釣り堀の底

 わにちゃんが釣り堀に帰っていった時のことはよく覚えている。
 夜だった。
 四月の。
 あの時のわにちゃんはまぎれもなくワニであった。ワニという原形を留めながらもわにちゃんという半分人間のような存在をつらぬいていたわにちゃんが結局はワニであるという現実に、僕は打ちのめされていた気がする。釣り堀の周りには簡素な森があり、その森を囲うように高層ビルが乱立する都会のど真ん中の釣り堀に、わにちゃんは帰っていったのだ。ワニとして。わにちゃんという人格(人格?)を失っているのかどうかも不明だし、世界共通でワニという生きものとして認知されている姿形のわにちゃんが果たしてこの釣り堀でこのさき生き永らえるのかもわからない。ただのワニとして発見されたら大事であるなと思いながらも、どうすることもできないで僕はわにちゃんが帰っていった釣り堀のようすを時折見に行く。新聞やニュースも一応確認している。都会の釣り堀にワニが現れたとなれば騒動になるから。捕獲されてそのまま動物園等に引き取られるならまだしも、人間を襲って殺処分なんてことになったらまったくもって笑えない。僕の知っているわにちゃんは皮肉屋ながらも人間を好んでいるワニだったので、誰かを傷つけることはないと思うのだけれど、なんせ今のわにちゃんは、正真正銘のワニであるので。

「ネオンが星を殺したのね」

 ウイスキーを飲みながらそう呟くわにちゃんの気取った感じは、わにちゃんだから許せるものだったと思う。美味しいワインを開けるときはかならず連絡をくれた。お酒とグラスとむずかしい本が整然と並んでいる部屋にわにちゃんは住んでいて、板張りの床は丁寧に掃除をしているのかいつもモデルルームのように光っていた。都会では星が見えないことを嘆きながらも、わにちゃんは都会の雑多なところを気に入っているようだった。ごみごみしているスクランブル交差点やぎゅうぎゅうの朝の満員電車や繁華街の雑居ビルに掲げられた多種多様な色とりどりの看板を眺めるのが、わにちゃんは好きだった。ワインのお供はカプレーゼ。茹でたソーセージを、ぱりぱり音を立てながら食べるわにちゃんは、実に愉しそうに人間社会を謳歌していた。
 釣り堀には鯉がいて、昼も夜もたいそうにぎわっているような場所ではなく、ひまを持て余す老年の方々がひまをつぶすために釣り糸を垂らしている、そんな平凡な釣り堀だ。
 わにちゃんは帰ってから一度も顔を出さない。確かにこの釣り堀に帰っていったはずなのに。
 忽然と消えてしまったのか。
 はたまた釣り堀の底で気配をうかがい、人間がいない時間にぬっと現れるのか。
 わからないまま、日々は過ぎてゆく。
 単調に過ぎてゆく毎日に、わにちゃんという刺激を欲している自分がいる。
 わにちゃんの亡霊に、僕は取り憑かれているのかもしれない。
 これからも、ずっと。

釣り堀の底

釣り堀の底

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-04-24

CC BY-NC-ND
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