ラベンダー

北上八三

内さまのユトリアムの回を見て思いつきました。

現在住んでいる場所から、少し、だいぶってこともないか、多少離れた場所に温泉がある。温泉なのか銭湯なのか、あるいは健康ランドなのか定かではないが、とにかく入浴施設がある。
そちらからメールが届いた。昔行った際にメルマガに登録した名残であったが、今日の今日まですっかり忘れていた。メルマガも以前はもう少し頻繁に来ていたが、最近は随分見た覚えがなかった。それが久々に来た。

「何?」
見てみると、今なんちゃらかんちゃらのキャンペーン中で、フェイスタオルとバスタオルの分はお金を取りませんという事をやっているらしい。それプラス現在ラベンダー湯というのをやってます。
という内容であった。

「ラベンダーねえ・・・」
特段ラベンダーに対して思い入れはない。ラベンダーには心を落ち着ける効果があるとかないとか。そういうやんわりした知識と、あと秋田に住んでいた頃、隣の群というか市というかわからないけど、そこにラベンダー園っていうのがあった、出来たという事と、それから金田一少年でラベンダー荘で殺人事件があった事くらいしか記憶にない。

「あ、あと」
デメントのゲームでパニックになった時、ラベンダー嗅いでたような気がする。それでパニックを落ち着けてたような・・・。
「あれ?カモミールだったっけ?」
またやりたいデメント。リメイクしないかな・・・。

とにかくラベンダーに対してそれくらいのイメージしかない。つまり言ってしまえば、私にとってそれは魅力たりえないという事だ。

タオルの分のお金がかからないというのはいいけど。タオル持っていくの面倒だし。でも、その入浴施設がさあ。
「なあ」
埼京線乗って、武蔵野線乗って、京浜東北線乗らなくてはたどり着けない場所にあるのである。

遠くはない。でも、微妙に遠い。そういう感じ。

自転車で行くっていう選択肢もあるが、それだって風呂入って自転車こいで帰ってまた汗かくでしょう?車は端から持ってない。だから面倒だよなあ。そらまあね、こっちに越してきたばかりの事は物珍しさで行ったけどさ。

件の入浴施設は大浴場のほかに、ご飯を食べれる場所もあって、前に行った時は風呂上りそこでビールなんて飲んだ。ジョッキで飲んだ。おいしかった。確かにおいしかった。おつまみ三点盛とかいうラーメンの具材を皿に載せただけみたいな、しなちく、焼き豚、もやしのナムルみたいなの食べてさ。

そんなことを考えているうちに、なんというかこう・・・、
「タオルの分お金がかからないんだから、ビール・・・」
ビール代はまかえないにしても、おつまみ三点盛代くらいは・・・。

あ、あと姉から前に聞いたな。
「本数少ないけど、そっちに行くバスもあるよ」
いつも浦和駅に向かってると思っていた国際興業バス、実は全部浦和じゃなくてそっちに向かってるのも何台かあるらしい。

そしてとどめ。メルマガの最後にラベンダー湯の写真が載っていた。
「うわあー」
紫。紫色だ。すごく紫色。いかれた紫色。想像よりもはるかに紫色。むっちゃんよりもはるかに紫色。

「こんな紫色の湯に入ってみてえ」
ラベンダーとかには一切興味ないけど、それはある種メロンソーダがどうしても飲みたいという感覚に似ていた。あんな緑の得体のしれない味の飲み物。飲みたい。どうしても飲みたい。みたいな。絶対に体に悪いと思うけど、でも飲みたい。みたいな。馬鹿みたいな紫色の湯。入ってみたいなあ。みたいな。

んで、行った。

スマホでバスの時間を調べたらあと十分でちょうどそっち方面に行くバスが出るというのももう渡りに船。

財布と鍵とスマホをもって、家を出た。

到着するとまだ午前中だったからなのか、人もまばらで空いていた。還暦を過ぎた人くらいしかいない感じだった。

いそいそと入館して機械でチケットを購入しそれをカウンターに提出した。
「タオルはご利用ですか?」
と、カウンターにいる入浴施設の法被を着た木崎幸太郎が聞いてきたので、いりますと答えた。木崎幸太郎は胸ポケットについてるネームプレートに書いてあった。あとカウンターっていう頭の悪い立て札みたいなのもカウンターに乗ってた。

お食事処は11時半から開くらしく、じゃあその前にひとっ風呂というのがちょうどいいタイミングであった。

そうして脱衣所で服を脱ぎ、眼鏡をはずし、貴重品を棚に入れ、手に貴重品の棚のバンドをして、体重計で体重を計り、風呂に突撃した。

ラベンダー湯、ラベンダー湯。

ラベンダーに一つの興味もないのに、とにかくラベンダー湯。バカみたいな紫色のお湯。

体を洗って頭を洗って、ラベンダー湯。

「あった!」
ラベンダー湯。バカみたいな紫色。

ラベンダー湯の奥の壁の所にも確かにラベンダー湯というネームプレートが貼ってあった。裸眼なので薄目で確認した。でも裸眼で薄目でもわかる。バカみたいな紫色!

これだ!

入った。
「ああああ」
バカみたいな紫色のラベンダー湯。温度はそれほど高くなく長湯に適していた。
「ああー、いい」
バカみたいでいい。紫色がバカみたいでいい。肩まで浸かる。

ラベンダーにはリラックス効果があるとかないとか。

肩までこのバカみたいな色のラベンダー湯に浸かったらそれはもうリラックスも半端ないだろうな。ずっと入っていたら私自身がリラックスの化身になるんじゃないか?

そう思った。ラベンダー湯いいなあ。バカみたいな紫色でいいなあ。

そうして存分にリラックス効果を得た。全身にリラックス効果が充満した。血管の中までもリラックスが流れているんじゃないかと思うほど、リラックスした。

そこで、ふと顔を上げてネームプレートを見た。
「え?」

そこにはラベンダー湯ではなく、ベランダー湯と書いてあった。

え?

何?

目をこすって再度見てもベランダー湯と書いてあった。もうもうと湯気の上る中薄目を極限まで薄目にしてみたが、やはりベランダー湯と書いてあった。

お風呂から上がって脱衣所に戻り、びしゃびしゃなまま申し訳ないと思いつつも、眼鏡をかけつつ腕のバンドをとって鍵穴に差して貴重品棚からスマホを出した。

最前に見たメルマガを確認した。
「嘘だろおい」
全部ベランダー湯と書いてあった。

ベランダー湯ってなんだよ!?

私、ベランダー湯ですげーリラックスしちゃったよ。全身にリラックスが回ったみたいな事思っちゃったよ。

周りを見ても、誰もおかしいとかそういうことを言ってる人もいない。皆気が付いていないのか、あるいはそういうものなのか。

そういえば、私は子供の頃からカタカナもろくに読めない奴だったなあ。

カタカナってなんか雰囲気で読んじゃうようなところがあるんだよなあ。

急に恥ずかしくなって、その後サウナに10分毎40分入ってたくさん汗を出した。

そして風呂から上がり開店したお食事処でビールをジョッキで三杯飲んでおつまみ三種盛とチーズ春巻きを注文して、最後ラーメンも食べた。ビールの喉越しに、
「くううう」
ってなった。

退館する際タオルをカウンターに返す際、よほど、
「ベランダー湯って何ですか?」
って木崎幸太郎に聞こうと思ったが、結局やめた。

カウンターに乗ってるカウンターっていう頭の悪い立て札の文字が、ウガンダーって書いてあったのを見つけたから。

私はよほどカタカナをちゃんと読まない奴なんだなあって思って。

ラベンダー

ラベンダー

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-04-18

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