月のきみ
あおい はる
月の使者だといったね、きみは、まよなかの、ぼくの家で、月を愛でながら、ホットミルクをすすり、鳥のさえずりも、樹々のこすれあう音もきこえない、静かな時間を、おだやかにすごした。おとうさんも、おかあさんも、おとうとも、飼い犬のメロも、みんな、ねむっていて、この家のなかで、ぼくと、きみだけが、起きていた。町のひとびとも、きっと、今頃、夢のなかだろうと想像すると、すこしばかり、愉快な気分になった。ともだちも、アルバイト先のひとたちも、商店街の本屋さんも、お肉屋さんも、放課後に立ち寄るコンビニのおばさんも。
「あんたは、月みたいだから」
というのが、きみが、ぼくの家にやってくる理由で、ぼくはいまだに、じぶんのどのあたりが、月みたいなのか、わからないでいた。それから、ぼくには、きみを拒む理由も、みつからなかった。にんげん、と呼ぶには、その容姿は、にんげんばなれしたうつくしさをはなち、しかし、彼は、にんげんよりもにんげんくさい一面が、あると思った。ときどき、ぼくのからだを撫でる、そのゆびは、この世のものとは思えないくらい、つめたい。撫でられたところは火照りながらも、きみの、ゆびのつめたさで、ゆるやかに冷却していった。
ねえ、月に、春はあるの。
ぼくがたずねると、きみは、ない、と答えた。あるようで、ない、月には。きみは、ぽつりと、しずくがおちるように、つぶやいて、ぼくのひだりわきばらを、ゆっくりと撫でた。
月のきみ