クレプトマニア
少年は今年で十八になった。度重なる窃盗の罪により、両親が児童相談所に相談した結果、児童自立支援施設に十五の時、すなわち中学をでたとき入所した。それから三年間そこで暮らしていたが、4月からは本屋で店員として働くことになっている。
彼はとてもまじめで成績も悪くないどころか、中学生の時には上位十番以内には常に入っていた。ただ盗み癖がなくならず、その施設に入ることになった。
医療少年院に送られるには裁判所からの指示が必要であるが、そこまでの罪にはならず、しかし盗み癖をなくすためにどこかに入れなければならない、と両親ばかりではなく、本人みずからも希望して入ったのである。
彼はいたって全うな家で育った。両親も普通のサラリーマン家庭の生活をしており、子供に対してとても常識的に接してきたのだが、盗癖を直すには親元から離して、盗みが働けない環境下で、心理カウンセラーの指導の元に矯正するしかないと専門家もアドバイスしたのである。
自立支援施設は、実家のある都内ではなく隣の県にある。両親がたずねるのは週に一回ほどであった。それでも彼は模範的な生活をしており、通信教育で高校卒業の資格ももらった。カウンセラーは両親のところにもどってよいと言ったし、両親もそのつもりだったのだが、本人が社会にでて落ち着いたら大学を受けるか、通信制の大学で学びたいと、長野の本屋の就職の面接を受けた。店員が3人いるそれなりに大きな本屋である。
本をよく読んでいた彼は、問題なく、むしろ喜ばれてその店に勤めることになった。
本屋は新宿まで特急に乗れば一時間ほどの町にあった。
彼の家は北区の古くからの町にある。そこで生まれてそこで育ち、両親はいまでも模範的な区民として暮らしている。なぜ都内の本屋ではなく、長野の本屋に就職したのか。そこに彼が児童自律支援施設に行かなければならなくなった理由があった。
彼は小学時代、近所の子供たちと仲良く遊び、一緒に近くの小学校に通っていた。小学三年生のある日、小学校の校庭の隅に赤いきれいな茸が生えていて、先生に言いに行くと、それは卵茸といって、とてもおいしい茸だと教えてくれた。欲しければ採っていいと言われ、彼は帰るときランドセルに入れて家に持って帰った。
学校から帰ると、すぐに母親に茸を見せた。どちらかというと潔癖性の母親は赤い茸は毒だから捨てるように言った。
そのとき、珍しく彼は、
「おいしい茸だと先生が言ってたよ、卵茸っていうんだ」
母親にたてついた。
「すてなさい」
母親は彼から卵茸を取り上げると生ゴミの袋に押し込んだ。
真っ赤できれいな茸を食べたいなと彼はそのとき思った。
そういえば彼は茸の料理を食べたことがほとんどなかった。椎茸すら食卓に上ったことがなかった。それは母親が茸を嫌っていたからである。自分が茸アレルギーだと母親は思っていた。だが本当のところはわからない。
給食にはときどき茸が入ったおかずがでるが、少年自身は茸をおいしく食べた。
小学校五年のとき、家の庭の椿の下に卵茸が三つ顔をだした。見つけた彼はもう少し開いたら、自分で炒めて食べてみようと思って母親にはだまっていた。ちょっと目立たないところだから見つからないだろうとも思っていた。
ところが卵茸が大きくなり傘が開くと、ちらちらと赤い物が見えるようになってしまった。やっぱり母親が見つけられてしまい、捨てられてしまった。
彼はがっかりした。
卵茸が食べたいといつも頭の中で考えるようになった。しかし、それ以降、庭に卵茸が生えることがなく、いつしかどんな茸でもいいから食べたいと思うようになった。給食に茸の料理があると彼は目を輝かせた。
中学生になった。
どの友達も月にいくらかの小遣いをもらっていた。彼は欲しい物を言うとお金はくれたが、自由になる定額の小遣いをもらっていなかった。母親の家計費の管理がしっかりしていたのである。
