パンドラの箱庭
この小説に目を通してくださってありがとうございます。
この小説は、冒険ファンタジーです。
プロローグ
王国に煌めく街頭の明かりの中に、
それとは明らかに違う蛍のような淡い光が飛んでいる。
その光を王国がもっともよく見える部屋から見下ろしながら男は思う。
僕の箱庭は今日も美しい と。
目を閉じれば、この王国を手に入れた200年前のことが、
まるで昨日のことのようにありありと思い出される。
あの者の顔が、絶望と苦痛に歪んだ様を、
そして、それでもなお、光が途切れることがないその瞳、輝きを失わないその魂は
美しかった。
だからこそ、その者の希望を打ち砕き、踏みにじるのは最高の気分だった
快感にゾクゾクする体は、長い時を超えても尚、
あの時の興奮を忘れていないと、僕に教えてくれた。
「…様…様」後ろを振り返ると、一人の男が立っていた。
「どうしたグレゴール、相変わらず気配を消すのが上手いな」
「恐縮です。まぉぐっ」
僕の手から放たれた炎の球はグレゴールの言葉をつまらせた。
「|あ《・》|奴は200年前にすでに死んだ。そうだったな、グレゴールよ。」
やつの顔が苦しそうに歪む。それと同時にの心は充足感に満たされる。
他人の悩み、苦しむ姿はいつ見ても楽しいものだ。 特に、こいつは格別だ。
「ゴホッ、申し訳ありません。失念しておりました。」
失念するはずなどないだろうに。
「まあいい、お前は優秀な部下だし、僕は今日機嫌が良い。だが...」
次はないからなという気持ちを込め、見せつけるように火球をつくりだす。
グレゴールがハッと目を見開いたのを見るとどうやら僕の言いたいことは伝わったようだ。
「続けろ」
「はい。ご報告というのは例の件です。魔力が予定量に達しました。」
「そうか、ならば計画を次の段階に移せ、 早急にな。」
「はっ、かしこまりました。」
そう告げるとグレゴールは一礼して部屋を出ていった。
ああ、今日は何と良い日だろうか... 200年この時を待ち続けた。
あと少し、あと少しで私の悲願が叶う!
「ククククッ アーハッハッハッ」誰もいない部屋に男の笑い声が響いた。
男は、もう一度、窓の外の景色を眺め満足そうに微笑むと、
静かな夜の闇に溶け込むように消えていった。
物語の終わりは、新たな物語の始まりでもある
「 昔々、まだこの世に恐ろしい魔物がいなかったほど昔のことです。
世界には創造神ガイア様が、お創りになった4種族がすんでおりました。
高い魔力を持つ妖精族
敏捷性と力に優れた獣人族、
何でも作れる器用な手を持つ小人族、
そして、他の種族には及ばないものの、
その全ての要素を併せ持つ私たち人間族、
最初の頃は、4種族は、互いを尊重し、
助け合いながら暮らしていました。
しかし、いつしか、自分の種族が最も優れていると思い込み、
他の種族を蔑んで、迫害するようになったのです。
そしてそれが、種族間の争いになるのに、
そう時間はかかりませんでした。
毎日のように、飢えや寒さ、他種族の争いによって多くの人々が死んでいきました。
それを見た人間族の王は、古代の禁術をつかい、
異世界から神を召喚することにしました。
創造神ガイアではなく、その神にこそ救いを求めようとしたのです。
しかし、それは恐ろしい悪魔を呼び出す禁術でした。
召喚された悪魔はその禍々しい魔力を用いて、あらゆる生き物を魔物に変えていきました。
そしてその力を使い、森を焼き、大地を汚し、世界への支配を強めていったのです。
人々はこの悪魔を、魔物を統べる王 “魔王” と呼び恐れました。
そのような時でも、4種族は、互いに責任を押し付けるばかりで、助け合おうとはしませんでした。
このまま世界は魔王に滅ぼされてしまうと、誰もが思った時です。
創造神ガイアは、地上に一人の救世主を遣わしました。
その物は、人間族でありながら、種族の垣根を超えて愛情を注ぎ、
皆に助けの手を差し伸べました。
その姿を見た4種族は、自らの行いを恥じ、互いを許しあいました。
