、今いるこの階層で管理しているのは木の幹と枝の部分、接ぎ木をしたり、住居にするために枝を切ったりする事を請け負っているのだという。そして、その管理している枝に問題が生じてしまった。いつも通り町の人々が枝を切り取ったところ、今までは切り口を樹脂が覆って菌が入らないように自己防衛反応が働いていたのに、樹脂の分泌量が減って切り口を覆えなくなり、その部分から木が腐り始めてしまったのだという。腐り始めてしまった部分はえぐりとって人工樹脂で塗り固めたので事なきを得たのだが、根本の問題が解決できないでいたのだ。
ちょうどいい、そこのお嬢さんはあらゆる植物の生命力を取戻させる事ができるそうだから、直してもらえばいいじゃないか、と誰かが言った。そうなるように誰かが仕組んだのだろうと思ったけど断る理由なんてあるはずがなかった。
次の日、町の人に連れられ、彼と一緒に問題の枝を切り取った部分を訪れた。青色の粘着質の人工樹脂が痛々しい。早速治療に取り掛かり、樹脂の上から手を当てると切り口の部分が盛り上がり表皮が樹脂の接着面に入り込むようにして、木の切り口をふさいだ。
町の人から歓声が上がる。やっぱりお前の力はすごいなと彼はいつもの様にほこらしげだった。
木に引きはがされた樹脂がひとりでにはがれて下へ下へと落ちて行った。周りにいた鳥が一斉に飛び立った。
彼はその日、木から出た樹脂を少量取り、明日からはこれを調査してみることにする、といった。
樹脂を細かに分け顕微鏡で見てみたり薬品をいろいろとかけたりしていた。「こうすることでこの樹脂の構造や成分を調べるんだ。君の力はすごいし、君がいさえすればあの木はずっと枯れる事の無い永遠に生きることのできる木になるけれど、それではいけないんだ。木は生物であって永遠じゃない。木は生きているのであって自分たちによって生かされているものではないから。」私が聞きたいのは私が木を救うのと、木が自分の力で生きるのとでは違うのかという一歩先の問題だったのだけれど彼はそれを踏まえたうえで、考えがまとまらないという風だった。彼はまるでそうするのが当然であるかのように手をうごかすだけでそれ以上何か言うのをやめた。
何も話をしてくれない彼といるのが退屈になって、私ははしごをわたって木の所へ行った。木の幹の足がかりを上り、枝枝を渡って歩いた。
一匹のやもりに出会った。「やあ、逃げないのかい。」と話しかけると「掴まれたらしっぽを切り落として逃げることにするよ。もう余り力が残っていないからうまく逃げられないかもしれないけど。もう死ぬのかもしれない。生きることをあきらめただけかもしれない。」そう言った。彼のようにそのいもりは考えがまとまっていないのだろうと思った。「死んだらどうなるの。町の人たちは、みんないつか死んでしまうけど死ぬまでの時間を稼ぐ事はできるといって躍起になっているよ。」と私は話した。やもりは「死んだら今できている事が全てできなくなってしまうんだよ。」とそう答えた。「でも、みんないつかは死んでしまうってずっと前から知ってるのに死ぬまでの時間を稼ごうとしているでしょう。それにやりたい事がたくさんあって、しぬまでにやり遂げてしまいたいと思っているようには見えないよ。しぬ前には必ず体が弱ってしまっていて、そんな状態でなぜ生きて、しぬ事が怖いというのか、生きている時間を引き延ばそうなんていうのか。」といった。「俺はずっと自分の子孫を残すために生きているのだと思っていたんだ。おやがそうであったように、それが当たり前であるかのように。で、子どもも出来たんだけれどまったくこれが分からない。子どもができてしまってからは自分が何を目指しているのか分からないんだ。死のうって感じでもない。子どもを見ていても子孫を残す事を考えるばかりで、思えば自分と一緒なのだけれど、何をあんなに一生懸命なのかと思ってしまうんだ。自分は子どもができた後で目的を失ってしまったときに、ああ、半生を無駄にしたと思ったのだけれど、それも、いざ何でもしていい身分になってもこそこそ地をはいずるだけで周りをうかがう今の自分を思うと何が無駄なのかの判断をどうやったらつける事ができるのかが分からなくなってしまった。で、このまま分からずに死んでいく。生きる意味が無い自分には、死ぬことへの疑問が無い。」目の焦点の合わないいもりは長い事しゃべって眼の光を消した。
私はいけるだけ上に行こうと思ってはしごを上った。
すると一匹のリスが背後から追い越して行き少し上にあった木の穴に入り込んだ。穴から菌が入ってはいけないと思って、ふさがなければと穴の所まで行き、穴の様子を観察した。すると穴の中にはさっき見たリスのほかに二匹のリスがいた。二匹の体は一回り小さく、子どもなのだろうと分かった。最初に見たリスから子リスに、助けてと体をばたつかせる羽虫が与えられ頭からバリバリと音を立てて粉々になった。
