ヒーロー ⑴

「はい、口開けて」

透明の液体が乗った銀色のスプーンを先生が口に運ぶ。

「先生、これ何ですか?」

「これは、魔法の薬だよ」

「先生、これを飲んだら楽になれますか?」

「なれるよ、前みたいにね」



12月10日は凄く寒かった。

冬の風が、降り注いで雪と一緒に僕を白くした。

隣町へ行くバスが通り過ぎてく。

今日も乗れなかった。

真っ白な僕は、体を返して家路へと歩く。


5月10日

僕は朝高熱をだした。

お土産にもらった、「紅葉まんじゅう」は一口も食べれそうになかった。

窓の外に桜の木が見える。

少しだけついた桜の花は、うっすらピンク色だった。

もう5月なのに。



6月27日

僕は母さんと家を出た。

荷物を沢山抱えて、遠くへ向かった。

父さんが怒った顔をしていた。どうして僕にもそんな顔をするの?


7月13日

母さんに、ある先生のところに連れてこられた。

その先生は、肩まで伸びたオレンジ色の髪の毛がよく似合う優しそうな人だった。


「とおいくん、君は何で此処に来たんだい?」


先生の口調は、凄く優しかった。

「分かりません。ただ、母に連れてこられて」

「とおいくん位の年齢の男の子はね、普通こんなところに来ないんだよ

どうかな、まだお母さんと一緒に暮らしたいかな」


「...暮らしたいです」


握り締めた拳が汗で滲んだ。



8月21日

僕は、まだ完成していない建物の前で長い間待たされた。

「お待たせ、とおいくん。

今日から僕達は、此処で一緒に生活していくんだよ」

差し出されて握った先生の手は、暖かった。

振り返っても、母さんは何も言わなかった。ギュッと噛んだ唇と悲しそうな顔でただ僕を見つめるだけだった。

母さん、僕のこと引き留めなくていいの?

泣いてるの?

それとも、ほっとしてるの?



8月22日

起きたら、ドアの隙間の向こうからコーヒーの香りがした。

「おはよう」

朝日に当たって、先生の髪の毛が、オレンジ色に綺麗に揺れた。

『おはようございます』

「先生、これは?」

「僕の弟だよ、名前はヒーロー」

「ヒーロー?」

「そう、とおいくんが好きな名前付けていいよ」

先生は時々、適当なことを言う。

「...青いヒーロー」

ヒーロー ⑴

ヒーロー ⑴

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-04-14

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