懐古屋

式羽紺次郎

  1. 第一章 妄想
  2. 第二章 日常
  3. 第三章 発見
  4. 第四章 入店
  5. 第五章 アンケート
  6. 第六章 契約
  7. 第七章 対面
  8. 第八章 履行
  9. 最終章 未来

第一章 妄想

本日は晴天なり。
人生で幾度となく聞いたことのなるセリフであるが、もととなったセリフが何であるのかは僕は知らない。
知らないし、知りたいという気持ちがあるにはあるが、わざわざ調べてみようなどという気分にもなれない。
僕の人生は思い返せば常にそんな感じだった気がする。
学生時代に好きだった娘がいたこともあるが、結局好きだと直接伝えることが出来ず、特定の異性と付き合うなんてことは
なかった。
何が言いたいのかというと、僕には行動力というパロメーターが著しく欠如しているということだ。
知りたいと思っているのに調べようともしない、好きだと思っているのに想いを伝えようともしない。
学年で1番の人気のあの娘が僕から何のアピールも無しに振り向いてもらえるわけもない。それは十分に理解しているつもりだ。
だが、生まれ持った性格というものはどうしようもないのだ。
もし、僕が黄色のネズミが人気を博しているゲームソフトの主人公であったならば、僕は初めの村から一歩も出ることなく
その人生(と言えるのかはわからないが)を終えることになるのだろう。
しかし、こんな相棒一匹捕まえることのできない僕にも時間という追跡者は容赦なく後を追ってくる。
来月で28回目の誕生日を迎えることなる。
28歳にもなれば、世間は自立した大人というものを求める。マスコミの情報を鵜呑みにしている大人達からの蔑みの目を向けられたくない一心で
僕も会社勤めをし、アパートで一人暮らしをしている。
そして、まさに今僕はその会社勤めをしている状態である。幸いにも世にいうブラック企業と言われているような
日付が変わる時間帯まで勤務させられるというようなことは、僕の会社には存在しない。
しかし、その逆ともいえる状況に苦しんでいるのである。それは暇という悪魔だ。
何を大げさな。忙しい方が何倍も苦しい。ブラック企業という言葉を知らないのか。過労のために自ら命を落とす人の
話をしらないのか。などといった声が聞こえてきそうだが、僕は暇という悪魔にも注目してもらいたいと考えている。
こんなエピソードを知っているだろうか。第2次世界大戦中の話であるが、かの悪名高いドイツ兵が、とらえてきた囚人に対して行った嫌がらせを。
囚人に穴を掘らせる作業を強制させる、しばらく掘り進めたところで、兵士が作業を中断させ、その囚人が掘った穴から
生み出された土をまた囚人が掘った穴の中に入れていくのである。
そうすると、不思議なことに、囚人が時間をかけて掘り進めた穴はどことなく消えてしまうのである。
それを見た兵士は、再び囚人に穴を掘るように命じ、また穴掘りを中断させ、自ら穴を埋める。
このループの結果待ち受けているのは、意味のない仕事を強制され続け頭がくるってしまった囚人の自殺なのだという。
この結果を予期していたかどうかはわからないが、大戦中のドイツ兵はこのような行為を繰り返していたのだという。
・・・僕がなぜこのような、雑学を得ることが出来たかというと、暇な自分は不幸であるという自己肯定を感じられる情報を得たいがために
行ったネットサーフィンの賜物である。
こう言うと、暇というものの悪くないのかもしれないと少し僕の頭によぎるものがあったが僕は
そんな考えを振り払って再び妄想の世界に没頭することにした。
今日のテーマは不幸な自分だ。妄想を膨らますための材料も目の前の端末で情報収集済だ。
さあ、続きをやろうかな。そう思った矢先、左上のデスクで長電話をしていた男に呼ばれる声が聞こえた。