八百屋の前を通ると茸が並べてあった。舞茸やシメジ、エレンギー、自分の家では料理をしてもらえない物ばかりである。それはそれでしょうがないと思っていたが、ある時、天然物の杏茸とマジックで書かれただいだい色の茸が十個くらいだろうか、箱に入っておいてあった。
そばに寄ってみると、杏の匂いがした。
八百屋のおじさんが茸を覗いていた彼のそばにくると、
「それはおいしい茸なんだよ、長野の親戚が採っておくってくれたんだ、本当に天然物でね、めったに食べられないよ」
そう笑顔で説明してくれた。
おじさんはそう言うと店の奥に行った。その時彼はそうっと手を伸ばすと杏茸を一つ取ってポケットに入れた。
心臓がドキドキしていた。
家に帰って自分の部屋にはいると、ポケットの中から茸を取り出して匂いをかいだ。杏の匂いがぷーんとして杏飴が食べたくなった。
茸を机の上に置くと、母親のところ行って杏の飴が欲しいというと、そんなものないと言われた。買いたいというと「売ってたら買ってらっしゃい」と二百円渡してくれた。お釣りはもちろん返さなければならない。
「塾に行く途中で買う」とお金を受け取った。
塾は隣の駅の近くである。定期を買ってもらってあるので、学校が引けてから、週に4日通っている。彼は勉強が好きだったので塾に行くことはむしろ楽しかった。
駅に行く途中のコンビニにいくつも飴がおいてある。やはり杏の飴があった。彼はそれを買うと、コンビニの果物と野菜がおいてあるコーナーに、椎茸が二つ袋に入れられ五十円で置いてあるのに気がついた。バナナ一本とか、ジャガイモ、人参やキュウリが一本で売られている。一人暮らしの人のためである。
彼は椎茸が目に焼き付いた。杏の飴は百五十円、五十円お釣りがある、それで買えるがお釣りは母親にもどさなければならない。
彼はレジの人が客の対応をしているところを見て、椎茸に手を伸ばした。そうっとポケットに入れるとコンビニを出た。
塾の先生の話を聞きながら、左手でポケットの茸をさわっていた。
家に戻ると自分の机の上に椎茸をだした。無造作にビニール袋を破ると茸を取り出した。椎茸の匂いがぷんとした。
ほっとした彼は椎茸の匂いから土の中のからだを感じた。
土の中のからだって何なのだろう。自分でそう思ったくせに彼にはなんのことかわからなかった。
今にわかるだろう、彼は今日塾で教わったことの復習をはじめた。
しばらくすると、食事ができたという母親の呼ぶ声が聞こえた。
キッチンに行くと、豚肉を炒めた物が用意されている。一週間のうち二回ほどこの料理がでる。生姜焼きってやつだ。おいしいことはおいしいけど、椎茸が食べたい。椎茸は生だと毒なのだろうか。だけどあの匂いは誘惑にかられる。土の中のからだって何だろう、食べてみないとわからないのじゃないだろうか。
母親は彼の食事の用意をすると、居間に行ってテレビのニュースを見ている。母親はたまに彼と食べるが、ほとんどいつも父親が帰ってきてから一緒に食べている。だいたい八時頃父親は会社から帰ってくる。だから一人で食べる。
彼は音を立てないように二階に上がると、自分の部屋から椎茸をもってきた。椎茸をちぎってショウが焼きの肉と一緒に口に入れた。おいしい。椎茸の匂いが彼の食欲を強めた。ご飯をお代わりして、おみおつけを一杯半飲んだ。
「あら、よく食べたわね」
母親がキッチンに入ってきて喜んだ。
「だけど、この匂いなにかしらね、あんた、服に何かつけてこない」
母親が彼のシャツの匂いをかいだ。
「椎茸の匂いがしたのよ、私嫌いなのよ」
そう言ってそのときはそれで終わった。
茸はいい匂いでおいしい。彼はますます茸にあこがれをもった。
秋も終わり頃、近くの八百屋に韓国産という松茸が一箱おいてあった、中に小さい松茸が五本入っていた。もちろん松茸のことはよく知っていた。教科書によく出てくる。秋になったらテレビの宣伝にもよく登場する。箱には茸の王様と書いてある。昔、母親に食べてみたいと言ったことがある。
母親は「あんな高いものを買えるわけないでしょ」と一蹴した。
