奇想短篇小説『象を撃つ』
バッチいこと、でも、もしかしたら綺麗なこと。
(早川義夫)
1.よその家のご飯
ぼくの小学校のクラスは松竹梅で分けられていた。それが普通だと思っていたけど、中学校に行くようになってはじめて松竹梅のクラス分けが特殊であることに気がついた。小学校のときのぼくの学年はひとクラスしかなかった。だから卒業するまでの六年間はずっと同じメンバーで、ずっと同じ松組のままだった。一個上の学年には松組と竹組があったけど、梅組は一度も見たことも聞いたこともなかった。
小学四年生のとき、ぼくと親友のリョウタはエアガンで遊ぶことにハマっていた。ぼくのクラスでいちばんはじめにエアガンで遊び始めたのはぼくとリョウタだった。だけど、気がつけばクラスの男子の主要メンバーのほとんどがエアガンで遊ぶようになっていた。エアガンで遊ぶメンバーは、だいたいいつもぼくとリョウタとショウマとミナトとマサヒロの五人だった。親友のリョウタは体が弱くてぜんそく持ちだったけど、射撃の腕は誰よりも優れていた。
遊び仲間のショウマの家の前には大きな倉庫があって、ショウマはそこを自分の秘密基地にしていた。ショウマには四つ年上の無口なヤンキーのお兄ちゃんがいて、ショウマはそのお兄ちゃんのことを「アニキ」と呼んでいた。アニキは金属バットで誰かを殴ったことがあるとショウマが言っていたので、みんなはアニキとはなるべく関わらないようにしていた。アニキが倉庫にいるときはぼくたちは別のところへ遊びに行った。
放課後にぼくとリョウタとショウマとミナトとマサヒロはショウマの秘密基地に集まって、そこで射撃の練習をした。射撃スキルがある程度高まってきたら、ぼくたち五人は近所の公園に行って、エアガンで撃ち合いをした。リョウタ以外はみんな、テキ屋のくじ引きで当てたちゃちなハンドガンしか持っていなかったけど、リョウタはいつも最新のアサルトライフルを持っていた。連射ができるエアガンだ。ときどきリョウタにそれを撃たせてもらうこともあった。リョウタのエアガンがいちばん強いので、対戦するときはだいたい、リョウタ対その他という構図になった。それでもリョウタには勝てなかった。
ある日、リョウタはエアガンではなく、さらに威力の高いガスガンをお父さんに買ってもらったということで、学校終わりにぼくとリョウタの二人で試し撃ちをしにリョウタの家の前にある貝塚公園へ行った。貝塚公園はその名の通り、むかし貝塚だったらしい。そこには木や花がたくさんあって、どんぐりがよく落ちていた。東屋もあり、兵隊の幽霊がでるとか、自殺した人がいるとかそういう類の噂もあった。ぼくとリョウタは、かわりばんこに新しいガスガンで木を撃ったり、ブランコを撃ったり、鳥を撃ったりした。鳥には当たらなかった。
公園の便所の裏でリョウタが小さなカエルを見つけて、それを至近距離からガスガンで撃った。白色のBB弾はカエルの背中を貫通せずにそのまま食い込んだ。血は出ていなかった。ぴくりとも動かなくなったカエルをぼくとリョウタはしばらく無言でじっと見ていた。ガスガンのあまりの威力の高さとカエルの肉体のあまりの脆さにぼくとリョウタは心の中で驚いていた。
「死んだな」
「即死や」
ぼくとリョウタはカエルの死体をそのまま便所の裏に置いて、リョウタの家に行った。リョウタの家に入るとカレーの匂いがした。ぼくはリョウタのお母さんが作るカレーが好きだった。だからぼくはリョウタのお母さんが夕食に誘ってくれるまでリョウタの家に居座った。夕食時になり、
「マシュウくん、うちでカレー食べてきな」
