生前の夢
目の前がよくみえない。死にたいと口癖のようにいうが、本統はとうの昔に死んでいるのかもしれない。もう死骸になっていて、何かが上から操っているのだろう。心にも無いことを零してしまうのも屹度その所為だ。正しく目の前を認識できないし、死ぬ前の記憶が憶い出せない。謝らなくていいのに。悲しまなくていいのに。服の洗い方も解らなくて、躰ごとくたびれていく。両手で顔を覆って、狭い世界にしゃがみこんで、うずくまって、永い間ひとりで睡っていた気がする。そのうちにいつの間にか、わたしは終ってしまったのだろう。死への欲動なんて、瑣末な事だった。知らない裡に死んでいたんだから。死んだ筈だ。死んだ筈なのに、まだ体温が残っていて、躰が、意識が、ひとりでに動こうとしている。わたしはまた何かになるのか。半端な修復だから、頭がない。人間というのは、こんなに難しかったか。わたしだけ何かに憑かれているのか。何か腫瘍に神経を蝕まれているのか。最初の記憶も、膿んで傷んで腐ってしまった。そこに咲いている花の名前を憶い出したいんだ。邪魔をしないでくれ。生きてるとか死んでるとか、そんな事、どうでもいいじゃないか。わたしの裡で暴れているお前をいま葬ってやる。ああ畜生、目の前がよくみえない。所詮この躰だって借り物に過ぎないのだ。わたしの裡に、そしてこの世にわたしは幾人も必要ない。わたしが死ぬか、お前が死ぬかだ。目の前がみえないのも気の所為だろう。いまに葬ってやる。共に生まれ変われ。消えろ。
生前の夢