緊急事態宣言が発令された夜に。
「隣街でコロナがでたってよ」
ボクはぎょっとしてカズヒロの顔を二度見した。
「本当なの?」
「マジ。」
語気を強めて表情を消し真剣な眼差しで伝えてくるが、どこか演技染みたものを感じてならなかった。
僕は再び質問をしてカズヒロを試すように顔色を伺う。
「これからどうなるんだろう」
学校の休校が決まってからというもの、ボクらはこうして二人で過ごす時間が長くなった。
お互い、先の見えない日々に不安を感じ、同じぐらいには退屈している。
「母ちゃん大丈夫かなぁ」
カズヒロは静かに顔を伏せて小さく言う。
だが、その悲し気な表情の中にはどこか嘘くささがあるように思えてならなかった。
「・・・今更だよ」
悲愁を帯びながらにボクは答えて、しばし無言になって思考を巡らす。
すると、父が階段を上がってくる音が聞こえてきた。
「よかった、ここにいたのか」
「おかえり」
仕事返りの父と共に僕らは居間へと降りていく。
つけっぱなしのテレビからは緊急事態宣言の文字が大々的に表示されている。
「今回のは全県なんだね」
「父さん、東京は・・・」
カズヒロはそこまで言ってから言葉を区切る。ボクは二人の顔を不思議そうに眺めた。
父さんは少しだけ困ったように笑った。そしてボクらに尋ねてくる。
「なぁ、お前たち」
「うん?」
「お前たちならどうすればこの状況をよくすることができると思う?」
僕とカズヒロは顔を見合わせた。そしてお互いに目の中に光が宿るのが分かった。
「一晩、時間を頂戴」
「僕らは専門家じゃないし、経済の事情なんてわからない。だけど、僕らなりに考えてみたいんだ」
父はそうかと笑って頷いた。
こうして、緊急事態宣言が発令された夜に、僕ら二人だけの緊急事態会議が始まった。
「で、どうすればいいと思う?」
カズヒロが床に腰を降ろしながらに聞いてくる。
「まず、感染者がわからないのが問題だよね」
「検査数を絞ってるからより最悪」
断定的な言葉にボクは首を傾げた。
「本当に検査数を絞ってるのかな? ニュースでそういう話はしてたけど・・・」
ボクが疑問を呈せば、カズヒロは呆れたように反論する。
「絞ってるだろ。たぶんだけど、そういう政策や方針をとってる」
「本当に?」
再度尋ねれば、カズヒロは深くうなずいた。
「初期の言動から分かってた事だけどさ。専門家は医療崩壊させないために医療崩壊させたんだ」
一瞬何をいっているかわからず言葉を失うも、ボクは無茶苦茶な言葉に呆れかえる。
「変な日本語」
「事実だから」
ボクの指摘に少しむっとしながらもカズヒロは言葉をつづけた。
「専門家群は、初期の段階から医療崩壊が起こることを懸念していた。いったいなぜ懸念せねばならなかったか?」
「病院にコロナ患者が集まることを嫌ったから、じゃない?」
「だから、それはどうして?」
少し頭をひねってボクは切り返す。
「一、コロナの管理が難しいから。二、医療従事者が感染することを懸念したから」
「本当にそう思う?」
「えっ、・・うーん、まぁ思うよ。二次感染を気にしたから、ってのが対策の基礎部分だったんじゃないかな」
「ならなんで二次感染を予防しなかったんだって話」
「え。それは今、三密って一生懸命訴えてることじゃん?」
「だから、二次感染ってのはいったいなんで起こる?」
あまりにもカズヒロが執拗に聞いてくるものだから、ボクは首を傾げる。
「どういうこと?」
「正しい扱いをするならどんなに集めたって問題はおきない。なのに、なんで医療崩壊を心配する必要がある?」
ボクは真剣なカズヒロを見ながら苦笑する。
「コロナは未知のウイルスだったからじゃないか?」
「なら、未知のウイルスの防止が三密で自粛を訴えて予防になると思うことのほうがおかしいでしょ」
カズヒロの論は少し横暴な気がしたが、ボクは何も言わずに黙って聞いてみることにした。