本当は嫌いだったからだと後で知った。
焼くだけで醤油をつけて食べるのがうまいと学校の誰かが言っていた。
彼は店先でかがむと、ズック靴のひもを結ぶふりをして、箱の中から小さい松茸を取ると左ポケットに入れた。
家に戻るとポケットから松茸を取り出して手にとって眺めた。いい匂いがする。今日は塾がない日だ。お母さんはまだ夕食の準備をしていない。居間でテレビを見ている。キッチンに松茸を持って行くと、魚のグリルに入れて、火をつけた。すぐに匂ってきた。まだ生焼けかもしれないが、匂いがほかの部屋に行くとまずい。火を止めて取り出すと、急いで皿に醤油を垂らして、そのまま部屋に戻った。
自分の机の前に座ると、醤油の付いた松茸を口に入れた。小さい物だったので以外と火が通っている。かむとしゃきっといていい匂いがする。
後で友達から聞いたのだが、韓国産の松茸は日本の物と違うそうである。ということは日本の物ならもっといい匂いなのだろう。
食べ終わって、皿をキッチンに持って行くと、まだお母さんは居間にいた。キッチンに松茸の匂いが漂っている。皿を洗って拭いた。
窓を開けた。そうして自分の部屋に戻って復習をはじめた。しばらくすると、キッチンから母親の大きな声がした。
「何で、窓開けたの」
彼は部屋の戸を開けて「キッチンでおならした」とどなった。
「まったく、しょうがないわね、今日は生姜焼きよ」
今日もだろう。ともかくばれなかったようだ。
こうして、茸は彼の楽しみになった。中学二年になると、彼は頻繁に八百屋やコンビニ、場合によってはデパートの野菜売場で茸をポケットに入れた。茸を万引きする人間がいるなどと誰もが考えていないとみえて捕まることがなかった。
彼は大胆にポケットに入れるようになった。
そんなある日、八百屋にまた松茸がでていた。彼は前と同じようにかがんで靴ひもを直すふりをして、松茸を一つポケットに入れた。八百屋のおじさんは全く気がついていなかったのだが、たまたま同じ中学の女の子が八百屋の前を通り、彼の動作を見ていた。
女の子が「あ、どろぼー」と声を上げた。まじめで元気な女の子である。
彼はその声を聞いて、あわてて立ち上がった。
八百屋のおじさんが店先に出てきた。
「あの人、店の物ポケットにいれた」
女の子がちくった。
「なにいれたの」
おじさんは優しく言った。そのせいか、彼は自然とポケットから松茸をだしていた。
「落ちてた」
「そんなことはないよ、うそはいけないよ」
彼はうなだれて、「すみません」
とあやまった。
「食べたかったのか」
おじさんが聞いたのでうなずいた。
「お母さんに食べたいって言って買ってもらいな、これからこんなことするんじゃないよ、いきな」
松茸を箱に戻すと店の奥にはいっていった。
彼は恥ずかしくなって、早足で店の前から離れていった。女の子のほうを向くことはできなかったので、女の子がどうしているのか分からなかった。
家に戻ると心臓がどきどきして大変だった。もう、八百屋の前の道は通ることができない。別の道を通ろう。
しかし次の日、塾のある隣の駅の町で彼の手は椎茸をポケットに入れた。マーケットの野菜売場に積んであったものである。
それは店員さんにみつかった。
「何で、椎茸を一つだけ取ったの」
店員さんは彼を事務所に連れていってたずねた。
「いままでもやったことあるの」
彼はその店でははじめてだったので首を横に振った。
「でも、何で、椎茸なのかな、高いものでもないし」
その店員は万引きをした学生を何人も捕まえていたが、椎茸を一つ盗むなどというのは初めてで、むしろ心配になった。
「警察には言わないけど、親には連絡しないといけないから、電話番号を教えてくれないかな」
彼は素直に電話を教えた。
母親がすぐに飛んできた。
「なにやったの」
ヒステリー気味である。
「まあ、お母さん落ち着いてください、椎茸を一つポケットに入れました」
