バカみた「先輩」01

「やっぱ前髪切ろうかな」
ここは学校ランチルーム。みんなで弁当を食べている。
「何言ってんだよ。学校一の美人さんがこれ以上髪切るなよ。もし切ったら絶交してやる」
こんな暑いのに茶色に染めた髪をぼさぼさと伸ばしているのは山本卓也で、一応、僕の友達、ということになっている。
「ほんとに、山本は。僕は男の子なんだから、美人とか言われてもうれしくなんだよ」
僕はほとんど条件反射のように照れたような笑顔で言った。

僕は今年この高校に入ったごく普通じゃない男子だ。
いつまでたってもやってこない成長期に加え、とんでもない女顔だから、もう救いようがなくなっている。
なかなか女子が少ないこの高校では僕は学校一の美人さんということになっているらしい。

「こんな暑いのに卓也はよくそんな伸ばしたままで耐えられるな」
こいつは鈴木牛丸といってお人好しなのが唯一の長所な冴えない奴なんだか最近本気で名前について悩んでいる、かわいそうな奴だ。
「優貴も坊主にしたらいいんじゃないかな。すっきりするぜ」
鈴木はいつも坊主頭で、もともと色黒な肌に髪が紛れてほとんど禿げに見える。
「なっバカ!そういうことはもっと小声で言えよ。もし本当に優貴が坊主にしたらお前、真っ先にリンチされるぜ」
リンチとか物騒なことは、それこそ大声で言うべきじゃないと思うけどな。
「ははは。物騒なこと言うなよ。リンチなんて大げさな」
「ってか坊主にはしないからね!」
「ちっちっち。ちょっと鈴木さん優貴ファンをなめちゃいけませんぜ。ファンクラブに所属している人は男子98人女子156人総勢254人ときたもんだ。ほらすごい人数だろ」
本人の前で何故か胸を張って堂々と暴露する山本に鈴木が呆れた声でいった。
「なんでそんな詳細を覚えてるんだ」
ご尤も、そんなの覚えてる暇があったらもうちょっと歴史の年号覚えたほうがいいんじゃないかな。
留年しても知らないよ。
「ってか俺も254人のうちの一人。ってか創立者」
・・・。道理で。友達だと思っていたが、どう縁を切ろうか。
本当に髪切ったら絶交してくれるのだろうか。
あぁ、めんどくさい。


チャラ男風の山本と野球部員風の鈴木、学校一の美人優貴さんは一応剣道に入ることになった。
道着は全然様にになってないし、もちろん部員内では底辺をうろついてる。
そんな僕達でも一応活動はしているんだけど、夏の剣道部といえばまるで地獄みたに臭い暑いなもんだから入部してまだ二ヶ月ちょっとの一年の間にも「退部したい」の気がただよっている。
ところが、今日、こんなこんな飽和した空気を一変させる出来事があった。

ここは格技場。剣道部の練習の始まる前。
まるで涼しげな風がすり抜けたみいに凛とした、声。
「はじめまして。転校生の日向聖良です。」
突然の転校生にあぜんとした空気が満ちている。
「二年二組に転校しました。これからよろしくお願いします。」
なぜ転校生ごときでこんなに驚くのかって?
それは、その転校生が、あまりに。奇麗、だったからだ。
こんな腐った部活にもとうとう「春」とやらがやってきたようだね。
もうこんな真夏なのに、遅刻もいいところだ。
その子は長く艶がキラキラした髪の毛を頭の上の方でポニーテールにすっきりとまとめていていて、よく見かける髪を茶に染めてスプレーで固めたようなケバケバした感じがしない。
もっと清々しくて、飾り気なくて、さわやかで、それがまたちょっと釣り目で強気な顔によく似合っている。
この転校生、日向先輩はスタイルよし顔よしの超美人さんだった。


結局、花のように可憐な日向さんはなんと剣道も強いようで、2mはある部長にもあっという間に一本とってしまった。
美人で強い。これで性格がよければ最高なんだけど・・・。

「日向さん、何で引越してきたの?」
「貴方には関係ない」
「日向さんってすっごく可愛いよね!彼氏とかいるの?」
「自分で考えたら」
「先輩このアニメしっていますか?」
「そんなものに興味あるの?」
「あ、ぁの、日向先輩、今週の土曜日にカラオケ行くんですけど。先輩も来ませんか?」
最後に山本が聞いたときなんか、
「あなたの髪が鳥の巣なのはカラオケに忙しいからなのか?」
冷たい言葉と一緒に軽蔑のまなざしをプレゼントしてくれていた。