「感染者を制御しない方針をとったから医療崩壊は起こったんだ。簡単にいうとさ、医療関係者に感染するっていう情報にビビったんだよ。恐がって、それで自分たちだけは助かろうとした結果、今がある。ウイルスを蔓延させて全てに影響が及んで無事に医療崩壊した、今があるんだ。チクショウがッ!」
繰り返し繰り返し述べて声を荒げたカズヒロは一呼吸おいてさらに続ける。
「むしろ集めないといけなかった。少しでも疑いがある人は即座に集めて管理しなければならなかった。どんなに数があろうと、ここが出来ずに感染が蔓延したのは最悪だ」
「コロナウイルスの扱い方を明確化して、その正しい管理方法を徹底できる環境を整えないといけないね」
ボクの目をみてカズヒロは同意した。
「少し他の資料を集めてみよう」
ボクらはそれぞれにパソコンで調べものを始める。コロナ発生からだいぶ時間がたっており、だいぶ情報が揃いつつあり、また同じぐらいには更新された情報で溢れていた。
「知識がある人でも管理するのは難しいものなのかなぁ」
ボクがぽつりとつぶやいた発言にカズヒロが乗っかる。
「自分は知識があると思い込んでるだけ、または知識があるだけで行動が伴わない、それか知識の土台そのものが間違っているか」
カズヒロらしい答えを聞きながらボクは苦笑した。そうしてパソコンから目を離さずに返事を返す。
「間違ったことを正しいと思い込むってのは勉強が発明に繋がらない一因だって、先生がいつも言ってたよね」
つい最近までの懐かしい日々を心の中で思いつつ、ネットサーディンを繰り返し有益なものはないかと情報を探った。
こうしてだいぶ長い間、パソコンにかじりついていたと思う。
「コロナは死滅する」
カズヒロが突然に口を開いたので、ボクは何気なく返した。
「その前提がなければ、本当の意味で対策は人を殺すことしかなくなるね」
何気なく発した言葉にカズヒロが奇妙な表情になってから息を吐く。
「実際に研究所の人らは管理できている。感染が広がらなかった病院も存在する。管理事態は可能だと思う」
ボクらは顔を見合わせて無言で同意する。
「なら、どう感染の蔓延を防げばいいかは明白だね」
「うん。感染者を明確化して、適切な方法で管理し、感染者の容体の安定を図る」
「となると、やっぱ検査数を増やすしかないなぁ」
「医療のリソースが足らないという記事があるけど、どう思う?」
僕が何気なく目についた記事を挙げると、カズヒロが手を止めた。
「本当に足らないのは心の柔軟さだと思う」
真顔でいう姿にボクは思わず苦笑する。
「簡易キットが出始めてるから、あの時とはだいぶ状況がうごいてるから。きっと今度は大丈夫だよ」
「ここが正念場かもな」
「うん」
こうして僕らの基本的な感染症対策は以下の通りにまとまった。
三密を禁ずる必要も自粛をする必要もない。
大事なのは≪感染者と接触を避けること≫。
そのためには感染者と未感染者をハッキリと区別する必要がある。
感染者の保護・治療・管理を徹底することによって事態を収束していくとともに、未感染者の保護・管理を徹底して感染を今後一切広げないことである。また業種別の感染予防対策が求められており、医療現場とインフララインを筆頭に重点的な対策を募っていく。
「と、なると・・・・次は経済の問題が関わってきそうだな」
「まず土地代をなくさないと」
ボクが顔を伏せながらに言えば、すぐさまカズヒロが制止した。
「ちょっと待て」
「うん?」
「経済の問題はちょっと、・・・いや、かなり複雑かもしれないぞ」
心のちょっとした違和感からか、ついボクも無言になる。
「今の、日本の経済とは、いったい誰のための経済だろう」
何も言わずにボクはじっとカズヒロの言葉に耳を傾ける。
「社会主義と資本主義は違う」
ボクは頷き同意して主義主張の枠を越えた本質について考える。
「集団の利益と個人の利益も違う」
これにもやはり頷く。