「それだけですか」
それには店員さんもちょっとむっときたようだ。
「椎茸一つでも泥棒は泥棒ですので」
「すみません」
母親も少し落ち着いたようだ。
「どうしてそんなことをしたの」
彼は返事をしなかった。
「あの、ここでは初めてですし、警察にはとどけませんが、親御さんにはきちんと説明をしておこうと思いまして」
「ありがとうございます、お代はきちんとお払いします」
「どうして、万引きしたかまだ本人から理由は聞いていません、一般に万引きというと、男の子なら雑誌や飲み物とかが多いのですけど、椎茸というのが気になりましてね、ねえ君、椎茸食べたいのかい」
店員さんが聞いたことに、彼はこっくりとうなずいた。
それを見た母親は何ともいえない顔をした。
「彼は椎茸が好きなのですか」
「いえ、それは知りませんでした」
「そうですか、私が心配だったのは、盗むという行為になんらかのうっぷんを晴らしていたのではないかということです、癖になるのです、今後こういうことのないように、お子さんと話し合ってください」
とてもよくわかった店員さんで、彼も店員さんの言うことにこっくりとうなずいた。
「それでは、椎茸一つお支払いください。今日は珍しくいい椎茸が入荷して、グラム売りです、一個の値段がいくらになるかこれから計算します」
母親は
「いえ、すみません、それをいれて100グラムほどいただきたいと思います」
「今計ってきます」
店員さんは二人を残して、店にいった。
「なんで、こんなことをしたの」
彼は黙っていた。
「誰かにそそのかされたんじゃないでしょうね、あれとってこいとか」
彼は首を横に振った。
「しょうがないわね、もうこんなことをしないようにね、お父さんには内緒にしておくから」
そこに店員さんが戻ってきた。
「150円いただきます」
母親は財布から150円出すと、腰を低くしてなんどもあやまった。
マーケットを出ると、げんこつで彼の頭をたたいた。
「はずかしーったらありゃしない」
それでも家に帰ると、椎茸を炒めてくれた。炒めた全部少年の前に置いた。少年はおいしくそれを食べた。しかし、そのとき以来、茸の料理はでてこなかった。
彼はそれからもたびたび、茸をポケットにいれた。もちろんつかまったマーケットではそんなことをしなかった。
とってきた茸は自分の机の引き出しに入れた。今までの茸が乾燥している。
それを眺めていると勉強がはかどった。スリルというより友達が増えた感じだった。
2年の秋に修学旅行で関西に行った。大阪や京都、奈良を回った。京都の自由時間の時である。狸小路にいった。いろいろな物を売っている。少年は一人で歩いた。ふと彼はたち止まった。立派な松茸が葉っぱの上にのって売られていた。
右手がむずむずした。だけど通り越して、先に進んだ。また松茸を売っていた。それも立派だった。一本五千円もした。もっと太いのは一万円だった。こんな茸があるんだ。はじめてみた。そこも通り越すと、また売っていた。その店にはそのとき誰もいなかった。少年は右手をのばして、三千円の松茸をポケットに入れた。誰も気づかなかった。
門限の時間になって、急いで宿に戻った。彼は部屋に入ると一緒の部屋の連中はもうみんな戻っていた。入ってきた彼を見て、一人の同級生が、
「松茸の匂いだ、買ったんだろう」
と言った。
「金あるな、高かっただろう」
だけど、彼は返事をしなかった。
「みせてくれよ、欲しかったけど買えなかったんだ」
別の同級生がいった。それでも黙っていたら、一人が彼のポケットを手でたたいた。
「お、ここにはいってんじゃないか、見せろよ」
その同級生は彼の手をポケットから引き抜くと自分の手を差し込んだ。
松茸をとりだすと「なんだ、包んでないんか、おかしいじゃないか」
ほかの同級生も彼を見た。
「落ちてたんか」
そこに運悪く、先生が顔を出した。夕ご飯が5時半からだと言いに来たのだ。
「おまえら、なにやってんだ」