そして、手を取り合って魔王に立ち向かうことを誓ったのです。
そうして、手を取り合った4種族は、救世主と共に魔王を打ち滅ぼすことに成功したのです。
人々は、救世主を、尊敬と感謝の念を込め、勇ましき者 “勇者” と呼びました。
また、最も古い文献には勇者のことがこのように記載されています。
―その者、齢15にして、誰よりも勇ましく、誰よりも慈悲深き者なり。
美しき銀の髪をなびかせ、疾風のごとく戦場を駆け巡りて、敵を屠る。
その姿はまさに銀の風ごときなり。
勇者はその後、故郷に戻り、人間族の王として新たな国を建国しました。
そして、亡くなるその時まで、皆に分け隔てない慈愛の心を注ぎ続けたのです。
また、その心は私たち国民に、今でも受け継がれているのです。
(ガイダル王国の歴史 第1巻1章「ガイダル王国の建国」より)
♦ ♢ ♦ ♢ ♦ ♢
「はぁ、やっぱりすごいなあ」
そういって本を閉じたのは、隣国から今まさに、
そのガイダル王国にある家に帰ろうとしている少年である。
名前はゴドウィン、黒髪パッツンの髪型、白い肌と華奢な体。
そして、その可愛らしい顔立ちは、一見すると女の子にも見える。
家に帰るというのに、彼の心は重い。
その理由には彼の生い立ちが関係している。
歴代将軍を何人も輩出している、ガイダル王国きっての名門グラス家の
長男として生まれた彼は、物心つく前から、将軍を目指して修練を積んできた。
だが、早い内から彼は気づいていた。
名門グラス家の指南役に選ばれるという、その栄誉に喜び勇んでくる先生が、
30分と経たないうちに、自身を喪失し帰っていく背中を見て、
ああ、自分は才能がないのだ、と。
それでも、彼は周りや両親に認めてもらうために頑張った。
そして、その頑張りは実を結ぶどころか、
“グラス家の長男はダメだ”という烙印を押すための道具にしかならなかった。
呆れ、嘲笑、蔑み、そんな周りの目線に耐えられなくなっていた彼は、
一年前、父親に隣国の騎士学校への留学を進められた時に、二つ返事で承諾した。
だが、結局はそこでも同じことが繰り返されるだけだった。
鎧を着れば動けない。剣や槍は重くて扱えない。
挙句の果てにはヘロヘロになって守る対象に守られる始末。
最初は名門グラス家と警戒されていた彼も、数か月後には嘲りの対象になっていた。
努力をしなかったわけじゃない。実際に筆記試験で彼に勝るものはいなかったし、
その生活態度も優等生そのものだった。
(きっと最初から、どこにも逃げ場なんてなかったんだ。)
そうして先日ついに学長先生から呼び出しを受けた。
「ゴドウィン・グラスさん。あなたの頑張りは、認めます。
ですが当学園ではあなたをこれ以上在学させることは難しいと判断しました。では、お元気で」
学長先生の目は“あなたの居場所はここじゃない”と確かに彼に告げていた。
(「じゃあ、僕の居場所はどこなんですか!」そう叫びたかった。)
でも、彼から出たのは、か細い「はい。」という言葉と、大粒の涙 それだけだった。
そして彼がなにより、つらかったのは、
自分のせいでグラス家という家名までが馬鹿にされることだった。
王国内で誰もが羨むはずの、グラス家という名前が、何よりも彼の重荷になっていった。
(父様と母様になんて言えばいいんだろう)
突如、ドガッという鈍い音と
馬車を引く馬の、けたたましい鳴き声が聞こえた。
(な、なにが?)
「ぐっ」
慌てて立ち上がろうとした彼は、揺れる車内でバランスを崩し、
そのままの勢いで柱に頭をぶつけた。。
「中のやつ逃がすなよ!」
「いいか、馬車も売れるからな!傷つけるんじゃねえぞ!」
「おう!」
(だ、れ...?)
野太い野蛮な声と、ドタドタとした足音を聞きながら、
彼はゆっくり意識を手放していったのだった。
パンドラの箱庭
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