「ぐすん。いいもん。俺にはユウキちゃんがいるもん」
すっかり拗ねてしまった山本がべたべたとすり寄ってきた。
「ちょっと、男同士なんだから抱きつかないでよ」
笑顔で誤魔化しながら軽く押し返すと山本は口をへの字に曲げて言った。
「だって、あんな言い方されたらだれだって・・・。ぐす。」
何やらぶつぶつ言いだした山本を見て鈴木がくすくす笑い出した。
「笑うな!!そうだ、赤松。お前日向先輩にアタックして来い」
「え?」
いつもいつもこいつはめちゃくちゃなことをいう。
「お前もフられて来い。そうすりゃ俺の気持ちが少しは分かるさ」
僕が山本の気持ちを理解することの需要が全く分からない。
僕と鈴木は顔を見合わせてため息をついた。
あぁ、めんどくさい。


「ほらほら、言って来いって」
急に張り切りだした山本がせかしてくる。
「そんなこといったってさぁ」
いきなりアタックしてこいとか言われてもあんなつんつんした雰囲気の先輩に声かけるなんて無理だ。
「ほれっ」
「え?あ、ああ!」
調子にのった山本が僕の胸ポケットに入っていたペンを日向先輩の足元になげた。
くそぉ、山本の奴。調子乗ると手が付けられないな。
「もぉ!山本のいじわる!ああ!すいません。それ僕のペンです。」
本心を隠して拗ねた顔で怒ってから、慌てたふりをして日向先輩のもとへ駆け寄ると、日向先輩は僕のペンを拾って手渡してくれた。
なんだ、意外と、普通に優しいじゃん。
「ありがとうございます、先輩!」
とびきりの笑顔を作って笑いかけた。今までの人生で学んだとびっきりの笑顔だ。惚れるまでは行かなくても、第一印象はいいはずなんだけどなぁ。
「どういたしまして」
先輩はむっと顔をそむけて言った。
そんな仕草も美人さんがすると可愛いもんだなぁ。
僕がそんな惚気たことを考えてぼんやり先輩の白い頬を見ていると、今度は先輩が僕の目をじっと見つめてきた。
え?な、なになに?
「あ、あの、・・・。」
「    」
「え?」


え?


今、のは、いや、まさか・・・。
先輩は何かを呟いたと思ったらそのまま僕の横をすり抜けて行ってしまった。柔らかい先輩の髪が首筋をすっと撫で、

なぜか一瞬全身の体温が下がった。
この感じ、知ってる。
僕はあの目を知っている。
はっきりとは聞こえなかった、だけどあの目は僕にこう言っていた。


「もう、優貴ちゃんのウソツキ!!今日一緒にカラオケ行くって言ってたのに!」
「ほんとごめんっ。また今度埋め合わせするから。」
この会話はこれで4回目だ。本当にめんどくさい奴だな。
「山本、いい加減しつこいぞ。dごめんな優貴。今日は俺らだけで行ってくるから、もう行っていいぞ。急いでるんだろ」
「ありがとう鈴木。本当にごめんね、山本。じゃあね!」
鈴木は良い山本のストッパーだな、鈴木がいなきゃ山本はうざい奴になりすぎるし、山本の隣にいないと鈴木が空気になる。
ところで、僕が山本たちとの約束をすっぽかしたのには大きな理由がある。
先輩が転校してきた次の日、先輩のあの目が気になってなかなか寝付けなかった僕は、我慢できずに先輩の教室まで行って先輩を呼び出し、放課後に会えないか聞いた。
先輩は何を考えているのか分からない顔で約束を断り代わりに、今日会う約束をしてくれたのだ。


会う約束をしたのは少し町外れの公園の時計台の前、時計には鳩の糞ばべっとり張り付いていてその下のベンチは雨や日に削られて赤いペンキが剥がれていた。
公園に着いたのは予定の10分前だったけれど、先輩はもういた。先輩はベンチには座らずに時計の柱にもたれて立ったまま空を見ていて、まだこちらには気づいていないようだった。
なんだか鼓動の音が大きく聞こえる。
なんでか。女の子と二人っきりで待ち合わせっていうシチュエーションにもドキドキする要素はあるけど、それよりも、先輩の口から何を聞かされるか、それが心配でしかたない。
大丈夫だ、お前は可愛くて人懐っこくて、優しくていつも笑顔で、信用されてるいい奴なんだから、心配することなんてない、優貴。
家族にだってばれてない心の内が初対面の先輩にばれるわけないじゃないか。

バカみた「先輩」01

バカみた「先輩」01

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-03-30

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