ショートショート2

 そりゃ、びっくりしたよ。いきなり世界がはじけ飛んだんだから。
 部屋でスマホ見てたんだよ。夕飯の後は、いつもそんな感じ。インスタで知らない女がはしゃいでるのを見て、何も感じない時間を過ごしていたんだ。そしたらさ。わ、喋ってるだけで思い出すよ、そしたらだよ、なんの合図もなく、スマホが手から零れ落ちたんだ。ボロボロって、砂みたいに、僕の指から抜け落ちてった。わって声が出た。カエルの卵とか、なにか触感の気持ち悪いものを触ってしまった感覚がした。だって、当たり前にそこに存在してたものが、急に状態を変えたんだぜ。ぬるっと。
 そっからはもう、すぐだよ。僕の掌から、波紋がバーッて広がってくみたいに、なにからなにまで分子レベルに粉々になって、その場に浮遊し出したんだ。
 パニックだよ。起き上がった途端、ベッドも零れ落ちていった。壁も床も。それなのに、立っていられるんだ、不思議だろ。無重力とはちょっと違う、感覚的には床があった時と何ら変わらないんだよ。だから余計怖いんだ。
 隣の部屋に母さんがいたはずだから、呼んでみたけど返事はなかった。妹のサラも、犬のケンも。みんな分解されてしまったんだと思った。
 その間ずっと、ゲームの中でしか聞いたことがないような音があちこちで鳴っていて、どこでしてるというよりは、直接脳に注ぎ込まれてるみたいだった。僕はただ眼を見開いて、なるべく動かないようにしてた。崩れ落ちていく世界に、身を任せていたんだ。そのうち、ほんの僅かだけどゆっくり降下していっているのもわかった。世界のどのくらいのものが分解されたんだろう、って思った。
 状況を飲み込みだして余裕が出た僕は、自分の掌を見て握ったり広げたりした。どうして僕は僕のままなんだ?って思いながら。だっておかしいと思わないか、世界が分解されているのに、僕だけが存在し続けているなんて。
 他にも人がいるかもしれない。僕は勇気を出して、その場を離れることにした。周りは砂嵐のように細かい分子が飛び交ってたけど、今思うとよく目とかに入ってこなかったよな。動くと僕の形に合わせて砂が捌けていくようだった。水と油みたいに、なにか僕のからだに塗られていたんだろうか。
 地面とかいう概念が消えていて、空気中どこでも歩くことができた。上から街を見下ろすと、遠目だからか、まだ街は成り立っているように見えた、それで分解されたものは元々あった場所からそんなに遠くにはいかないことを知った。世界にどのくらいのものが分解されずに残っているのだろうって思った。
 高いところを歩きながら、街の外れまできたあたりで、なにかが光を放っているのが見えた。近づかない方がいいと思った次の瞬間、僕はスーパーマンみたいな恰好で、すごい速さで光源に向かっていっていたんだ。知りたいと思った。なにかわかるんじゃないか、それを僕に教えようとしてくれている人がいるんじゃないかって。吸い込まれるように導かれた先には、不自然な古い扉があった。それは分解されてなかったからちょっと懐かしくなった。どこでもドアみたいに、壁もないのに置いてあった。光の正体はそこからこぼれ出ているものだった。既に少し開いていた。僕が指でちょんと触ると、ギーって音を立てながら開いて、光が僕を包み込んだ。それで、気が付いたらここにいたんだ。
 ここも分解は進んでいるようだけど、君は分解されてないね。僕以外で分解されてない人間に会うのは初めてだ、嬉しいよ。こんなに息の音を愛おしく感じることがあるなんて。ちょっと前までの当たり前の生活が、もう恋しくなってるんだ。
 君の方はどうだった?まず、なにが崩れ落ちた?さっきから黙っているけど、なんか言ったらどうだい。まあ、それくらいの経験をしたんだ、声の出し方を忘れても無理はないか。
 それにしてもここはすごく暗いね。電気でも付けたらどうだろう。あ、でも、通っていないのかな。やけに寒いし、なんだか怖いな。ねえ、分解されても、ホッカイロって使えるのかな。
 ほら、そんな遠くにいないで、もっと近くにおいで。くっついてあたため合えばいいんだよ。
 なんだ、君の手は、まるでイグアナみたいだね。

ショートショート2

最後まで読んでくれてありがとうございました。

ショートショート2

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-04-24

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