二匹の子リスは羽虫を加えたままの間の抜けた顔で私を見た。
リスの母親は「あなた、どうしたの、様が無いなら子どもたちが怖がるからどこかへ行ってほしいのだけど。」とイライラした調子で言った。「この辺りではだんだん食料が取れなくなってしまっていて、ただでさえ子ども二人のおなかを満たすのが難しいのに夫が数週間前に死んでしまったから。」と今にも倒れそうな、顔色の優れない様子で細い声を出した。「死んだ夫はどうしたんだい。」と聞くと、「どこに行ったんだろうね。」と興味の無さそうな様子だった。「ここに置いておいたら邪魔になるでしょう。見てしまったら、さびしくなるでしょう。」といった。「さびしくなる…。」と私がつぶやくと「大切なものがいつも近くにあるとも限らないのよ。」とリスはいった。全てを見透かしているかのような気取った言い方だった。
風が強くなってきたので家に戻ると玄関に知らない靴がたくさんあって、リビングの方から声がした。
「あんたの調べだと、栄養が足りていないから光合成がうまくできなくなって樹脂の生成がされにくくなっているってことなんだろ。光合成は俺らでは再現できないからじぶんたちがここでどうしていたってしょうがないんだろ。じゃあ、下と上の奴らに意見するしかないじゃないか。」「だけど、それが簡単じゃないからこうやって集まってんだろ。」と激しく言い争っていた。
下のやつらはひねくれてるだろ、俺らが言っても何も言う事を聞かないし、根暗なんだよ。上の奴らは上の奴らで、光合成のシステムを何も知らないお前らがエラそうにって上から目線で俺らの言うことに耳を貸そうとしない。彼の話によると、階級ごとの差は根深いらしく同じ星であっても遠くの星同士であるかのような関係なのだと言った。
すると一人の青年がここのお嬢さんなら樹脂の問題も光合成の問題も関係ないんだから気にしなくてもいいじゃないかといった。他の人々もそれがいいといって、他の階層の人との話し合いを全力で避けた。彼だけは腑に落ちないようだったけれど、人数でこうも圧倒されてはどうしようもなかった。
次の日から私は彼と一緒に木の幹のメンテナンスに行くようになった。木を歩いている間、彼とこの星の階層ごとの亀裂の話を聞いた。元々、知能の差によってすみわけがなされ、それぞれに割り当てられた木の手入れをしていたのだという。しかし、文明が発達し、経済の形がはっきりしてくると、さらに差が深まって木の手入れがおろそかになり始め、階級ごとの差別のようなものが根付いてしまったのだという。もともとはこんなにはっきりとした違いはなくて、みんなでこの機を守っていたはずなんだ。僕もそのころのことは知らないんだけどね。と、教えてくれた。
彼の後をついて木の幹をぐるぐると周回して、枝を見て回った。どんどん下へ行き、彼は下の階層へと足を踏み入れた。「えっ、そっちは入っちゃいけないんじゃ。」というと「ああ、だけど非常事態だ。下の奴らにも話を聞いてもらう必要がある。下へだったらいくのは難しくないからね。」と彼はそう言った。
下の人たちは老若男女を問わず麻の布でできたワンピースのようなものを着ていて、そのどれもが土で汚れたり、穴があいたりしていた。
彼は、「上で木の幹を管理しているものなんだが、最近、木の状態が悪いんだ。どうやら木に栄養が足りていないようなんだけど何か理由があるのかい。」と彼らにいった。
すると彼らの一人で背の高いひょろっとした男が、「俺らのせいだっていうのか、日々の食料が無いって言う時にたかが木に栄養のあるものを与えろっていうのはむりだって言わなくても分かるだろ。」と話していたくないというようだった。もう私達の言う事を聞いてくれる人はいなくて姿が見えなくなってしまったから、追いかける事も出来なかった。
話しかけ方っていうのが。間違っていた事は分かっているんだけど、なんて話しかければよかったんだか。ブツブツつぶやきながら彼は岐路に着いた。
「なんで、あの木を生かさなければいけないの。」私は、また聞いた。「あの木が生きている事で生きているものがあるからだよ。」と彼は答えた。
「あの木のおかげであの木に住んでいる生き物は生きている。そして僕たちも生きている。この星の人たちはあの木だけでしかつながっていられないんだ。」
「でも、あの木は何もしないよ。ただただ存在しているだけ。逆に、私達に手をかけさせ、亀裂の原因になっているように思えるよ。」と私が言うと「うん。そうかもしれない」、と彼は悲しそうだった。「もしあの木が死んでしまったら、そう考えると怖くて仕方が無いんだ。君も君の星の花が死んだら悲しいだろう。」とそういった。
私には何故私の星の花の話が出てきたのかよくわからなかった。あの花とこの木では規模が違っているような気がした。
