subtle

水野葵

  1. Unhoped for
  2. Scarlet Taste
  3. Queen or Joker
  4. Look at me
  5. Perfume
  6. Rouge
  7. Couldn't love me
  8. Funeral Makeup

Unhoped for

 “予想外の出来事”なんてのはけっこう頻繁に出くわしてるコトで、
  たいていはヒドくビックリしたり
  腹を立てたりするだけですむんだけど、
  運が悪いとスゴく面倒なコトに巻き込まれたりする。

  だからなんだろうね、
  多くのヒトはこれらの出来事に対して驚くほど否定的だ。

  でも、退屈な毎日を送ってるボクにしてみたら
  そんなくだらないコトでもけっこう楽しみだったりして、
  気が付けば一瞬の緊迫感を味わいたいがために
  自分でも(あき)れるようなコトばかりしている。

  まぁ、ボクの予想を大いに裏切る出来事なんて
  滅多にお目にかかれないんだけど。

  あぁ、でも、どうしてかな。
  後々ヒドく後悔するとわかってるコトに限って
  ボクの予想通りにはならない。

  正確にいうのなら
  それは一応予想していたコトなんだけど、
  絶対にありえないと思っていただけに
  現実に突き付けられたときの衝撃は筆舌に尽くし難い。

  何故(なぜ)だろうね、
  心の底から望んでいたコトなのに
  まるで悪い夢でも見せられているような気分だ。

  例えるなら……

  獰猛(どうもう)な狼がいたいけな()羊を捕らえたとして、
  もしその仔羊が無抵抗を決め込んでいたとしたら、
  哀れな狼はどんな顔をしたらいいと思う?

  抑揚のない声で
  感情を映さない瞳で
  ボクを責めたら……?

「どうして……?」
「……べつに」

  あぁ ―――――


  日本語題:狼の独白

Scarlet Taste

 柘榴(ざくろ)はひとの味がする ―――

 そうわたしに教えてくれたのは
 まだ幼いあなただったろうか。
 
 食べ残された柘榴を見付けて
 わたしはふとそんなことを思った。

 忘れられ、萎びるままの柘榴は
 艶を失ってなお、その色を濃く深くする。

 (あや)しくも美しい(あか)色。

 あなたはもうこの味を知ったろうか。
 いや、きっとまだ知らないだろう。

 あなたは高潔なひとだから
 この紅色に()かれたりなどしない。

 あぁ、でも ―――

 あなたが知るはじめての味が
 わたしであったらどれほどいいか。
 
 そんなくだらない考えを振り払いたくて
 わたしは柘榴をひと粒取り、口に入れた。

「苦い……」


 日本語題:罪の味

Queen or Joker

「ゲームをしませんか」

 耳障りな声が響く。
 男がひとり、どこからともなく現れた。
 退屈でしょう、と笑いながら。

「なに、ルールは簡単です」

 芝居掛かった口調で続ける。
 私の返事を待とうともしない。

「ここから一枚、カードを選んでください」

 男は小箱を取り出すと私に見せた。
 白い縁取り。繊細な模様。真新しいトランプの箱だ。

「赤ならアナタの勝ち、黒ならボクの勝ち」

 簡単でしょう、と男が笑う。
 私はうんざりとため息をついた。
  
「……で、何を賭ける?」
 
 そっけなく()く。
 リスクのないゲームなどつまらないと
 うそぶいてみせる。

「首を」
 
 こともなげに男が答える。
 箱から全てのカードを取り出すと
 慣れた手付きで切っていく。

「アナタが勝ったら、ボクのこの首を差し上げます。その代わり ―――」

 ゆっくりと視線が動き、私を捉える。
 曖昧(あいまい)な笑みを浮かべたまま
 男はカードを差し出す。
 
「ボクが勝ったら(あか)いバラを一輪、ボクにください」

 視線が絡む。
 作り物めいた表情のなかで
 その瞳だけが熱を持っている。

「今夜」

 私は(うなず)き、カードを一枚選ぶ。

「では……」

 赤か黒か ―――――


 日本語題:首に紅バラ

Look at me

 暗闇にぼんやりと浮かぶ白い肢体(からだ)
 (すが)り付く細い腕。切ない吐息。
 熱を帯びた声は甘く(かす)れて、
 頰は匂い立つような(あか)色に染まっている。

 まただ。

 キミを見下ろして
 ボクは小さく息を吐いた。
 やるせなさに胸が塞ぐ。

 いつだってそうだ。
 キミは目を固く閉じて
 ボクを見ようとはしない。

 眉間に(しわ)を寄せて
 口許(くちもと)(ゆが)ませて

 ただ、苦しそうな表情を浮かべるだけ。

 どれほど強く手を握っても
 どれほど激しく肢体を揺さぶっても
 キミは目を開けようとしない。

 その目にボクを映しちゃくれない。

 ボクは(まなじり)に浮かんだ涙を拭い、
 指先に口付け、そっと頬を寄せる。

 その(まぶた)の裏に誰がいるのか、
 その声が、腕が、誰を求めているのか、
 ボクは知っている。

 だけど……

 ねぇ、目を開けて。
 ボクを見て。
 ボクだけを見て。

 そんなこと、口が裂けたって言えないから
 ボクはただキミの名前を呼ぶ。

 できるだけ穏やかに、
 できるだけ似せた声で。

「―――っ!」

 キミの名前だけを、何度も。


 日本語題:道化師(アルルカン)