「だからこそ、経済対策と一口に言っても、その実は誰か個人の利益が先行しやすい。これが今の日本経済の実態だ。たくさん儲ける人の裏には借金で自殺する人がいる。みんなのための対策っていうのは不可能に近い。だって、元々がそういう経済じゃないから。俺はさ」
カズヒロがぼんやりと天上の電灯の紐を眺めながらに笑った。
「もっともっと命と金を天秤にかけないとこの話は進まない気がしてるんだ」
「・・・でも、なんの対策もしないなら、きっと銀行家が逃げ出して大混乱が起きるよ」
「金なんてなくなっちまえばいいんだよ」
投げやりに吐き捨てるその言葉にボクはなんといっていいかわからなかった。
「みんな競って金を稼ぐことに熱心だ。金が人としてのパラメーターだとさえ公言する野郎までいる。だけど、さ。そもそもお金って、増えれば減って減れば増えるものだろ。本当は不景気なんて存在しない。景気が悪い実態なんてないんだよ。ただ景気が悪いことにして自分の金を集めてる野郎がいるだけ。金が減るところがあれば当然増えるところがあるんだから」
ボクはカズヒロの怒りをひしひしと感じながらも打開するべく言葉を選んで話をつづける。
「本当の意味での経済対策は確かに難しいけど、・・・だけど、みんなの暮らしの対策なら出来ること、だよね」
「ま、そうだな」
「ならさ」
状況を整理しつつ、ボクらは策を練る。
「実際に今減ってるのは、お金じゃなくて物資と働く場所なんだろうね」
「物と場所、これを要点にして、人という力点を与えた対策が必要だろうな」
「じゃぁ、作用点と支点はいったいどんな感じ?」
やや揶揄うようにボクが言えばカズヒロも表情を変えて笑った。
「今、過剰になってる場所と不足してる場所があるよね」
「ああ。不均衡な対策はよくない。バランスが大事だ。今でいえば、自粛によって多くの人が職を失った、あるいは失いつつある。その職を失って力を余してる人たちを足らない場所に加える必要があるんだろうな」
「短絡的に考えるなら医療現場かなぁ」
「すぐに人員を補充して人と物が使えるようになるとは思い難いが・・・、まぁそうなるのかもな」
「医療崩壊に備えないといけない訳だから急ごしらえであったとしても形となる仕組みさえできてればどうにかなる、というかなるような規則を作らないとダメだよね。医療従事者と言っても中身は人なんだし、感染予防に関しては、実際に彼らがやっている事はマニュアルに書かれた事項を守っているか否か、に過ぎないと想うんだけど・・・・。感染症の予防には特別な訓練が必要なのだとすれば、そもそも民間で感染症予防は不可能。なのに実際に予防出来ているところがあるんだから、規則として守るべき事項を明確化すればだれでも出来ることになると思うんだ」
突然、カズヒロが話頭を変える。
「職人の作った物と工場の作った物は違う」
趣旨を理解しつつもボクは異論を呈す。
「それは同意するけど、熟練した職人でなければ品物を作れないわけじゃない。誰にだって出来るように単純化することは出来るでしょう?」
「単純化した内容を即席の人員に指導して一定の成果を期待する、ってことか?」
ボクは頷いた。
「清掃員を増やしたり器具を洗ったり、単純作業を抜き出して医療従事者の過労を軽減することはできると思うんだ」
カズヒロはぽりぽりと頭をかきながらに困ったように笑って返した。
「まぁ、俺たちって、いうほど医療現場の仕事内容を知らないからな。出来る出来ないを俺らだけで議論するのはちょっと厳しいかもしれない。なによりさ、実際に人を育てる過程を要求するわけだから医療の現場としては、何も知らない一般人よりも紛いなりにも医療の学習を受けてきた学生を使いたがるんじゃないかな」
「まぁ、それはそうだけど」
「それよりも感染が酷い地域に専門の清掃員を派遣するとか、医療現場への差別等の心理的負担を軽減させるための人員を当てたり、なかなか自宅に帰れない従業員のための生活上のサービスとか、コロナのためのコールセンターの増員だとか。愚直に現場に人を増やしても負担を強いることになるから他の部分を使って緩和していくのが妥当じゃないか」
