2019~24年度NHK短歌・俳句の入選作・佳作
「いらっしゃいませ」がほんとに疲れてて「あたためますか」ときいてあげたい
(佐伯裕子選 テーマ「店員」 胸キュン大賞)
金持ちは別荘を買う別荘はほとぼりを冷ますのに最適だ
(大辻隆弘選 題「別」 特選三席)
つま先の紺色だけを見つめてたあなたに気持ちを伝えるあいだ
(大辻隆弘選 題「紺」 佳作)
匿名で差別を煽る人間の指はしばしば水色になる
(江戸雪選 題「しばしば」 佳作)
ぼくの中に流れる川はぼくだけのものと認める静脈認証
(江戸雪選 題「川」 佳作)
詩集を読むときの呼吸でこの日々を越えて行きたい越えて行けたら
(佐佐木頼綱選 題「読む」 佳作)
「しゃんとしろ」と事あるごとに言う父は試飲の酒で酔うひとでした
(佐佐木頼綱選 題「酒」 佳作)
江ノ電と並走中の自転車を光って見てる海になりたい
(小島なお選 題「自転車」 佳作)
花束は似合わないからただ一輪、牛乳瓶にアネモネを挿す
(松村正直選 題「牛・丑」 佳作)
寅さんが嫌いな日本人もいて「構わねぇよ」と寅さんは言う
(松村正直選 題「虎・寅」 佳作)
帝国の破滅は近いラングドシャ革命のごと噛み砕かれて
(寺井龍哉選 題「破」 佳作)
「つらい」って言葉で溢れそうになる夜の蛇口を何度も締める
(松村正直選 題「蛇・巳」 佳作秀歌)
鶏が先派の君は「まず結婚してみませんか?」と私に迫る
(松村正直選 題「鶏・酉」 佳作)
神さまの弱みをいくつ握ったら億万長者になれるのだろう
(佐佐木頼綱選 題「握る」 佳作)
母からのメールに今日は誤字脱字がないから少し心配になる
(大森静佳選 題「母」 佳作)
ベーシストみたいな顔の犬がいて意外と高い鳴き声だった
(田村元選 題「ユーモアのある歌」 佳作)
カブトムシにも表情はあるんだと言った息子はもう准教授
(大森静佳選 題「表情」 佳作)
仕事だと思って割り切るしかないのしかないをまず疑わないと
(田村元選 題「仕事」 佳作)
飼い猫の重みのほかはなにひとつ確かなものがない暮らしです
(大森静佳選 題「重」 佳作)
どう?ちゃんと眠れてる?って母さんがコックピットで訊いてくる夢
(大森静佳選 題「眠り」 入選)
霜柱はじめて踏んだときのこと思い出すため霜柱踏む
(佐佐木頼綱選 題「踏む」 佳作)
蹴り上げたボールが落ちてくるまでの数秒、ぼくはホオノキになる
(佐佐木頼綱選 題「ボール」 佳作)
泣きながら罵りながら次の手を考えながらうどんを啜る
(佐佐木定綱選 題「泣」 佳作)
カラオケで演歌を歌う友だちが北へ北へと引っ越してゆく
(栗木京子選 題「カラオケ」 佳作秀歌)
正味な話、「正味な話」が口癖の上司が二人もいてしんどい
(佐佐木定綱選 題「味」 佳作)
そのへんに落ちてる紙をてきとうに折って栞にする祖母白寿
(佐佐木定綱選 題「折」 佳作)
卒業は学校司書の原さんとお別れすることそれだけのこと
(栗木京子選 題「卒業」 佳作)
一本の祖父がゆらゆら火葬場と空を繋いで揺れていたこと
(吉川宏志選 題「ゆらゆら」 特選三席)
核の傘を思い浮かべるとき光るサリンに穴を開けたあの傘
(川野里子選 題「傘」 佳作)
「予約した遠藤です」で店員の想像上の遠藤は死ぬ
(岡野大嗣選 題「予約」 佳作)
玄関のドアを開けたら蟬が「いる」傘で突(つつ)けば「ある」だとわかる
(吉川宏志選 題「夏の虫」 佳作)
「元気?」って訊いちゃったから「元気。」って返されちゃって立ち尽くす楡(にれ)
(岡野大嗣選 題「?(疑問符)」 佳作)
ジグザグの猫がジグザグ駆け回る絵を描いた子に添い寝する猫
(川野里子選 題「ジグザグ」 佳作)
バイトから社員になって梶さんに指示を出すとき定まらぬ語尾
(岡野大嗣選 題「逆転」 佳作)
Excelで美味い蕎麦屋の一覧を作って「ん」ってくれた同僚
(山崎聡子選 題「友だちのこと」 佳作)
戯れに父のパジャマを着てみれば父その人が鏡に映る
