新学期

 なんだかもう、せんせいが、このまま、ぼくだけのせんせいでいればいいのに、とか、そういう願いは、ぜんぶ、ゆるされないで、きっと、葬られちゃうんだろうなと思うと、やるせなかった。三月のあいだの、あの、ほんとうは逢えるはずだった日々が失われて、四月になって、せんせいは、変わらず、せんせいで、ぼくは、学年がひとつ上がっただけで、ほとんど変わりなく、ぼくで、せんせいのことが好き、という気持ちは、まぎれもないものとして、ぼくのなかに棲みついていて、学校は、二カ月前とくらべると妙に物々しく、寒々しい。
 動画で観た、水族館のイルカが、かわいかった。妹は、なんか恋愛の、ドキュメンタリーみたいなものを観て、感動していた。どこのだれだかしらない、でも、学校にいたら、おそらく、かっこいいとさわがれ、かわいいともてはやされるような、男子と女子が、好きあって、恋人になるまでの経緯が、果たして、動画のために作り上げられたドラマなのか、実際のそれなのかは、わからないけれど、妹曰く、このふたりが恋仲になるまでの、もだもだする感じが、たまらないのだそうだ。ぼくは、なんとなくの想像で、ぼくと、せんせいに、置き換えてみたけれど、やっぱりうまくはできなかった。年齢も異なるし、性別も。(性別、に、いまさら、ぼくが、どうこういうのも、あれなのだけれど、世間一般的な男女のそれに、同性同士を重ね合わせるのは、なかなかの高等技術がひつようであるような気がするし、単純に、ぼくの、経験値不足であるかもしれなかった)
「元気そうでなによりだよ」と言って、せんせいが微笑んで、ぼくの胸は、ぎゅううってなって、あ、いま、恋してる、という感覚になって、でも、じぶんが、そういう感覚になることに、やや嫌悪感を、おぼえる。(なんで?)
 せんせいも、元気そうでよかった。
 ぼくが、くるしみながら、なんとかそう答えると、せんせいは微笑んだまま、ぼくのあたまをぽんぽんとやさしくたたいた。学校は、二カ月前よりも物々しくて、寒々しかったけれど、二カ月前と同様に、さわがしかった。ワイシャツの上にフリースを着ていた、せんせいも、四月だからか、かっちりとスーツを着ていて、かっこよかった。せんせいは、なにを着ていても、かっこいいのだけれど、と思う、じぶんが、恋は盲目とはこういうことか、とも冷静に考えていることが、すこしだけ嫌だった。
(どんなにやるせない気持ちになっても、ゆるされなくても、願わずにはいられないよな)と思いながら、ぼくは、せんせいの、濃紺色のジャケットの裾を、そっとつかんだ。

新学期

新学期

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-04-05

CC BY-NC-ND
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