ウィンクルの決意
ギュプラーの景色
「いじめらてる亀助けたからお礼にって海底に連れられて、そこにあるお城で豪遊して開けてはいけない箱貰って地上に戻ってやっぱ開けちゃったって、これって誰得の話なの?」
大きい目がこっちをまっすぐ見て口の端だけ上がってる。本当に何も分かっていない顔だった。どこから説明すれば良いのか言葉に迷う。
「良い行いをすれば必ず報われ、欲を出せばしっぺ返しを食らうってことよ」
紀香が代わりに説明したところで自分も、そういう話だったのかと納得した。けど説明しておきながら「多分ね」と曖昧にしてくる。
「諸説あるの」
「そうですか」
画面に出ているブラウザを閉じた。横に座るエミリが「他に面白い話は?」とペイジに聞いた。ペイジは「地球に存在する面白い話は無限に存在するので、さきほどの伝承をベースに抜粋しますか?」と聞いた。エミリが返事したあと、新しいブラウザに表示されたのは『金太郎』とか『桃太郎』とか、太郎率の高い伝承ばかりだった。
「ねぇ、このパソコンどうなってるの?」
壁に掛けられた55インチのテレビに反映されるウィンドウに興味をしめす紀香はそのテレビに近付いて周辺を探している。見つけたらしい差し込まれたジョーカを「なにこれ?」と振り返って聞くが、エミリは桃太郎に夢中になってほぼ聞いていない。
「それがあるからペイジが色々検索してくれるんだよ」
「え? じゃあ、これがパソコン?」
「まぁ、地球でいうとそういうことになるのかな」
「テレビに差し込むの?」
「差し込むのはテレビとラップトップだけ。ペイジに話しかけたら壁でもテーブルでもジョーカを貼り付けたらどこでも作業出来るよ。あ、でも平らな場所だけね。おうとつがある場所はジョーカが張り付かないし」
「クレジットカードによく似てる」
それが何かは知らないが地球にはここに存在しないものがあるらしい。
1週間前、地球から来たという紀香は、このギュプラーという太陽系惑星と地球の類似点を研究しに、この星に降り立ったという。元々、地球でもギュプラーは太陽と月の距離が同じで水が存在し、生物が存在し進化するに十分な環境が整っているハビタブルゾーンに位置するということで研究が進められていたという。しかし5年前、ギュプラーの宇宙飛行士が実は地球に一度降り立っているのだ。当時、アメリカ合衆国のトゥルーシー大統領が、ギュプラーの戦勝国でありながら先進国出身の宇宙飛行士と面会している映像や記事などが記録として残っている。
「けど私もあなたもエミリもあんまり変わらないのね」
ジョーカをあまり見たことない機器で写真を撮り終えた紀香がソファに戻った。あまり変わらないというが、私にしてみれば紀香の持ち物はギュプラーには存在しないもがあるので興味をそそられる。
「それは?」
「これ? 携帯電話」
「えっ? それが?」
エクスペリアという名前がついている携帯電話らしいが、ここにはまるで存在しない。画面を見てもいいという許可も得たので使ってみたが機能としてはジョーカと同じだった。ジョーカは電話出来ないが。
「こっちの携帯電話は?」
テーブルの上に置いていたそれを渡すと、文字通り紀香の目は見開いて、まさかこれが? と言いたげではあるが声は出ていなかった。確かに形状は全く違うし、地球での携帯電話とは全く似ていない。
「ボールペンかと思ってた……」
「書けるけどね。ペイジが搭載されてるからペイジに言えば電話出来るよ」
「どうやって相手の声が聞こえるの?」
「神経伝導だから持ってれば聞こえる。掛かってきたら頭をプッシュすれば出れるし」
「自分の声はどうやって届いてるの?」
「顔から30センチ以内だったら届いてるよ」
腹から出したのが分かる深い深い感嘆詞が紀香から漏れる。そしてそれもさっきと同じようにエクスペリアで写真を撮っていた。こっちとしてはそのエクスペリアの方が珍しいものだが。
「これは財布変わりにもなるんだけどね、最近やっとキャッシュレスが一般化してさ」
「えっ」
反応したのはエミリだった。確かにその反応は正解だった。
「え、なに?」紀香の目が泳ぐ。
「じゃあ最近まで紙のお金使ってたの?」
私は博物館などで見たことあるが八歳のエミリはおよそ貨幣、紙幣なるものを見たことがない。
「一般化しただけで未だ使ってる人いるよ」
そこまで言って少しの間があいたあと、紀香は「まさかキャッシュレスしか使わないの?」と、私とエミリを交互に見た。