「こいつ、ポケットにこんなもんもってました」
同級生が先生にそれをみせた。
「松茸か、どうしたんだ」
彼が黙っているので、もう一度同じことを聞いた。
「盗んだんじゃないか」
誰かがいった。
「いや買ったんだよな、ちょっとこっちに来いよ、話そう」
先生はみんなに騒ぐんじゃないぞ、夕飯は5時半だからな、と言って、彼を連れて自分の部屋にいった。
「どうしたんだ、言ってみろ」
彼は「店の前に落ちていたので拾った」と嘘を言った。
「だけどもってきちまっちゃどろぼうだろう」
そういわれて彼はうなずいた。
「どこでだ」
そう言われて、狸小路と答えた。
「返してこよう、一緒に行くから、飯までまだ三十分ある、近くだから間に合う」
先生が彼を促して外にでた。
「勉強できる奴が、何でこんなことをするんだ」
彼には返事ができなかった。
「前にもやったことがあるのか」
彼は目が潤んできた。うなずいた。
「なにを取ったんだ」
「きのこ」
その答えに先生はびっくりした。
「どこで」
「家の近く」
「その茸どうしたんだ」
「引き出しに入れてある」
先生はそれ以上を聞かなかった。
店にいったが、店のおやじは茸がなくなっていたのに気がついていなかった。
先生はおやじに頭をさげた。
「うちの生徒が、落ちていたといって、この茸を持ってきてしまいました。申し訳ありません、十分言い聞かせました。監督不行き届きで」
「お、そうかね、わしゃ気がつかなかった、正直に戻してもらって、ありがたいね、どうかね、ちょっとまけるから、三千円で買わんかね、五千円の品だけどな」
おやじは盗んだのだとわかったようだ。そこは商売人である。彼は三千円で売っていたのにと思った。
「おまえ、金持ってるか」
先生が彼に聞いたので、ポケットから財布をとりだした。
「いくらもらってきた」
「一万円」
だが、京都が最後で、残りは三千円しかなかった。後一日ある。
それをみた先生は自分の財布から三千円をおやじに渡した。
再度謝ると彼にいった。
「修学旅行は後一日だ、もうするんじゃないぞ、茸は欲しいか」
と聞いた。
彼は首を横に振った。
「おみやげじゃなかったのか」
彼がうなずいたので、「食いたかったのか」と聞くと首を縦に振った。それで、「それじゃもってかえれ」といったのだが、それにもくびを横にふった。
先生が訳がわからないという顔をしていると、彼はぼそっと、
「母さんが茸だいっきらい」と言った
修学旅行から帰り、いつもの授業が始まって一週間たったとき、彼の母親が学校に呼ばれた。
先生が母親に京都での出来事を話した。
「それで、うちの子は警察につれていかれたのでしょうか」
「いえ、私が三千円払いましたので大丈夫です、でもなぜ茸を盗んだのでしょうね、今までもやったことを彼から聞きました」
「私も理由がわかりません」
「うーん、彼は勉強もできますね、塾などが重荷になっていませんか」
「いえ、ないと思います、塾で勉強するのは好きだといっています」
「万引きというのはストレスも関係していますから、心当たりがありませんか」
「塾は自分で選んで、時間割もじぶんで作っています、私は塾でこうしなさいといったことはないんですが」
母親の言う通りである。
「あ、そうですか、確かに、彼は学校でも勉強が好きですね、とすると、なにが問題なのか、なにかありませんか」
「一つあります、小遣いをもたせていません」
先生はそれだと思ったらしい。
「それで、買いたくなってもかえなくて、万引きをしたのかもしれませんね」
「はい、だけど、買いたい物はいってくればほとんどお金を渡してます、そのほうがコミュニケーションができると思っていました」
「確かに、そういう小遣いの与え方もありますね」
「ただ、定期にはいつも五千円は入れてあります、何かあったときに使いなさいといってあります、ただそれでものを買ってはだめといってあります、地震がおきたときとかそういう時に使いなさいといってあります」
