ある少年

序章

   

   序章        


  30分前


鍵穴に先端が少し曲がった2本の針金を差し込む。

慎重に針金を動かした。かちゃかちゃと小さな音がする。

しばらく鍵穴をいじっていると、かち、というすこし大きめの音がした。

思ったよりも早くあいたな、と中沢はつまらなさそうに溜め息と言葉を吐き出した。

針金を鍵穴から抜き、それをズボンのポケットへ入れて、ゆっくりと立ち上がる。


これですべて整った。あとは俺がアクションを起こすだけだ。

時間はかなりかかった。

だが、時間をかけたからこそ用意する事ができた準備なのだ。

潰していた上履きの踵を立たせて、久しぶりにちゃんと履く。

なんだか少し違和感を感じた。サイズはぴったり合っているので食い込むことはない。

しかし、そうなっているように思えた。


俺は上履きの踵を潰すような奴ではない。

ましてや、立ち入り禁止の屋上の鍵を開けるような奴でもない。

それは全部、あいつのせいで、あいつの為にやっていることなのだ。

あいつがいたから、俺は変わったのだ。


無駄な思考は止め、ドアノブを握る。


さぁ、早く皆を変えに行かなきゃ。



       1年前


担任になる教師が、黒板に僕の名前を書いていく。

僕はそれをしばらく横で見ていた。

クラスメートになる39人の生徒達と目を合わせないようにするためだ。

教室の中はやたら騒がしい。何を言っているのかよく聞き取れなかったが、

その話の内容が分らないわけではない。

大概は笑っていたり、喜んでいたり、はしゃいでいたりして、盛り上がっている。


担任になる教師が、名前を書き終えてチョークを置く。「はい、静かにー」

仕方なく、前を向く。クラスメートになる生徒達も、次第に静かになっていった。

担任の教師は僕について何か話し始める。

話が終わるまで、ぼんやりと考えていた。


皆に好かれるやつというのは、ある程度話が通じて、話し上手で、ノリが良くて、

たまに馬鹿をやって、たまに本気で先生に怒られるやつだ、と友達から聞いたことがある。

良い所しかないやつはイヤミになりやすく、嫌われたり煙たがられたりすることが多いのだが、

悪い所や駄目な所があると周りとの共感が生まれ、うまく慣れ合えるのだという。

しかし逆に、ほとんど良い所がなく、普段からあまりしゃべらない奴は、避けられたり、

嫌がられたり、怖がられたりするのだという。


何事もバランスが大事だ、とその友達は僕に教えてくれた。

それが彼女との別れの言葉でもあったので、鮮明に覚えている。


何事も、バランスが大事。

何事も。


繰り返し頭の中で呟いていると、担任の教師は僕を見て、「じゃあ、何か一言」

ふっと笑みを浮かべて言った。

僕はうなずき、ちゃんと前を見た。

ちゃんと、というのだからもちろん、下を向いたり目線がどこかに行っているということはない。


僕は真っ直ぐ、前を見た。


そして担任の教師のように柔らかく笑った。

      
「はじめまして、岡田正(おかだまさし)です。多分、僕は皆に嫌われると思うけどよろしくね」


                                   



    

ある少年

ある少年

「あーあ、もっと純粋な中学生になりたかったなぁ。もう手遅れだけど」 「いいや、全然まだ間に合うさ」 「なぜそう言い切れるの?性格の基は変えようとしても絶対に変えられないのものだよ」 「変えられる、ということを俺が証明すればいいのか?」 「いいよ、面倒くさい」 周りからは、自己中心的、あるいは厨二病と言われるある少年の話。 「僕は正しくないよ。名前に『正』が付いているけど」

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • ミステリー
  • 青年向け
更新日
登録日
2012-11-05

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