とリョウタのお母さんが言った。マシュウというのがぼくの名前で、北海道の摩周湖からとられているらしい。だけど、ぼくは一度も北海道に行ったことはない。リョウタのお母さんが夕食に誘ってくれたので、ぼくはリョウタとリョウタのお姉ちゃんとリョウタのお母さんと一緒に台所の横にあるテーブルでカレーを食べた。よその家のご飯はなぜかおいしく感じる。当たりはずれはあるけど。それに、ぼくは一人っ子だったから、そういうふうにみんなで食べるのがなんだか嬉しかった。
ぼくはリョウタの家でカレーを二杯食べてから自分の家に帰った。そしたらぼくのフィリピン人のママがタガログ語で怒ってきた。よその家でご飯食べるなんて恥ずかしいやないの。うちのご飯が嫌いなんか? ママはそんなようなことを言った。ママは怒るといつもタガログ語になる。パパの悪口を言うときもそうだ。べつにママの作る料理が嫌いなわけではない。ときどきフィリピン料理にはうんざりしてしまうこともあるけど、まずくはない。むしろおいしい。だけど、リョウタのお母さんのカレーはぼくのママのカレーとは味が違って、たまに食べたくなってしまう。ただそれだけのことなのに、ぼくのママはひどく真剣な顔をして怒った。ひどいときは、リョウタくんの家の子になったら? というようなことをタガログ語で言ってくることもあった。そのときのママの表情はとても寂しそうで、ぼくはとても悪いことをしたなと思って、しばらくはよその家のご飯は食べないようにしていた。だけど、そのうちにそのことも忘れてしまって、結局はよその家のご飯を食べて帰って、ぼくのママにはそのことを内緒にしてママのフィリピン料理を無理やり口に押しこんだこともあった。そんなふうにぼくは小学生なりにいろいろと気苦労を重ねていた。
2.ガムを吞みこむ
小学四年生だったぼくの放課後の過ごし方はだいたい、いつものメンバーでエアガンで遊ぶか、あるいは近所のそろばん塾に行くかの二通りだった。ぼくのクラスの生徒も何人か同じそろばん塾に通っていた。親友のリョウタもその一人だった。
ある日の放課後、ぼくはいつものようにリョウタと貝塚公園で待ち合わせてそろばん塾へ向かった。そろばん塾までの道中にリョウタがフィリックスの十円ガムをくれて、ぼくとリョウタは自転車に乗ったまま器用に包装紙を剥がしてガムを口に放りこんだ。ガムのくじは二人ともハズレだった。普通の家みたいな見た目のそろばん塾に着くと、自転車の駐車スペースはすでに一杯だった。だけど、駐車スペース以外のところに自転車を停めておくわけにはいかないので、ぼくとリョウタは無理やり他の自転車の塊のなかに自分たちの自転車を押しこんだ。あとで出るときに面倒だろうなと二人とも思ったけど何も言わなかった。
そろばん塾は基本的に飲食禁止だったので、ガムを噛んでいるときはぼくたちはいつも入室する前に下駄箱のあるスペースでガムを捨てるかどこに張りつけるかして処理していたのだが、その日は二人ともガムの処理を忘れてそのまま席についてそろばんを弾いていた。ワンタッチで珠をリセットできるボタン式の便利なそろばんだった。ぼく以外のみんなもボタン式のそろばんを使っていたけど、化粧の濃い紫頭のおばあちゃん先生と耳毛の多いおじいちゃん先生のはボタン式じゃなくて真っ黒で骨董品みたいなそろばんだった。
ぼくとリョウタが無意識のままガムを噛みながらそろばんを弾いていると、
「あんたら、ガム噛んどるやろ。呑みこみなさい」