僕らはその後もああしたほうがいいこうしたほうがいいと議論を続ける。
その多くは机上論であり、決して空想の域を出ないものだったけれども、カズヒロの熱意はわかった。
「医療現場にこれ以上の負担はかけちゃいけない」
これが僕ら二人の結論である。
「けれども、感染者の数が減らない以上、その分に負担はかかる」
これも僕ら二人の結論である。
どうすれば負担を減らせるか。いくつかの考慮すべき事項があり、またいくつかの手法がある。
そしてその多くの要となるのは、医療現場単独のモノではなくて、行政だけで行えるようなものではなくて、民間だけで備えられるようなものではなくて、コロナに瀕している全員が揃って行っていくべき事柄ばかりである。
「管轄する組織がないってのが一番の問題だな・・・」
椅子にもたれながらにスマホを手放してカズヒロはぼーっと天上を見上げた。
「2月から、本当の対策本部を作るべきってのがカズヒロの言い分だよね」
カズヒロは大きくため息を漏らす。
「クルーズ船の時に医者がストライキしてくれたら話は違ったんだよ。専門家はあんな感じだったんだし、世間の噂通りに本当に喧嘩してたんなら、もっと派手にやってほしかった。十分な対策を講じないなら≪私たちは治療しない≫と声を挙げてくれたら・・・っと、今でも本気で思うね」
「どうしてなかなか人は声をあげないんだろう」
ボクの素朴な疑問にカズヒロが鼻を鳴らす。
「上に従うが一等教育の成果だ」
つい苦笑した。
「間違ったものに従ってはいけない、間違ったことを続けちゃいけない、こんなのふつーに考えて分かることだろ。ただ邁進していればよくなると信じて病まない馬鹿ってのは一体なんなんだろうな・・・・」
「間違っていることが解らないから。どんな結果になるか分からないから。従っちゃうんじゃないかなぁ」
カズヒロはボクの顔をじっと見る。
「先が分からなくて不安だから。だから、何かに縋っていないと生きていけない。そういうのって人間だれしも少なからずあるモノだよね。カズヒロの云うバカな人の縋りたくなるほどのイイモノが上だった。そして、イイモノを間違いだと言われれば腹が立つ。これも分からないことじゃないよ。だけどさ・・・。上が一等、下はどうでもいい。こんな考えが、本当に千年二千年続くと思ったか、実際に従ってる人らに聞いてみたいね。きっと一目瞭然の結果になると思うけど。大半の人は、そういうつもりはないと言う。だけどその言葉の裏で、一体どういうことが起こっていたか。一体どういうことをしてきたか。知らないなんて言わせない、言わせるわけがないよ。だって、僕らは日々そういう事案を目にしてる。少なくともボクは今、悲しんでいる人を知っている」
カズヒロは口をぎゅっと閉ざして目を伏せながらに同じ言葉を発した。
「母ちゃん、大丈夫かな」
「わかんないよ」
僕らの母親は看護職についている。
クルーズ船の、よくわからない帰宅措置がとられた後、病状が悪化した人が搬送された病院で働いていた。
その後――――。
お互い、話題が途切れて黙り込んだ。
「バカを止めてやれる地位が欲しい。死ぬとわかってる人を生かせる知恵が欲しい」
拳をギュっと握りしめて少年誌を連想させる台詞を云うカズヒロは、まさにカズヒロそのものだった。
演技が巧いのか生粋なのか。嘘なのか本当なのか。カズヒロと一緒にいるとよくわからなくなる。
「人が死ぬのは哀しい。人を犬死させたくない。誰かが誰かを責めるような姿は嫌いだ。罵声をあげる人を見たくない。そういう人が笑顔になれるようにしてやりたい。たとえそれが自分に害する相手だったとしても。生きていれば人を害する存在だとわかっていたとしても。殺したくはないんだ。これはもう悪あがきなのかもしれないけど、だけど、生きて欲しい」
どこか漫画のようなワンシーンを繰り広げるカズヒロの隣で、ボクはこっそりと俯いた。
そして、カズヒロと自分との違いを改めて認識する。