第二章 日常

「おい、○○ 先週お前に言うてた△工業の件どうなっとんねん。」
左上の男は、強めの関西弁で僕に詰め寄る。
「今の電話なぁ、△工業のAさんやぞ。お前からなーんの音沙汰もない請求書の件どないなっとるんですかって電話や。」
その話は先週、目の前の禿げ頭に相談した。相談したときに禿げ頭からその上の肥満男に価格面について
相談することがあるので少し待てと言われたのではないか。
僕は、ニワトリ並みにしか記憶が持たない禿げ頭の男を憐れむ気持ちをグッとこらえてそう言い返した。
「なんやお前 ほんなら俺がその件止めてたっちゅうことになるやないか。」
その通りだが
「お前なぁ、世間でパワハラだのなんだのって言うとるけどなぁ、あれは部下から上司にも適用されるってわかってるんよなぁ」
「お前の今の一言のせいでなぁ、俺の繊細の心が傷ついたぞ。どないすんねん。」
この男は僕に向けて嫌らしい、悪意に満ち満ちた表情で信じられない言葉を発した。
一体この男は何を言っているのだろう。部下から上司へ向けてのパワハラなんて聞いたことがない。
そう言い返そうと思ったが、そういうこともあるのかもしれないと一瞬頭をよぎり、僕は黙ってしまった。
テレビのニュースでそんなようなことをきちっと髪形をセットしたアナウンサーが言っていなかっただろうか。
あるいは、一昔前はバラエティ番組で熱湯風呂に入っていた男が、似合わない真面目な髪形と取って付けたような
わざとらしいシリアスな言葉使いでカメラ目線で何か喋っていたような気がする。
そんなことを考えるために僕は黙ってしまった。
黙ってしまったことを、目の前の男は僕に勝利した、ととらえたようだ。
そこから、就業時間間際まで、2時間近くネチネチとした嫌みが続いた。
やれお前は仕事が遅いだの、やれお前は性格が暗いだと言われた。さっき僕は幸いにも勤め先はブラック企業ではないと
言ったがそれは間違いだったようだ。言い返すことのできない僕が悪いんじゃない、この会社が悪いんだ。
今日が週末というのもあり、禿げ頭の男は就業時間が少し過ぎたところで、俺は飲みに行くからと会社を出て行った。
お前は請求書を週明けまでに作っておけよと、僕に念を押して。
僕は、その言葉を無視して会社を後にした。
もううんざりだった。ろくな仕事が回ってこないくせに、自分のミスを擦り付ける人間がのさばるこの会社が。
普段は全くと言っていいほど酒を飲まない僕だが、今日は猛烈にアルコールの力を借りたい気分になり
会社から5つほど駅の離れた繁華街に繰り出した。

第三章 発見

慣れない酒のせいなのか、僕は気が付くと繁華街の裏路地にへたり込んでいた。
財布や携帯電話は無事だ。よかった。ケガも無いようだ。
一人で飲んでいてここまでの泥酔状態になることなど初めてだった。
よほど今日という日を、頭から消し去りたかったのだろう。しかし、ぐるぐると回る景色とは裏腹に
僕の記憶は消えてくれない。僕がもし、あのニワトリ頭の男ほどの脳みその持ち主であったならばもう忘れてしまったいるのだろう。
少し羨ましくさえなった。
いつまでもこんな裏路地で寝ているわけには行かないので、僕はふらつく頭を無理矢理起こして歩き出した。
今日はもう帰って寝よう。風呂にも入らずベッドで横になってしまえば、会社に行かなくてもいい明日がくるから。
そんなことを考えながら歩いているうちに、いつの間にか騒がしい繁華街を抜けたようだ。
足取りはかなり怪しい今の僕だが、現時点から家までのルートは正確に理解している。
僕には趣味といえるほどのものはないが、良く近所を散歩している。
散歩をするのは景色を楽しむためではない。妄想を膨らませながら徘徊するためである。
街中には情報があふれているので、家でゴロゴロしているよりも妄想がはかどるのだ。
だから僕は町の変化には敏感だ。潰れた店や新しく出来たコンビニの種類も頭に入っている。
そんな僕の記憶にない建物が右手に見えた。
そこは、幹線道路の高架下だが、やけに静かな場所だった。まるでそこだけ別世界であるが如く
音が切り取られているような気がした。
僕は思わず足を止めてその建物を眺めた。そこで初めて周りに人が誰もいないことに気が付いた。
人どころか車が通ってくる気配もない。
だが、僕は恐怖といった類の感情は一切感じることなく、その建物を観察していた。
その建物の見た目はまるで映画や小説で、大学生の主人公達が閉じ込められ理不尽な惨劇がくりかえされる。そんな陳腐なストーリーが展開されそうな
雰囲気を身にまとっていた。
しかし、高架下に立っている為、全体を俯瞰で見てみるとそのような雰囲気はかなりそがれており、ただ寂しいような、世界から取り残されているような、そんな雰囲気が漂っており
僕の目を惹きつけてやまなかった。
僕はフラフラとした足取りで、その洋館に近付いて行った。
入口までたどり着くと、そこに看板が立っていることに初めて気が付いた。
看板にはこう書いてあった。