と目の前にいた紫頭のおばあちゃん先生がぼくとリョウタに向かって言った。さらりとそう言われたけど、ぼくにはおばあちゃん先生が言った言葉の意味がよく分からなかった。ガムを呑みこむ? ガムを呑みこむ。ガムヲノミコム。ぼくはこれまでにガムを呑みこんだことなんてないし、そんなことが人間にできるだなんて想像もしていなかった。ガムは捨てるだけではなくて呑みこむことができる。そして今そうすることを要求されている。ぼくは未知の、あるいは冒険的な行為にわくわくしながらも底の深い恐怖を感じていた。ぼくがガムを吞みこむのをためらっていると、横に座っていたリョウタが先陣をきった。リョウタはガムを以前にも呑みこんだことがあるようで、なんのためらいもなくガムを胃に流しこんだ。リョウタはガムを吞みこんでから、本当に吞みこんだということを証明するために、おばあちゃん先生に向かって口を大きく開けて見せた。舌も出していた。いつもはきゃしゃで病弱なリョウタがそのときはたくましく見えた。次は流れからいってぼくの番だった。ぼくはしばらくガムを舌の上で転がして、ガムの形を細長くしたり、できるでけ小さく丸めこんだり、前歯の裏に貼りつけてぺらぺらにしたりして口を動かしていた。ぼくは錠剤の薬を飲むのが苦手でいつも病院の処方薬は粉薬にしてもらっていたくらいなので、ガムを呑みこむなんて絶対に無理だと思った。
「はよ呑め」
とおばあちゃん先生に急かされたので、ぼくはとにかくできるだけ唾をためて勢いでガムを喉の奥に流しこんだ。吞みこんだ直後に、消化されずに体内に残ったガムが体に悪影響を及ぼすんじゃないかと心配もしたけど、それと同時に少しだけタフに成長したような気がしてぼくは心の中で静かに喜んだ。だけど、周りではそんなことはお構いなしに無数のそろばんが弾かれていた。
3.内藤外科事件
ぼくがいつものメンバーと貝塚公園でエアガンで遊んでいたある日の夕暮れ時に、遊びに飽きてきたリョウタが、不気味なドアの家がおれんちの近くにある、と言い出したので、ぼくたちは好奇心と恐怖心を半分ずつ抱きながら、念のためにエアガンを持ってその家を見に行くことにした。貝塚公園から歩いて三分くらいのところに色あせたピンク色の建物があって、そこには〝内藤外科〟と達筆な黒い文字で書かれた看板があった。その診療所はもう廃業していたけど、建物と看板は残っていて、そこには年老いた内藤夫婦が静かに暮らしていた。もちろんぼくたちはそんな事情を知らなかったので、人の気配のないその建物はとても不気味に見えた。例の不気味なドアはその診療所の裏の勝手口にあった。そのドアは木製の引き戸で、緑色をした正方形のガラスが何枚かはめ込まれていた。その引き戸は建物の外壁と同じ色あせたピンク色だったけど、ところどころ塗装が剥げ落ちていてたしかに不気味だった。ぼくたちは引き戸にはめ込まれた緑のガラスをおそるおそるのぞきこんだ。ガラスの奥のほうから微かに光のようなものが見えた気がした。ぼくたちは少し驚いて引き戸から一歩離れて、これからどうすべきか迷った。
「このドア、怖い映画で見たことあるわ」
とショウマが言い出した。ぼくはお化けとかそういう怖いものが苦手だったので、すぐにでもその場から立ち去りたかったけど、そうするわけにもいかなかった。ぼくもミナトもマサヒロも、それから言い出しっぺのリョウタもただ黙っていた。すると、ショウマはおもむろに手にしていたエアガンの銃口を引き戸にはめ込まれたガラスの一枚に近づけて、発射した。だけど、ガラスは割れなかった。これで今日は解散かとみんなは思ったけど、ショウマはそうじゃなかった。ショウマは近くに落ちていたベーゴマくらいの大きさの小石を拾って、野球のピッチングファームを構えた。ショウマは少年野球チームのピッチャーだった。それからショウマはためらうことなく、その小石を引き戸のガラスに向かって投げつけた。するとガラスは大きな音を立てて割れ、それと同時にぼくたちは一目散に自分たちの家のほうへと逃げ去った。