Perfume

「香水を贈るよ」

 ふと思い付いたように男が言った。
 何を言い出すのだろうと(いぶか)る私を後目(しりめ)に、
 男は次々と香水の名を挙げ、楽しそうに指を折る。

「ローズやムスクはありきたりだし、バニラじゃ甘過ぎるよね。
 シトラス系は季節外れだし、イランイランはまだ早いから……」

 男は薄い笑みを浮かべて私を見た。
 胡散臭(うさんくさ)い表情に私はうんざりと息を吐く。
 作り込まれた笑顔はいつも通り完璧で、
 私に真意を悟らせない ――― はずだった。

「ねぇ、何がいい?」

 けれど、今夜は違う。
 
 貼り付いたような笑みの向こう、
 長く切れたその瞳の奥に
 暗く渦巻く感情が見え隠れする。

 あぁ、なるほど。なんて回りくどい……

「キミには何が似合うだろう?」

 私は小さく舌を打った。
 いいだろう。そのくだらない悪ふざけに乗ってやる。
 自身(おのれ)の子どもじみた振る舞いをせいぜい恥じるがいい。

「では、お前の香りを」
「ボクの?」
「そう、お前自身の香りを」

 男はしばらく考え込んでいたが、
 やがてにやりと笑って(うなず)いた。

「いいよ。楽しみにしていて」

 数日後、私のもとにひとつの小瓶が届けられた。
 飾り気のない、何の変哲もない、ただの小瓶。

 なかには白く濁った液体が、少し。

「さて……」

 どんな香りか ―――――


 日本語題:茉莉花(ジャスミン)の香り

Rouge

 あなたを見かけた。

 鏡台の前に腰掛け、
 無心に口紅を塗っている。

 何度も、何度も。

 珍しいことだと思った。
 あなたは化粧が嫌いだから。

 雪のような白い肌に
 浮かびあがる(あか)

 馴染(なじ)まない口紅の色。

 ようやく塗り終えたと思ったら、
 優雅と称するには程遠い手付きで
 あなたは唇を拭ってしまった。

 鏡台の前から立ち去る。
 鏡の中には(ほう)けたような
 わたしの顔だけが残された。

 目に焼き付いて離れない色。

 水の流れる音が響く。
 哀れな口紅は洗い清められて
 また白い肌に戻るのだろう。

 それでも、わたしは羨ましいと思った。

 たとえ一瞬でもいい。

 あなたに、わたしを
 刻み付けることができるなら……


 日本語題:(あか)い刻印

Couldn't love me

「殺してやる……ッ」

 荒い息のままアナタが(つぶや)く。
 身じろぎのひとつもできないクセに
 目だけは熱く燃えている。

「殺す……ッ」
 
 その火傷(やけど)するような強い視線に
 ボクはうっとりとため息を()らす。
 この目だ、と暗い(よろこ)びに胸が震える。

 思わず抱き寄せて口を付けると
 放せ、とひどく()み付かれた。

「覚えているがいい……」

 熱の残る身体(からだ)を組み伏せる。
 その目がますます黒く燃えて
 ボクはまた情炎(じょうえん)に身を焦した。

「その首、いつか()ねてやる……!」

 光栄ですね、と薄く笑ってみせる。
 殺す、殺してやる、と繰り返す声が
 ありきたりな愛の言葉よりも甘く響く。

「もちろん、アナタが刎ねてくれるんでしょう?」

 アナタには愛するヒトがいる。

 だから ―――

「この首を」

 ボクを愛することはできないし、
 ボクも愛してくれとはいわない。

 でも、せめて ―――

「その手で」

 アナタには強く(おも)ってほしい。

「楽しみにしていますよ、ボクの女王サマ」
 
 何でもいい。愛よりも強い感情を、どうか ―――――


 日本語題:(ハート)の女王へ

Funeral Makeup

 まだ少し肌寒い夜のことだった。

 窓からのぞく桜はとうに盛りを過ぎて
 はらはらとその花片(はなびら)を散らしている。

 わたしはあなたの傍らで、ひとり
 これまでの日々をなつかしんでいた。

 眠り続けるあなたは美しいままだ。

 けれど、もう二度と ―――

 その目が誰かを映すことはなく、
 その口が何かを語ることもない。

 わたしは薬指に紅を取ると
 あなたの唇に薄く引いた。

 暗闇に桜が散り続ける。
 はらはらと。風もないのに。
 
 あなたには情けない姿ばかりを見せてきた。

 だからこれは、わたしがあなたに見せる
 最後のわがままで、精いっぱいの強がり。

「次は、あなたが本当に慕う方といっしょになってください」

 はかなく散りゆく薄紅に、わたしは
 もう二度と(めぐ)り来ぬ季節を(おも)った。


 日本語題:春を見送る

subtle

subtle

歪な関係を嘆く散文調の詩です。 ※この作品は小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n1694gd/)にも掲載されています。

  • 自由詩
  • 短編
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日 2020-04-04

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