伝達


 東山魁夷氏の作品は、後期のものに心惹かれる。特にユニコーンをモチーフとした作品には、作者自身が描きたくて仕方がないという熱意を感じる。早朝の風景、と題されたと記憶する一枚は、水辺の草の隙間の向こうで静かに水を飲むユニコーンの姿がある。一頭としての体躯の逞しさや、反対に白色の存在感がもたらす神秘さを押し出す訳でもない。寧ろ神秘さに関しては、現実にある朝の風景の下で打ち消されていると言い得る。そこにいるユニコーンは現実の馬に近い。けれども、その上空には希望の兆しのように青に滲んだ光があり、夜中の暗さが肌で感じる寒さとなり、始まった一日の朝の輝きに押し出されるように去りつつある。その中で喉を鳴らして水を飲む姿のユニコーンは、作者の憧れのようである。その背中に触れ、その上に乗り、両足で挟んで駆けることが出来たのなら、作者は世界の果てまで見事に描き切れるだろう。しかし、その姿を眺める主体は動かない。また、眺める視界に入り込む水辺の草が弧を描いてしな垂れるため、憧れに入り込むノイズのように鑑賞者の邪魔をする。だが、その邪魔があるのがとてもいい。この水辺に生える草のせいで、ユニコーンとの距離は縮まらない。鑑賞者はあの憧れに触れられない。だからこそ、憧れの力は失われない。その力が失われないからこそ、作者がそれを追い求める欲が駆動する。作者の内側に生まれる熱はその身に保たれて、作者である東山魁夷氏の筆を次から次へと走らせる。私は、氏が見出したモチーフとの間の半永久的な交換の間に挟まれた。そうして、その熱情に心打たれた。ずっと見続けたかった。ずっと、共にあり続けたかった。
 氏の晩年の作品が実にイメージに富み、現実との淡いで観る者の心を直に打つような美しさや力強さを遺憾なく発揮していることから、東山魁夷氏がこの熱情を失うことなく絵を描き続けたと分かる。
 融通無碍に辿り着いた道程には、氏が走り抜けた息遣いが残っている。



 完成した一枚に終わりがない。その風景が生きていて仕方がない。
 動く画、という単純な連想に誘い出される一作も、その終わりまで駆け抜けた熱意があった。
 山戸結希監督の『5つ数えれば君の夢』は、実際のアイドルグループのメンバーを主演に据えた作品である。こう書くと、可愛らしさで魅せる映画と思われるかもしれないが、主演を務めた彼女達の演技は確かであり、また現役のアイドルだからこそ、タブーに踏み込んだといえる描写があり、脚本に加え、その画のカットの見事さで完成された、お勧めできる一作である。
『5つ数えれば君の夢』に登場するメインの五人は、分かり易い程にその役割が与えられている。その中でも両極端な二人は、一方がとことん現実に根を下ろし、他方がどこまでも現実から遊離する。その間で、客が最もその視点に乗り易い普通の子が、また性別などの問題が伏在し、問題にもなる現実において闘い、あるいは迎合し、上手いこと立ち回る子がいる。ストーリーが進むにつれ、彼女達はそれぞれの思いに駆られ、選択を行い、結実したラストを迎えるのだが、その描かれ方には手に届く美しさがあった。この作品には、良い意味でも悪い意味でも印象に残る笑顔が映し出される。地の底に通じる又は天にも奪われる笑みの描写は、ここでも両極端である。その間を走る五人以外の人々の走りで踏み荒らされる現実では、レヴィ=ストロースの引用等でもって耳に残る言葉で語られる台詞が響く。どちらかといえば、現実の負の面に引っ張られる筋道である。映り方の上で、そこに良し悪しが表れているようには見えない。比較的、淡々と話は進む。
 選択は多くない。効果的であればいい。後悔によるものでも、意地の悪いものであっても結果に対して等価に働く。では、どれを勇気と呼べばいいのか。わかり易く観たい心からは、迷いをもって踏み込んだものになる。しかし、迷わない勇気も考えられる。そう考えると、また迷う。劇中の彼女達もそうだった。だから五人に託されたのは、一人の人間の可能性のように映る。
 すっきり爽快なラスト、とは言い難い刺は残る。でも、欠けた隙間に吹き込む余韻から去る熱意は本物と感じた。単純に語ることが出来る話は、しかし語り切れない凄みもある。監督の腕によるものと評価してもいい。しかし、メインを務めた五人を抜きに語るのはナンセンスだと評価したい。



 役割は、劇中で見事な印象を残す。
 バイオレンスでスリリングな『初恋』では、現代を投影するような立ち位置の混在、利害の風にくるくると回る者ばかりである。その中で、オールドスタイルな者たちは滑稽に映るし、生き残れないと思う。
 だが、この者たちを抜きにして、二人の初恋が実ることは決してなかっただろう。彼らは境目に立ち、見極めた。
 感傷的になれば、生き残った二人の中の記憶において、彼らの在り方が受け継がれたと思いたい。境目を忘れて遊び尽くすなら、あの『初恋』の中で彼らが走り抜けた最後に憧れたい。
 熱意というには、硝煙の匂いが多く嗅げたとしても。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-04-10

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