後日、学校の緊急集会で内藤外科の事件のことについて知っている人はあとで職員室に来なさいと言われた。ぼくとリョウタとショウマとミナトとマサヒロは、互いに目を見合わせてどうしようかと悩んでいたけど、その日は誰も職員室には行かなかった。だけど結局その何日かあとに、どういう経緯でそうなったのかはわからないけど、内藤外科事件はぼくたちの犯行であることがバレてしまった。ぼくとリョウタとショウマとミナトとマサヒロは職員室に呼び出されて、煙草の吸いすぎで唇の黒い教頭先生にこっぴどく叱られた。殴られはしなかった。職員室で叱られながら、五人のうちの誰かが裏切ったのかもしれないと少しは頭によぎったけど、ぼくたちはお互いを責めるようなことはせず、そのときはただ黙って素直に反省した。それからぼくは内藤さんのところへ両親と謝りに行った。リョウタもショウマもミナトもマサヒロも、みんな両親と一緒に謝りに行ったと言っていた。
内藤外科事件が発覚してからの二週間くらいはエアガンでは遊ばずに、ぼくたちはリョウタの家で任天堂のロクヨンで遊んだ。そのとき、マサヒロは手汗がひどくて、リョウタのロクヨンのコントローラーを一台ダメにしてしまった。それ以来、マサヒロは持参したタオルを手にぐるぐるに巻いてゲームをするようになった。
4.ワープ
ある日の放課後、ぼくたちがリョウタの家でロクヨンをして遊んでいたところ、ゲームの途中でショウマが、マシュウの家の裏のどぶ川にワープができる大きな排水口がある、と言い出した。これはショウマがずっと秘密にしてきたことのひとつのようで、その排水口でショウマは何回も南国にワープをしたとぼくたちに打ち明けた。
翌日の学校終わりに、言い出しっぺのショウマを先頭にしていつもの五人でさっそくそのワープができる排水口へ向かった。ぼくの家のすぐ裏にあるどぶ川は漁港のほうまで伸びていて、かなり長かった。けど、どぶ川と言っても水なんかなくて、そこには各家庭から出された汚い水がちょろちょろと流れていたり、ぼろぼろのエロ本や少年誌が捨てられていたり、猫が集まったりしていた。そしてそのどぶ川のいちばん端のところに、ショウマの秘密の排水口があった。ショウマ以外のぼくたちは誰もどぶ川のこんな端のところまで来たことはなかった。ショウマはいつものメンバーの誰よりも遊びの行動範囲が広かった。例の年上の無口なヤンキーの「アニキ」のせいかもしれない。ワープができる排水口は、かがんだ小学生がちょうどひとり入れるくらいの大きさのパイプだった。奥の方をのぞくと真っ暗で、ところどころに雑草が生えていた。水は流れていなかった。
排水口の前でショウマがワープの説明を始めた。ショウマによると、ワープは毎回成功できるわけではなく、ちょっとしたコツのようなものをつかめないかぎり絶対にワープはできないらしい。それから、ワープは特定の時間にひとりで行わなければいけないということだった。とにかくいろいろな条件をクリアしたものだけが好きなようにどこへでもワープできる、とショウマは真剣な顔をして説明した。それから、本当はこのことはおまえらには内緒にしておきたかった、とショウマは言った。それならなんで言うねん、とショウマ以外のみんなが思ったけど、何も言わなかった。あと、絶対嘘やろ、とみんな思っていたけど、ショウマがこれほどまでに真剣に何かを言うのは珍しいので、よくわからないけど、とりあえずぼくたちはショウマを信じることにした。
ワープの説明を終えると、ショウマは実演するようなかたちでかがみながら大きな排水口のなかに入っていった。
「こんな感じで目を閉じんねん」
とショウマは言って歯を食いしばるように強く目を閉じた。ショウマはしばらく排水口のなかでそのまま待っていたが、何も起こらなかった。ショウマのさっきの説明のとおり、ワープはひとりで行わなければ成功できないのだ。
