朝食のコーヒーを溢したおじさんが社会から溢れた噺
朝食のコーヒーを零したおじさんが
社会から溢れた噺をしよう
其の夜生温いアルコールの中で
おじさんは熱い言葉を
ぽつりぽつりと冷たい泪に替えて
何十年も前の恋心を唄った
皆が眼を閉じて浸ろうとする程
おじさんの言葉は軽々しく蒸発して
おじさん独りだけの物になった
他人には奇天烈を求める
防腐剤の様なお姉さんが
其の貧相な唇から編み出す言葉は
誰にでも書ける様な単なるアニミズム
風の声 水の音 白羽が堕ちる様に
紙を一枚ずつ落とした積り
私に残ったのは お姉さんが吸った
ラッキーストライクの煙だけ
其の夜私が溢した言葉を
皆はまた、眼を閉じて聴いた
おじさんは眼を閉じて頷きながら
私の言葉を冷えたウイスキーに替えて呑んだ
駄目だよ、其れでは 眼を開けて
此の言葉と此の声だけじゃ
私の夜が単なるメランコリーに成って終う
私だけが眼を開けた世界で
此の言葉は如何程飛び交えるだろう
此の唇を観てくれなきゃ
私の声が零れ無いの
死にかけた日々を思い出して
おじさんのグラスが零す雫
其れを握り締めて濡れた手を
私に差し出すおじさんの眼を視て
私よりも綺麗だと思った
こんな糞餓鬼が鎮座する言葉に
頷いてくれる皆の眼は
私の眼何かより輝きを忘れて居ない
きっと其の輝きを零さぬ様に
皆眼を閉じて言葉を、声を、拾うのだ
朝食のコーヒーを零したおじさんは
社会から溢れて終ったけど
其の冷たい泪に宿った輝きは
ずっと溢れずに其の夜を温めた
朝食のコーヒーを溢したおじさんが社会から溢れた噺