卵の殻に覆われる病気が、ある日に唐突に広がった。
最初はニュースなどでたまに取り上げられて話題になるくらいだった。しかし、やがて私の日常にまで入り込んでいた。この世に突然、出現したこの病気は、原因不明だとして人類の絶滅か、と最初はみんなが騒ぎになったけれど、いつしかこの日常にある難病として世界に溶け込んでいった。
もし、罹患したならば不幸だったとして、静かに世界の片隅で眠りにつくのだ。

病とは、皮膚が、薄い膜を形成して、やがて強固な殻になり、罹患者は先ず、感情や意識を失い、そしてやがては永遠の眠りにつくという、あまりに非現実的な症状だった。

私は、まるで遠い世界のお伽話のように、その病を耳にする。
時たま、話題になって、やがて風化して、そのプロセスに次第に慣れてくる。
ああ、こういった病気もあるんだなって思う程度に。

帰り道に桜を眺めながら帰宅していた。空は鈍色で今にも降り出しそうな雨、道ゆくひとはどこか足早だった。

退屈で単調な学校生活はすっかり、慣れてしまった。私はひとつのリズムのようにこういった日常を過ごしている。

与えられた人生や、時を浪費するようにそうして、さりとて別段、死ぬ勇気があるわけでもなく、この世の中に迎合もまた叶わず、日々に諦めながら力が抜けていくのだった。
ふと、不謹慎ながら、例の病気を思い出して、
私は少し、哀しくなった。
もし、私が眠れるならよかったのに。
こう聞けば、まだ人生の青春にあたる一過性の熱だと思われ、笑われてしまうのかも知れない。

病室のドアが開いた。
わたしはゆっくり部屋に入る。
そこには顔の大部分まで、殻に覆われた友達が眠っていた。

笑うと、可愛らしい顔には感情の彩なんてなくて、何度も話しかけても虚ろな感情はなにも映さない。
ふと、死蝶を幻視する。

涙がこぼれ落ちた。いままで精一杯にひっしに握りしめていた力が、抜けていくようにして頬を伝う。
生温さ、夏の感触、鳴り響く蝉の聲。
少し、開いた窓にカーテンが淡く揺れていた。
焔のようだ、と思った。
雲ひとつない晴天が、ただこの現実にはあった。

みーずきさん!
そういった振り向けば、満点の星空のように笑顔なあなたがいた。
最初の出会いは、公園のベンチだった。
それも夕方。
たった独りで遊んでいたあなたに声をかけたのが始まり。

あなたの喋ることはいつも難解だった。
たとえば、幸福とは意思することによって不満が生じるならば、そう意思しない状態にならねば、ね。
とか、そういっただれかの引用だったり、どうして悲しむひとは孤独で、世界はみんな無関係なんだろうと怒っていたり、私たちはいつも世界について話し合った。

ねえ、みずきさん。最期の会話だった。
暗がりで、友達は立っていた。顔がよく見えなかった。

また、明日も話し合いましょうね、
そう言って足早に去っていた。それから1か月。
こうして病院で再開したのだった。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-04-24

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