「それはただしいですね、茸を盗むなどというのは小遣いが無いためではないかもしれませんが、中学生くらいになったら、定額を渡して、その中でやりなさいと言う自由度があってもいいかもしれませんね」
「はい、これからは、そうしてみます、月いくらくらい渡したらいいでしょうか」
「5000円くらいでしょうか、一日170円ほどになります。500mlの飲み物が160円ですから、ですから、本が欲しいとか、文具が欲しいと言うときには別にあたえないと足りないでしょう」
「はい、今までのようにした上で、小遣いをあたえます」
そのような会話があったことを彼は知りもしないが、急に小遣いをもらって、どうやって使おうかわからなかった。たまに飲み物を買うくらいだった。
ところが、それで茸を買う気はしなかった。いざとなったらお金を払えると思うと、もっと頻繁に茸をポケットに入れた。
中学3年になってから、二度万引きで捕まった。一回はデパートの生鮮売場でどんこと呼ばれる高級椎茸で、二度目は高級野菜を売る店で、天然舞茸である。そのころは塾の道具をいれエコバックをもっていたので、ポケットではなくバックにとった茸をいれた。
両親は警察に呼ばれ、警察官が少年の部屋で干からびた茸をたくさん見つけた。両親も始めてみ見るものだった。両親は彼のプライバシーを犯さないようにしていたので、掃除のとき断って部屋に入るという、他の親より彼を一個人として扱っていた。
両親は中学に呼ばれた。
担任の先生と話し合った。そこにはカウンセラーも同席した。
「クリプトマニアといいまして、病気ですね、治療を受けた方がいいですし、できればしばらくご両親から離れて暮らすのもいいでしょう、今回の天然舞茸では、警察にも通報されていますので、警察とも相談して決めたらいいのではないでしょうか、児童相談所に相談することになるでしょう」
「それは、どういうことでしょうか」
「医療少年院や、児童自立支援施設で暮らして盗癖をなおすのです」
「少年院にはいるとその経歴が一生あの子をだめにするのではないでしょうか」
「少年院に入っても経歴には傷は付きません。それに茸の盗みでは少年院には送られないでしょうね、児童自立支援施設はそういった心配は全くありません、ただ、どうも訴えられた二つの件だけではなく、ずいぶん万引きをしているようで、警察は彼からそのことを聞いているようですよ、だけど悪い方にはいかないと思います、病気の一種です、彼は頭もいいし、ききわけもいい、よくなりますよ」
彼は警察で少年係の警察官といろいろ話をした。警察官は「なぜ買わないの」と聞いた。彼はわからないと答えた。「茸狩りに行けばおもしろい茸がたくさんはえているよ」と警察官はいった。だが、彼は興味がないと言った。
警察官の結論は病的な盗癖だった。それを中学に伝えたので、両親との面談になったわけである。
両親も警察に行き、児童相談所で自立支援施設を紹介してもらうことにした。こうして彼自ら希望してそこに入ることにしたわけである。
施設をでて、就職をした長野の本屋は、県の中でも有数の本屋である。彼は本について店主や先輩に教わり、すぐに要領を覚えた。
なぜ信州の本屋にしたのか。彼は施設にいたとき、茸の本をいろいろ読んだ結果である。身近に茸があるところの方が病気が再発しないだろうと考えたからである。それは正しい判断だった。
本屋に通い始めた頃、店先に並ぶ茸をみたとき、抑制する気持ちの方が強かったので、昔のようにどうしても欲しいという衝動は起きなかった。ところがポケットに入れた右手が物足りなく感じていた。
彼が住み始めたアパートの周りには茸がたくさん生えた。こんなに名前のわからない様々な形をした茸がこの世にあるとは思っていなかった。
朝、本屋に行く時、彼は必ず一つ茸を採ると左のポケットにいれた。左手でポケットの茸をさわっていると安心感がわいて落ち着くのだ。