ボクはハッキリというなら、人が死のうがどうでもいい。
自分以外の誰かが苦しんでいるから一体なんだというんだろう。
好き好んで苦しんで、自業自得で死んでいく人たちがいたからってなんだっていうんだろう。
生きて欲しいとも思わない。同じぐらい、死んでくれとも思わない。
どうでもいい。
カズヒロが葛藤を繰り広げている横でつくづく痛感する。
「僕らは、きっと違う人だよね」
少なからずカズヒロはこういうことをすれば何か変わると思っている節がある。熱心に言葉を荒げたり、ああしたほうがいいこうしたほうがいいと案を出すその姿は何かを期待しているのだ。父さんに何かを言えば、事態が変わると思っているように思えた。だからこそ、大真面目に今僕と話しているのだろうが・・・。
ボクにとって、この子供部屋のコロナ会議は暇つぶしの一環でしかない。
ただの悪戯である。
「血のつながった双子の兄弟だろ」
内心を知ってか知らずか、カズヒロの何気ない言葉にボクは思わず苦笑した。
「外見が似てるだけだよ」
「まっ、性格は違うな」
軽く言って見せるカズヒロはサッパリとしている。
ボクは表情を崩さずに首を振ってやんわりと否定を表す。
「性格だけじゃないよ。仲良くなる友達も違うし好きなものだって違う。だからやっぱり僕らは違う人だよ」
カズヒロの真似をして目を併せずにサッパリと返事した。すると、カズヒロが顔を覗き込んでくる。
驚いて顔を見上げれば胸に拳を当ててまっすぐと伝えてくる。
「それでも、人を助けたいって気持ちは一緒だろ」
「・・・・・。」
ボクは何も言わずにただ口元を歪めた。
「あ、そうだ」
とくに返事をせずに、思いついたかのように話題を反らした。
「なんだよ」
「今、人手が足らない場所って多くあると思うんだよね。こないだ風が強かったし。台風で被災した地域なんかは未だに復興の目途が立ってないじゃない。そういうところに今だからこそ人員をさいて対応していくべきじゃないかな」
「あー、だが、どうやって?」
「外出できる人を区分すればいいんだよ。コロナ検査して、コロナじゃなかった人は、普通に仕事に行っていい。また災害復興など緊急性がある場所には、優先的にコロナ検査を行うとか。移動できる場所、移動できる人を増やしていくのと同時に、移動しにくい人が気軽にいける場所を作っていく。・・・まぁ、なんだか死亡率をみているとこんなに大騒ぎする必要があるのかって気はしてくるんだけどね」
苦笑しながらに言えばカズヒロは難色を示した。
「人が死ぬ病気なのに大げさもクソもあるか」
ボクはやはり、弱く笑った表情を作るだけだった。
唐突に、ボクの脳裏に先ほどまで見ていたネットの文言が過った。
「疫病とくれば災害が起きる」
「うん?」
突拍子のないことにカズヒロが首を傾げる。ボクは真っ暗な窓の外をちらっと見た。
月明かりが電光を照らしている道路を一台の車がちょうど通り過ぎていくところだった。
「今、僕らなりに備えないといけないのは食料と石油なのかもしれないよ」
「ずいぶんと突然だな」
自分でも苦笑をこぼして同意する。
「なんだろうな。この、今話してることって、結局はほとんど2月にカズヒロが言ってたことだよね」
「まぁ・・・そうっちゃそうだが」
「だからさぁ、まぁ、改めて4月に備えないといけないことはなにかって聞かれると、なんでかな。ボクには石油と食料な気がしてならないや」
カズヒロが眉を顰めて迫ってくる。
「地震がくるってことか?」
「それはわからないけど・・・。なんとなくだよ」
何か言いたげなカズヒロの顔を見ながら、ボクはそう思うとやんわりと笑って先んずる。
「根拠なきは空想である」
それはそうだが・・・っとだけ言って、カズヒロは黙って何かを考える。
「先生がいてくれたらなぁ。きっともっといい明確な事を出してくれたと思うんだけどね」
故人を思い返しても、ただ突きつけられるはもう居ない事実だった。
「・・・俺はさ」