「ただ、あの木が自分で生きてそこにいる、というそれだけのことがとても重要な意味を持っているんだよ。」と彼はそう言った。その日の夜は彼のその言葉を寝る間際までずっと考えつづけていた。
次の日からもずっと枝を見て回って樹脂が足りないところに手を当てて回った。私が手を当てれば枝の再生をする事も出来たから、町の人たちはいままでよりも木を切るようになった。木を切って食器にしたり家にしたり、アクセサリーにしたりといろいろに使った。
ある日、いつもよりも体調が悪くて朝から頭痛が止まらなかった。体に無理をして、木を治しに出かけると、いつもより樹脂の分泌ができなくて枝を作り出すどころか樹脂で切り口をふさぐのもやっとだった。「今日はもうやめた方がいい」と木を切りだしていた男性が気遣ってくれてその日は休むことにして、帰ったが、その後2,3日良くなる事が無かった。
やっと外に出られるようになって外に出てみると、木の一部分の枝がごっそりとなくなっていた。
上の階の奴らから注文が相次いでな、枝を切るしかなかったんだ。直しといておくれよ。と声をかけてくるものがあった。看病についてくれていた彼の顔はこの木の姿に青ざめていた。
私は急いではしごをわたって木に走って行った。直さないと、と焦って寝巻のままであった事も忘れていた。切り口には違う植物が生えかけていて、樹脂は淵の所をなぞる程度にしか出ておらず、目につく切り口はどこも乾燥して緑色に変色していた。
焦って手をあてる。しかし、樹脂が全く出てこない。むしろ木の幹から生気が失われ灰になっていく。幹に帰省した直物ばかりが青々としているのが憎らしかった。
「もう手を離せ、もう君には無理なんだ。何もしないでくれ。この木から離れろ。」と彼が私に言った。その時、わたしののうりにサソリの姿が浮かんだ。「ここからは俺がやる。もう休んでもいいよ。」という優しくなった彼の声は聞こえず、一目散に家に帰ってベットに入って頭をタオルで覆った。
次の日、町の人が木をえぐって人工の樹脂をぬった。町の人々は何で直っていないのかと、私の無責任さを怒っていたけれど、強く何か言う事は無かった。町の人々は今までよりも枝を切る量を減らした。切った切り口には毎回青色の樹脂を塗った。
私の能力はみるみる力を失った。
私が木を直す事ができなくなって一番変わったのは彼だった。樹脂の成分を何度も調節して、少しでも気の再生を助けようとした。以前よりも塗った切り口が盛り上がるようになって木の生命力が感じられるようになった。しかし、やはりとでも言うべきか、枝が再生する様にはならなかった。彼は枝の再生に向けて何度も何度も調合を繰り返した。それだけではない。食料を集めては下の世界にもって安値で売りさばき下の階との連携を作ろうと試みた。下の階の人からは恩着せがましいだとか、見下しているとかいった声が聞かれたけれど彼はめげずに繰返した。私は部屋の中から一歩も出ることができなくて一日をうずくまってぼーっとした頭で目の下がどす黒くなっていく彼を見ていた。何の声をかけるわけでも手伝うわけでもなかった。第一、自分には彼に声をかけれるほど無神経ではなかったし、かけていい言葉もわからなかった。
問題が起きたのはそれからしばらくしてからだった。私が再生させた木を伐採して作った家や家具といったあらゆるものから勝手に枝が伸び始めたのだ。自分にも町の人にも意味が分からなかった。
「なんであんな風になるんだ。異星人め。」と罵詈雑言が浴びせられた。家に住めなくなった人も多くいた。
私はベットの中で震えて過ごした。
私が直した植物たちにも変化が起き始めた。青々と生い茂る植物が出てきたかと思えば、真っ黒く変色してしまうものがあった。真っ黒く変色していく植物を見た人々は怒り狂いまた、家に押しかけた。ダメになっていく植物に歯止めがかからず、焦った町の人々はその植物を掘り起こして土がついたまま下に捨てた。
その植物が影響したのだろう。植物の根が徐々に変色した。木が朽ちはじめ、どの階層の町も傾き始めた。徐々に徐々にガタガタと音を立てて崩れ始めた。
私は震えて震えて仕方がなかった。
もうこの家から出ていくしかないという事はずっと前から分かっていたことだったが、ロケットを置いてきた原っぱがずっと上に見えてあきらめていた。
地面が揺れ、町の人々は私を責めることを忘れ、パニックに陥っていた。
逃げるなら今だ、そう思った私は二階の窓から外に出て一目散に駆けだした。上から落ちてきていた上層の町と一続きになった地の先に私のロケットがみえた。
後ろから彼が追ってきているのに私は気が付いていた。あの木をだれよりも愛し、この星を大切いにしていた彼に合わせる顔が無くて走って逃げて、逃げてロケっとに乗り込んだ。もう一生彼には会うことができないだろう。
星のお姫様 3