しろくまのおりにて

 にじんでいる、きみのシャツに、なんらかの水分かと思ったら、きみが流したなみだで、にんげんよりも、にんげんを愛しているきみは、にんげんのために、なみだを流せるひと(ひと?)だった。朝になったら、どうか、昨日のかなしみがすべて、なくなっていますようにと祈るのは、眠る前の儀式。きみが、星のなかでも最北端の、つめたい海にいた頃に見ていた夢というのを、ぼくは、ときどき、見てみたいと思うのだ。想像もできない極寒の、氷点下の国で、きみが毎夜のように見ていた夢を。きっと、おふとんは、切ないくらいに、冷えてる。
 あの川沿いの桜が咲いたら、お花見に行こう。お弁当と、ビールを持って。
 夏になったら、花火をしよう。打ち上げもいいけれど、手持ちも楽しいよ。
 秋のお休みは一日中、読書をしていよう。そして読み終わったら、おやつを食べながら感想を語り合おう。ぼくの好きな本を、きみに読んでほしい。きみが読んで感じたことはぼくにとって、あたらしい発見となるはずだから。
 きみとした約束の、ひとつひとつを指折り数えて、こころのなかで述べ上げてゆく。十二月になったらクリスマスパーティー、お正月は初詣、アイススケートやスキーも、いいかもしれないね。いっぺんにはできないかもしれないけれど、時間をかけてもいいから、何年にわたっても、きみと、したいことはまだ、山ほどあるよ。いま、ぼくは、きみのなみだをぬぐってやることも、できないけれど、でも、きみが、そこにいるだけで、いい。手を伸ばせば、触れられる距離にいて、触れることは許されなくても、視線を交えることは、できるから。それだけで。

しろくまのおりにて

しろくまのおりにて

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-04-06

CC BY-NC-ND
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