排水口から出てきたショウマは服の汚れを手で払いながら、ワープを習得するのにずいぶんと修業をしたと言った。それから思い出したように、これには回数制限がある、とワープの新たな条件を付け加えた。ショウマは何回もワープで南国に行って、それでワープを使い果たしてしまったらしい。ショウマは使い果たすまではワープに回数制限があることを知らなかったと言った。そのせいでショウマはもうワープができなくなってしまったから、その代わりにみんなにワープのことを教えてあげたということだった。ショウマの実演を見てから、なんとなくその場が変なふうにシラケてしまったので、ぼくたちはその日はとりあえずそのまま解散することになった。
その日以降、ショウマからワープの話が出ることはなくなり、みんなもなんとなくワープの話はしなくなった。けど、ぼくはみんなには内緒で、放課後にひとりでワープをしにどぶ川の端にある秘密の排水口まで行った。ぼくは排水口のなかに入り、行きたい場所を頭に強く思い浮かべてから、おもいっきり目を閉じた。しばらくそのままにしていたけど、何も起きなかった。ぼくはただ排水口のなかでかがんだまま、ショウマが積んだであろう修行のことをぼんやりと考えていた。
5.象を撃つ
内藤外科事件のほとぼりも冷めてきたので、ぼくたちはまた徐々にショウマの家の前の倉庫でエアガンの射撃練習をしたり、公園で撃ち合うようになった。
ある日の土曜日、いつものようにぼくたちが貝塚公園でまわりのものを的にしてエアガンで撃っていると、
「象を撃ちたい」
とリョウタがとつぜん言い出した。
「なんで象なん?」
とぼくがリョウタに尋ねた。
「カエルとかネコとか川の魚とかハチの巣に撃つのあきてきたんよ。なんかもっと大きいもん撃ちたいなって思ってさ。お前らも大きいもん撃ちたいやろ?」
とリョウタがぼくたちに同意を求めた。ぼくはそこまで象を撃ちたいとは思わなかったけど、ショウマとミナトは乗り気だった。マサヒロはよくわからなかった。ショウマが前に家族で電車に乗ってH動物園まで行ったことがあると言ったので、ショウマが道案内を担当することになった。だけど、ぼくたちの最大の問題は、H動物園に行くまでのお金だった。小学生のぼくたちにはもちろん往復の電車代なんて払えないし、親に子どもだけでH動物園に行くだなんて言ったら、許されるはずがない。だけど、それでもぼくたちはあきらめずにあらゆる手段を使ってでも行こうと作戦を練っていると、リョウタが名案を思いついた。それは、来週はぼくとリョウタが通っているそろばん塾の月謝を支払う日で、いつも親に六千円が入った封筒をもらってそれをそろばんの先生に手渡すのだが、今月分の六千円はそろばんの先生には渡さずにそのままおれたちの軍資金にしようという案だった。それにぼくの月謝も合わせればかなりの大金になる。リョウタの案は完ぺきだった。それから、小学生のぼくたちだけでは不安なので、ショウマが中学生の「アニキ」にH動物園までついてきてもらえるように頼んでみるということになった。
翌週の土曜日になり、ぼくたちは朝の八時半にK駅に集合した。その日の天気は申し分のないくらいに晴れ渡っていた。ぼくたちは作戦通り、親には適当に夕飯までには帰るとだけ伝えてきた。メンバーはぼくとリョウタとショウマとミナトとショウマのお兄ちゃんのアニキの五人だった。マサヒロは親の用事か何かで行けないということだった。たぶん嘘だ。ぼくたちはアニキと行動をともにするのはそれが初めてだったので、とても緊張した。アニキはあいかわらず無口で目つきが鋭かった。それからアニキはおもむろにショウマに耳打ちをして何かを伝えた。ショウマがアニキの通訳を務めた。
