白い仮面
霧。君のデスク上には霧が浮かんでいた。何時もならパソコンに向かって仕事をしている。それで怖い上司が文句を言うんだ。でも今日は誰もいない。職場には僕しかいなかった。両耳にイヤホンをして懐かしい昭和のメロディを流していた。意味は特にない。でも、何かの曲を聴いていないと頭がおかしくなりそうな気分だった。夜中の職場は放課後の学校よりは怖くないだろう。しかし、どこかしら違う面影を感じるのは光源影響以上に何かがあると思える。
「ゆっくりと振り返って。大きな声は出さないで。声を少しでも出したらピストルを打つわ」
背後から女の声が聞こえた。僕は言われた通りにゆっくりと振り返った。銀色のピストルを握り僕の方に向けていた。茶髪でショートカットの髪型だった。スーツで顔には白い仮面を着けていた。それで僕は黙ってイヤホンを片方だけ取った。イヤホンからは音が水滴のように漏れていた。
「ここで何をしているのかしら」
僕は答えなかった。
仮面の女は「声を出していいわ。私の問いに答えて頂戴」と言った。
「死に場所を探していた」
仮面の女は鼻で笑って「こんなしけたオフィスで死にたかったの?」と言い「オーケー。それなら今すぐ殺してあげる」と言った。
だが僕はその言葉を無視して言った。
「僕が見ていたこの席は竹井って言う後輩女が座っていたんだ。それほど仲が良かったわけじゃない。けれど不思議と僕は彼女と意識が繋がっていた気がしたんだ。確かに、ストーカーらしき思考と言えば、そう言えるだろう。だが彼女は時たま、ある空間をぼーと見ていた。その場所は僕もたまに『霧』がぼんやりと見えていたんだ。僕にしか見えないと思っていたが、霧の場所が変わっても彼女は確かにその場所を見つめていた。それを知った日から僕は彼女に対して特別な感情が芽生えた。うん。彼女が霧を見つめる時、うつろで、揺れる蝋燭の火を見る寂しいヒトにも見えた」
「貴方、この状況が理解できていないのね。私たちは今、街を歩く人達を殺して歩いている。世界中がそうしているわ。それが分かっているのに、どうしてこんな所に来るのかしら?」
「知っている」
「ふうん。別にいいけど」
そう言うと仮面の女はピストルの引き金を引こうとした。
「君は竹井だろ?」
仮面の女は一瞬、身震いした。だが次には銃声が鳴った。
薄れていく視界で、仮面の女は白い仮面を外した。カランと乾いた音と共に霧の中に立つ君の表情があった。
白い仮面