本屋の一日がおわると、左ポケットの茸をさわりながら家に帰った。アパートでは少年時代と同じように茸を机の引き出しに入れた。
毎日毎日茸をとってポケットに入れ左手で触っていた。その辺りでは真夏でも雑木林の中をちょっとのぞくと茸があった。冬でも見つかった。
本屋に勤めて一年がすぎた。仕事も慣れ、新刊書に書評もつけられるようになった。
引き出しの茸は幸い腐らずに、ただ乾燥しただけの茸になった。彼は古道具屋で昔のお菓子を入れる瓶を見つけ、買ってくると乾燥した茸を入れた。一年間の茸でボトルにほぼ一杯になった。
彼は茸の図鑑を持っていたが、名前を調べるようなことはほとんどなかった。ほんのたまにポケットに入れたかわいらしい茸の名前は調べた。覚えたのはピンク色の花落葉茸だった。それは採らずに眺めた。
もう大丈夫だと思った彼は両親のいる下町の家に帰った。信州の清酒や山葵漬けなどを持って帰ると、両親は飛び上がらんばかりに喜んだ。さらにいつか大学を受けると言ったら、母親などは涙を流した。学費は心配しなくていいと言った。
一日懐かしい自分の部屋に泊まって、次の日信州に帰るために駅に行った。最初に見つかったコンビニに寄ってみた。あのとき親切にアドバイスしてくれた店員さんはいなかった。おいてある物は変わりなく、野菜のコーナーもあった。ふとみると椎茸が二つ袋に入れてあった。あのときと同じである。あっと思ったとき、右手がむずむずと動き出した。頭ではいけないと思っていたのに手が伸びそうになったとき、キャリーバックを支えていた左手が、いきなり右手を捕まえた。彼はあわてて右手をポケットにつっこみ、左手でバックを引っ張ってコンビニを出た。
まだ完全じゃない。
彼は信州に帰り、アパートの周りを探して茸を見つけると左のポケットに入れた。
彼は大学に通うのも毎日茸をとっていかなければならないと思い、取りあえず、通信大学の講座を受講することにした、普通の大学に入ってから通信講座の単位を生かしてもいいと思ったからだ。
こうして、再び毎日茸をとってポケットにいれた。
それから五年、本屋の主任になって一年。その間に頻繁に実家に帰った。必ずコンビニに行く。しかし右手は意志に反してぴくぴくのびて茸をとろうとする。だが左手が急いで右手を止めてくれた。
3月に入り、本屋から戻り、机の上のPCを開けると、無事卒業できることの通知がきていた。机の上には乾燥した茸の入った大きな瓶が5つ並んでいる。
通信大学を無事卒業することができたのである。両親にもメイルで大学を卒業できることを伝えた。
今日、本屋に行く前に、アパートの脇の雑木林の木についていた茸をとってポケットに入れた。固まってついていた堅そうな茸だったが、指で触れるとぽろっと落ちた。それを拾ったのである。椅子に腰掛けたまま左のポケットに手を突っ込み茸を取り出した。
そのとき、左手が一面に白い糸に覆われているのに気がついた。
手の平がむずむずとこそばゆくなると、茶色の固まりが二つ現れた。それはむくむくと大きくなると椎茸になった。コンビニの二つの椎茸のようだ。
それを見ると右手はぴくぴくと動き出した。まだだめなのかと思ったら、右手はPCの方に延び、指が勝手に動くとネットの茸図鑑を呼び出していた。木の幹にへばりつく白っぽい大きな茸だ。今日朝に見つけた茸だ。エゾハリタケとある。比較的希ともあった。堅い茸でなかなかとれない。冬を越し雪の重みや腐って抜け落ちたものを拾って珍味にするとあった。
別名を「ぬけおち」とあった。
彼は思った、抜け落ちたんだ、もう大丈夫だ。
左手に生えた椎茸を、自分の意思で、右手でもいだ。
夕飯に炒めて食べよう。
両親に病気も治った。文学の研究をするために大学院に行くことを決めたとメイルした。
喜ぶだろう
茸の文学を研究してみよう。彼はそう思った。
クレプトマニア
私家版 第十九茸小説集「茸饅頭、2024、一粒書房」所収
茸写真:著者: 長野県清里 2019年10月2日