「他の国は分からないけど、少なくとも先進国は百五十年前から百年前の間に現物の通貨は完全廃止してるよ」
「あのジョーカで払うの?」
「カーラで払えるよ」
「カーラ?」
「携帯電話のこと。エクスペリアと同じで名前だよ」
紀香は手に持ったままのカーラを更にまじまじと見て、どうやって? と眉間を動かす。
「先端で店のリーダーにタップするだけ」
「ぁあ、やり方はあんまり変わらないのね。でもこんな小さなものにそんな情報が入ってるなんて凄いなぁ……」
研究の一環だとかなんとか言ってるが、単純に真新しいものを見て楽しんでいるだけのように見える。
「いつまでギュプラーにいるの?」
「17ヵ月。帰るのに1ヵ月は掛かるんだけどね。ここは1日20時間だっけ? けど1年は378日って地球より長いのよね」
そう言って紀香は立ち上がり、窓のカーテンを開けた。時刻は十時を過ぎた頃、眩しい外の光が瞳孔を刺激する中、街の中心に鎮座する、どのビルよりも一番高い建物を、紀香が指差した。
「あれはなに?」
帰還
「間違いなく、私はギュプラーという星で17ヵ月を過ごしました。時間の流れも地球にいた頃と同じ感覚です。24時間でも短いと感じることもありますので1日20時間は大変短く、更にフィリアヒルという国は住みやすく、17ヵ月という歳月も瞬く間であったと記憶しています」
数日前、紀香は無事に地球へ帰還した。その報告はギュプラーにも届き、地球人を迎えた国はお祭り状態だったのは記憶に新しい。ただ、地球では大変な騒ぎになっていると知ったのはしばらくして紀香を中心に記者会見している映像が拡散されてからだ。
「私が知り合ったのはマイラとエミリという二人の女の子です。二人に親はいません。孤児とかそういう意味ではなく、ギュプラーの生命は人と人とが繋ぐものではなく、AIとクライオニクスの応用を使って誕生します。二人に親はいませんがDNA提供者という存在がおり、人工知能アルゴリズムを使って新しいDNAを形成し、体や脳、細胞、神経など、ミクロの単位まで変わらない人間を作り出します、なので見た目は私たち地球人と変わりません。マイラとエミリにDNAを提供した女性が地球に降り立った宇宙飛行士だと彼女たちは知っていますが、親という概念もなく、一緒にも暮らしていません。あと、私は彼女たちを女の子と言っていますが、ギュプラーに性が存在しません。もちろん、男性に近い見た目の方もいますし、肌の色、目の色、髪の色、それも様々でしたが、その違いを楽しんでいるのがフィリアヒルの国民達です、もっといえばギュプラーに住む人類だと思います」
地球人から見たらこの国、もっといえばギュプラーはとても住みやすい理想郷だと、確かに紀香は帰るときに話していた。言われてみれば国を出たいなんて発想はなかったし、住みにくい街があると想像もしたことがなかった。私の髪が金色であり、エミリが赤味の強い髪色で、ただ自分と違うだけのことを、地球人には何かが生じるのだろうか。
「私はギュプラーに降りて研究者として後世に継ぐべき体験をしたと自負しておりますし、確かに今それが実現しています。この地球はギュプラーのおよそ50倍以上の速さで時間が経過しています。彼女たちは確かに、フィリアヒルの宇宙飛行士が5年前に地球に降り立ったと言っていますし、各国、政府も同じ5年前と話しています。しかしこの地球ではギュプラーの宇宙飛行士が上陸したのは250年以上も前です」
不思議だった。どうして紀香は泣いているんだろう。そんなに時間の差があいてたことが嬉しいのかな。嬉しいこと以外、泣く理由が分からないのは私だけじゃなく、エミリもそうだった。
「私は後悔していません。この星に私を知る人はもういませんが、情報や記録が語り継がれて私を待っていた地球の方たちがいたので、もう一度、この星で生きていくことに決めたのです」
拡散された動画はここで切れていた。星が違うから自分たち、あるいは紀香がもう一度ここに来る以外、連絡は出来ない。
私のジョーカとカーラには、紀香の連絡先は入ってない。
「もっと聞いておけば良かったな……」
エミリがブラウザの履歴をランダムに見ていく。結局これなんだったのかなと気になって考えても答えが見つからない地球の、日本の伝承話だ。
「竜宮城って、そんなに良いところだったのかな」
ウィンクルの決意
最近、夜になるのが嫌過ぎて夜が来ない惑星ってあんのかなと思って星について調べてたのがきっかけの話です。色々ととんでも設定ですが惑星を創作するのは楽しかったです。