カズヒロは目を閉じてゆっくりと口を開いた。
「先生は先生なりに、この時代を俺らに託してくれた。俺らを信じて託してくれたんだって思うようにしてるんだ」
ボクは苦く笑う。
「これから、どんなことがあったって。俺たちは生きていこう」
「うん」
それからまた僕らはコロナ対策について議論を始めた。
朝になって、会社を営む父親に伝えたのは以下のことである。
まず全従業員を検査して、その人らが安全に活動出来る場所を増やすこと。
検査後は、コロナ感染者には在宅ワークを振り分けて、健康面を考慮した上で症状が落ち着いているなら収入が途絶えないように仕事を廻してあげること。軽症が多いからこそ経済活動が無事に復帰できるように感染者の雇用を徐々に増やしていくこと。県内で感染者が出た場合には、率先して再雇用先としての受け入れ先になっていくこと。
それから、これは会社じゃなくて社会の一員として、感染疑惑がある人が市内に一人でもいると感染が広がる場合があるから、検査をするように市議会義員に掛け合うこと。その際に予算の問題がでてきたら、市民全員じゃなくて一家当たりの検査にすればだいぶ費用が軽減できると思う。無理なら企業間でそういう活動をすることは出来ないかな。今のところ報告を見ていると家族内感染がほとんど起きているから概の全体像が把握できると思うんだ。
ただね、検査の結果がでるまでに、生活上の移動をする必然性があるから、クラスターが発生する場合があるから、そういうインフラ施設には行政として感染予防を布く必要があるから、議員の人に進言してほしい。移動施設には検疫所を作って人の出入りを注視しないとある日突然きた感染者から一気にダメになってしまう最悪の可能性もある。
最後は、娯楽系施設は検査が終わるまでの日数間の休業で、それ以降は再開できないかな。ただ自粛させるんではなくて、検査が明らかになるまでの日数制限を設けて、最低限食べ物と住む家、仕事がなくならないように金銭を与えること。
もし予算が足らないなら現物を与えること。例えばだけど、毎日の食品の提供や住居施設などの建物を貸し出すことは人の協力さえあれば出来るよね? そういうのをして行く必要があると思うんだけど、どうだろう。
感染者を減らさないことには医療現場の緊迫は治まらないし、重症化の際の病床不足も解決しないと思うんだ。
父は僕らの言葉に頷き「なるほどね」と小さく云った。
「収束させるためには、まず白の場所を作れってことだね」
こくりとボクは頷いた。
「ボクね、思うんだ。コロナってオセロと一緒なんじゃないかなって。黒くなるところがあるけど手順を守ればちゃんと白に変えられる。ゲームと同じで、僕らはウイルスと対戦してるんだよ」
父は目を見開いて驚きながらも疲れた顔で少しだけ笑った。
「ゲーム、か」
ボクは再びこくりと頷いて奇妙な顔になった二人へ首を傾げる。
「変かな?」
「いいや」
カズヒロが眉を寄せて神妙な顔になる。
「ゲームにしちゃだいぶ切迫してるけどな」
父はボクとカズヒロの顔を見合わせて頭をなでた。
「とにかく二人の言いたい事は分かった。簡易検査キットの販売が始まるらしいから、きっと検査していくことはこれから出来ていくと思う。・・・早く学校行きたいよな」
「うんっ」
父は腰を降ろして僕らを見てニコリと笑った。
「この二か月でだいぶ仲良くなった」
僕らは顔を見合わせて笑う。
「家族だからね」
こうして暖かな朝日に包まれながら僕らの何気ない一日が今日も始まった。
――――コロナによってどう変化していくかは分からないけれど。
それでも朝がきて夜がきて1日を繰り返していく日々が続いて――――。
今までの日常と同じような、繰り返していく日々の延長線上に、コロナはあったんだと思う。
「人ってさ」
カズヒロが改まって云う。
「助けられてたからこそ助けたくなるんだよな」
ボクらは母がいるであろう病院の方角へと目をやった。
緊急事態宣言が発令された夜に。