選択の魔術師。
あるときから、スラムにボロ屋がたっていた。みためこそボロボロだが、中身はおおきなコンテナがはいっていて、その中には、書類やら、壁飾りやら、おびただしいほどの文字がかかれた、布やらがかけられて、ステッキやら、人形やらが、はしばしたてかけられ、もので散乱している。薄暗い室内に、声が響いた。声のぬしを尻目に、その正面に、入口をふさぐようにして、左右の隅に護衛らしきヴェールで顔を隠した召使らしきものがいる。
『受け入れたか?受け入れないか』
テーブルの上にテーブルクロス、その上に平たい正方形の台があり、テーブルをへだてて、二人の人間がイスに腰かけている、一人はヴェールと、きちんとした正装、新品に思えるような、簡素な形の、この国の風習にあう衣裳を身にまとい。もう一人は、ボロボロでつぎはぎの民族衣装じたての衣服をきている。
(悪い話しではないのだけど)
女性は迷っていた。対数分前、小さな紙を渡され、好きな形に、星型をかけといわれた。
『私はまだ、選べない』
といっても、おかしなことで、星型の下半分はすでに描かれていた。きみょうなわなだろうか。いや、そんなはずはなかった。女性は噂をみみにしていたのだ。
[近頃奇妙な占い師がいて]
[なんでも願いをかなえてくれるという]
女性には願いがあった。好みに思う男性に、お付き合いの申し出をしたいのだが、断られたら、と考えて居た。しかも、女性は高貴な生れ。はるばるこんな、スラムのボロ屋を訪れたのは、ある噂のせいだった。
『無償で魔術を行うらしい』
『願いはかなうが、何か一つを要求される、どうやらそれが、おおきなものなんだろうなあ』
噂は都市にひびき、ついに後期な生まれの女性の耳にせまった。
『代償は、ただ、図形をかくだけなのですよ?』
選択を迫れる。形のおかしな、星型の図形。その一部を組み替えると、何かがおこるという。女性はいつしか、その震える手で、図形に、上半分の星型をくわえた。そして気付く。その上半分は、奇妙な色をしていたということに。
『これって、血……』
気づいたときには遅かった。文字は完成していた。女性の、女性のもったペンにも、奇妙な仕掛け、小さな釘がささっていて、親指から滴る血が、そのまま、筆先にたまり、文字をかくしくみになっていた。
勢いよくあばれ、その一室を飛び出そうとする女性。しかし時すでに遅く、口元を抑えられ、ふたりの召使にあっというまに、小刀でとどめをさされるのだった。絶命するまえ、女性は最後に、こうつぶやいた。
[どうして、代償は、すでにはらっていたのに]
『はらっていたよ、おまえがここにくるまえに、街中で、猫を助けただろう、それがつまり、私の怒りにふれたのだ、私は用のある≪生贄≫しかここにまねかん、お前の、用水路から、助けた黒猫は、私の小鳥たちを、今しがた2匹もくらってしまったのだ』
やがて、召使を手伝い、小さな桶で手を洗った占い師は、がさごそと何かをあさり、建物の入口へと近づいた。建物の入り口には似たような配下が二人、ヴェールに顔を隠して、槍をもって、警備をしている。その間にふさがれた、おもいカーテンがひらりとあいて、占い師の手がそこからにゅっと顔を出す。
チュンチュン、チュンチュン。
小鳥たちは勢いよく、手の中の錆びた缶に集う。その中身は、パンや何か得たいのしれないものだった。
『これで、次の魔力が集まった、術はより、強大なものとなるだろう』
チュンチュン。
『獣になれば、獣なり、人であれば、人の願い、あわれなことだ、獣になれば、人であったころの願いなど、忘れてしまうというのに』
手といれかわるように顔だけ、外に出した占い師は、頭上をてのひらのひさしでおおった。外は晴天。はればれとすきとおったそらにはくもひとつなく、誇らしげに占い師は、喉元の汗をハンカチーフでぬぐって、カーテンをしめるのだった。
選択の魔術師。