夏と低気圧と無気力

夏の雫が、襟の隙間に流れ落ちる。積乱雲の味がする――
蝉の合唱が神社の木陰でひしめき合い、虫取り網を持った餓鬼共が醜くも、その狭い手で夏を掬うのだ。
 夏の低気圧といえば、その無駄に塊まった雲たちから降り注ぐ雷や短期的な降雨だが、今日は、そうではないらしい。雨の女神が今日も泣いている。
 廃屋となった、蔓の生い茂った校舎の、今にも壊れそうなひび割れた瓦礫と変わらない建物の上でトランペットを吹く青年と、ユーフォニアムを抱えた少女は、連なる曇天の面を垣間見る陽射しを一点に見つめ、夏を奏でる。
 その季節を奏でる音は、じんめりとアスファルトやコンクリート、校庭の湿った砂を焼き付ける蜃気楼と、それを遠くで見つめる吹奏楽部の人間、
陰で水筒を掲げる坊主頭の部員たちの歓声に加え、
テニス部員たちのラケットでボールを打つ音、
 去年の猛暑に比べてしまえば、草木も枯れてしまうほどに、今年の猛暑は日本なのに、日本でない気がするのだ。
 茶山駅のホームでセーラー服の少女が汗を垂らしながら、昔のフィルム写真のような、くすんだ――焼けた夏の背景に、水彩で描いた繊細な彼女の肌が汗で濡れ、その作品までもが滲んでしまったかのように覚える。そんな幻覚を描く夏の昼間。
 一人の大学生は古い、木造アパートの一室で、窓を全開にしながらその縁に寝そべって、扇風機の首降りを止める。

 猛暑日、晴れのはずなのに――

どうしてか冷たい雨が降っている。
 雲がまばらに散っている。
この夏の舞台に立っている。

二つの天気は入り混じって、一つになる。
海は、透き通って、水色になり。
雲は濃くなって、灰色になる。

 それはきっと、甘くて、とても濃厚な香りなのだろう。

 夏の匂いはどこかへ消えてなくなって、代わりに雨の匂いで、彼らの尾行は満たされるのだ。

『夏と低気圧と無気力』終わり

夏と低気圧と無気力

2020/3/31

夏と低気圧と無気力

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-04-11

Copyrighted
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