「悪いけどアニキに二千円渡してくれやんかな」
とショウマが申し訳なさそうにぼくとリョウタに頼んだ。どうやらそれがアニキへの報酬のようだった。ぼくとリョウタはもちろんためらったが、アニキに睨まれたのでぼくとリョウタは仕方なく、親にもらったそろばん塾の月謝封筒から千円ずつ取り出して、ショウマに渡した。それからアニキはショウマから二千円を乱暴に取り上げて、ズボンのポケットに押しこんだ。
用心棒のアニキとショウマを先頭に、ぼくたち五人はN駅までの切符を買って、電車の待ち時間の間にK駅構内にあるコンビニでサンドイッチやらスナック菓子やらファンタやらを調子にのって買いあさった。それで二千円くらいかかってしまい、ぼくとリョウタはものすごく後悔した。残りは二人合わせて七千円くらいだった。
おのおの家庭科の授業で作った自分のナップサックにさっきコンビニで買った食料と愛用のエアガンを、りょうたは強力なガスガンを、入れてN駅行きの普通電車に乗った。生まれてはじめて自分たちだけで電車に乗ったので、ぼくは少しだけ大人になったような気がして、すべてが新鮮でわくわくした。
終点のN駅で降りてから、ショウマの道案内を頼りに地下鉄の切符を買って、H公園駅まで行った。地下鉄にはたくさんの人がいて、みんな大人で、ぼくたちは少し怖がっていたけど、今回はアニキがいるので心強かった。
ありがたいことに、H公園駅についてから地上に出てすぐのところにH動物園があったのでぼくたちは迷うことなく目的地へとたどり着くことができた。ここにくるまででもう充分やり切ったような気分になっていたけど、ぼくたちの本当の目的は、象を撃つことだった。
アニキとショウマのあとについてぼくたちはH動物園のチケット窓口の列に並んだ。天気の良い週末だったのでお客さんがたくさんいた。しばらくしてからぼくたちがチケット窓口のお姉さんの前まで進むと、アニキがショウマに耳打ちをした。それからショウマが、中学生一人と小学生四人、とチケット窓口のお姉さんに伝えた。お姉さんによると中学生は五百円で、小学生は無料ということだった。これ以上の出費は痛いと思っていたぼくとリョウタにとってはとてもラッキーだった。ここはとりあえず、ぼくがアニキの分の五百円を支払って、ぼくたちは無事に入園することができた。
それから真っ先にぼくたちは象のところへ向かった。象は二頭いた。二頭はゆっくりと広い敷地内を歩いていた。広いと言っても象にとっては狭い。想像していた以上に象は大きかった。大きな象を前にしたぼくたちは無言のままただ突っ立って、誰もエアガンを取り出そうとしなかった。
しばらくしてから、リョウタがおもむろに自分のナップサックからガスガンを取り出して、銃口をちょっとだけ大きい方の象に向けた。リョウタ以外のぼくたちは黙ってリョウタの動向をうかがっていた。それからリョウタは狙いを定めて、引き金をひいた。その瞬間にぼくとリョウタは、貝塚公園の便所の裏で撃ったカエルのことを思い出した。あのときのカエルと同じように白いBB弾が象に食い込むところを想像した。そのことを同じ瞬間に同じようにお互いが想像しているということはぼくもリョウタも知らなかった。リョウタが発射したBB弾は象のおしりの部分に命中した。だけど、BB弾は象に食い込むことはなく、そのままはじかれて地面にぽとんと落ちた。それを見ていた五人は何も言わなかった。ぼくとリョウタはまだ同じようにカエルのことを考えていた。血は出ていなかった。象は何事もなかったかのようにそのままゆっくりと歩き続けた。
奇想短篇小説『象を撃つ』