(岡野大嗣選 題「着る/脱ぐ」 佳作)
「家を売ることにしました!」父のその文面の軽さが重すぎる
(俵万智選 題「手紙」 特選三席)
きみと見たシーズン2は1よりもつまらなすぎて最高だった
(岡野大嗣選 題「続き」 佳作)
初対面とは思えない距離感で仮想通貨を勧めてくれる
(枡野浩一選 題「はじめまして/こんにちは」 佳作)
ネクタイのクタの部分にくたくたの素質が見えてしまう初夏
(川野里子選 題「オノマトペを入れる」 佳作)
舌打ちでリズムを取ってしまいます前世が時計だった名残で
(大森静佳選 題「名残」 佳作)
コンビニで買った手鏡コンビニでわたしの顔を買うべきじゃない
(大森静佳選 題「鏡」 佳作秀歌)
行ってきますをパキラに伝え続けたら行ってらっしゃいといつか言うはず
(枡野浩一選 題「いってらっしゃい/いってきます」 佳作)
憂国忌製氷皿に入れられた水にもひとつずつある水面
(川野里子選 題「氷」 佳作)
「履歴書の文字がへらへらしてたのも逆によかったので採りました」
(俵万智選 題「文字」 佳作秀歌)
フェニックス翼のように広がった水垢をそう呼んで十年
(大森静佳選 題「鳥」 佳作)
見えます。あなたは夜の逆鱗に触れて心を靴にされます。
(川野里子選 題「触れる」 佳作)
神の旅鳩時計から鳩去りぬ
(長嶋有選 題「神の旅」 佳作)
細き字の恋文書くや雪をんな
(長嶋有選 題「雪女」 佳作)
凧(いかのぼり)つひぞ見知らぬキャラクター
(長嶋有選 題「凧」 佳作)
木の葉とふ山のかけらを拾ひけり
(堀本裕樹選 題「木の葉」 佳作)
鳩の顔あらためて見る初詣
(堀本裕樹選 題「初詣」 佳作)
木々芽吹く音の右から左から
(堀本裕樹選 題「木の芽」 佳作)
ヒヤシンスもう少女ではないと知る
(小澤實選 題「ヒヤシンス」 佳作)
墨の香を嗅ぎに来る猫星祭
(対馬康子選 題「七夕」 入選)
十月の鳩の淋しき後頭部
(対馬康子選 題「十月」 佳作)
鍋焼や前世もたぶん猫舌で
(櫂未知子選 題「鍋焼」 佳作)
振りほどくポニーテールや揚雲雀
(西村和子選 題「雲雀」 佳作)
浴衣着てますます似合ふ眼鏡かな
(片山由美子選 題「浴衣」 特選二席)
向日葵や沈黙のデモ隊が行く
(片山由美子選 題「向日葵」 佳作)
蟬取りの子らに教わる忍び足
(鴇田智哉選 題「蟬」 佳作)
眼を澄ませ脚を澄ませてばつた跳ぶ
(鴇田智哉選 題「ばつた」 佳作)
明日には忘れる話新酒酌む
(阪西敦子選 題「新酒」 佳作)
からうじて平成生まれおでん食ふ
(櫂未知子選 題「おでん」 佳作)
綿虫や駅前で詩を売る男
(片山由美子選 題「綿虫」 佳作)
炭をつぐ手首を猫と見てをりぬ
(櫂未知子選 題「炭」 佳作)
夭折に憧れないで夕桜
(髙柳克弘選 題「桜」 佳作)
虹立つや声優さんを目指す姪
(星野高士選 題「虹」 佳作)
啄木鳥のカカカ活字で見えてくる
(髙柳克弘選 題「啄木鳥」 佳作)
糸雨や罠にかかりし痩せ狸
(髙柳克弘選 題「狸」 佳作)
サークルをすっぱり辞めて若葉風
(村上鞆彦選 題「若葉」 佳作)
でで虫やいつまでここはニュータウン
(夏井いつき選 題「蝸牛」 佳作)
ストーブやウッドベースの長き影
(村上鞆彦選 題「ストーブ」 佳作)
冬の海まで行き着きし破靴(やれぐつ)よ
(高野ムツオ選 題「靴」 佳作)
そのへんの鳩に報告合格子
(夏井いつき選 題「入学試験」 佳作)
ココロこころ心を欲りて夕蛙
(夏井いつき選 題「蛙」 佳作)
カピバラの眠りの上に辛夷咲く
(高野ムツオ選 題「辛夷」 佳作)
万緑の中讃美歌のサビの中
(堀田季何選 題「万緑」 佳作)
二人きりの登校班や植田澄む
(西山睦選 題「植田」 佳作)
蜜豆や好きなオノマトペの話
(高野ムツオ選 題「蜜豆」 佳作)
蛇を投げ捨つる大叔母白寿なる
(堀田季何選 題「蛇」 佳作)
あの塔が夢で見た塔渡り鳥
(堀田季何選 題「渡り鳥」 佳作)
2019~24年度NHK短歌・俳句の入選作・佳作