灯り

中山丑之介

 私は熱しやすく冷めやすく、そして寂しがり屋でありました。これは治療のしようがない私の習俗のようです。もはやこれが最後と思うような恋でも、ある日突然、ふっと心の火が消えたかのようになります。それどころか、誰か他のものに取られはしないかとあくせく努力した日々、私と知り合う前の写真や会話の一文にまで想いを馳せていたことが私の犯科であるかのような気になり、回想は饐えた臭いのする煙のように苦々しく胸に充満して、そうなればもう何もかもだめなのです。気兼ねなしに私に身を預けるなめくじのようなこの女から早く逃げ出したいと、そればかり考えるような、そんなありさまでした。

 私が育った地区は、もともと大学の跡地で、学生街として栄えていました。大学が撤退したのち、少し間が空いて大きな裁判所が建てられたために再復興を遂げています。そうしたわけで、街の中心部には何百人が入ろうかというような高級マンションがあり、かと思えばそこから二分と歩かぬ路地裏には、私のような貧乏学生でも存分に酔えるような小料理が長屋にひしめき、そんな不細工な塩梅の街でした。私はその街に生まれ育ちました。
 大学二年のころ、私には好きな女性がいました。私が働くカフェに週三回ほど来ては、いつも柔らかめのカプチーノを注文し、店の奥の方で上品に座って本を読み耽る人です。鼻筋はすっと通っており、色は白くとても痩せていて、ひどく不健康そうに見えるのですが、それなのに注文を取りに行くと、まるで私の方が治らぬ大病を患っている病人であり、そんな私を気遣うかのような優しい目で接してくれるのです。私は、少しくらい過ちを犯しても、この人なら許してくれるという気がしました。私は小狡い策を弄しました。
「いつも何を読んでおられるのですか。」
代金を払うために鞄から財布を探していたその人は、ありきたりな店員と客とのコミュニケーションを外れた投げかけに少し驚いた様子でした。間が空いて、
「太宰治です。」
と答えました。それは確かに短い言葉でしたが、私に対する好意を量るには十分でした。
「そうですか。僕も太宰が好きです。彼の作品を読むと、人間の器量の狭さや浅はかさといった醜い部分がとてもかわいらしく思えるのです。畜犬談という話を知っていますか。」
「いえ、それはまだ。最近読み始めたばかりでまだあまり詳しくないのです。おすすめですか?」
幸いなことにその日はもう日も暮れていて、来店客もまばらです。
「とても。やれ人間失格だ斜陽だともてはやされますが、私はこの話が最高傑作だと思っています。」
「それだけ言われると読みたくなるものですね。今度読んでみます。」
私は勝負に出ました。
「よければ僕のを持ってきましょうか。いつもうちに来てくださるお礼です。」

灯り

灯り

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-04-24

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