”過去の自分とお話ししてみませんか?”


そして、そのすぐ上にこの洋館の名前らしき文字が黒い大理石の様なところに彫られていた。


”懐古屋”

第四章 入店

”懐古屋”と書かれたその表札はまるで老舗の料亭を思わせる書体だった。
なんだか洋館の外観の雰囲気と不釣り合いだな。と僕は思った。
そう思うと同時にそれらは僕の好奇心を掻き立てた。
ここはいったい何の建物なのだろう?店なのか?それとも怪しい宗教団体ではなかろうか。
そんな考えが僕の頭をグルグルと駆け巡った。
行動力のパロ―メーターが欠如している僕に、力を貸してくれたのは残留していたアルコールだろうか。
それとも、その洋館の雰囲気だろうか。
とにかく僕は自分でも思いがけず、勢いに身を任せて目の前の重たそうなドアに手を掛けた。
少し力を入れて手前に引く。
案の定そのドアは重量感があり、グッと力を入れて思い切り手前に引いた。
僕の目に飛び込んできたのはまた、外観の雰囲気とは不釣り合いな場所だった。
ふと実家の玄関を思い出すような、そんな日本人の情緒を揺り動かすものがある玄関だった。
入って左手には大きめの靴箱があり、その上には信楽焼の狸の置物があった。
その横には小さめの花瓶があり、その中には太陽の下がよく似合う時季外れの黄色の花が活けてあった。
しかし、玄関には靴は一足もなく、そこに生活感を感じさせてはくれなかった。
少し待ってみたが、誰も迎えてくれる様子はない。しかし、ここで奥に進む勇気は僕にはない。
ホラー映画の主人公なら懐中電灯片手に、進んでいくことだろう。
僕の冒険はここまでだな。帰ろう。そう思って振り返り再び重量感のある銀の扉に手を掛けたその時
後ろから不意に声をかけられた。
「こんな夜更けにどうされましたか?」
落ち着いた、しかし艶のあるそんな声が僕の背後から掛けられた。
僕は心臓が止まるほど驚いて、勢いよく振り返った。
その勢いで靴箱に左肩がぶつかったが痛みは感じなかった。
艶のある声の持ち主は、思わず息をするのも忘れてしまうほど綺麗な人だった。
これは僕に女性の免疫がないからという理由だけではないだろう。おそらく世の大半の男性は僕と同じような反応をするに違いない。
その艶やかな黒い髪に、タイトなスーツ姿がよく似合っている。スカートではなくパンツタイプであることも
より一層彼女の美しさを際立たせているように思える。
彼女は少し首を横に傾ける。それがどのような感情を表しているのか僕は一瞬理解できなかったが
すぐにハッとした。僕は彼女の質問に答えていないのだ。
僕は質問に返答しなければいけないことに気が付いたものの、返事をすることは出来なかった。
興味本位で扉を開けてしまったことを、なんと説明すればわからなかった。
そんな頭にふとよぎったのは入口に掲げてあった看板の文句だった。
過去の自分と話してみたい。僕は彼女の目を見て話せぬままそう言った。
すると、彼女は微笑んで、右手を長く続いている廊下の方に伸ばした。
「お客様でしたのね。こちらへどうぞ。」
彼女の笑顔は美しかった。しかし、どこか微かに恐怖を感じさせるものがあった。
それはまるで餌が仕掛けにかかった時の蜘蛛を思い起こさせるようなそんな雰囲気があった。

第五章 アンケート

微かに恐怖を感じるものはあったが、すぐに彼女の笑顔は聖母を思い起こさせる優しいものに変わったことで
僕は不安を頭から消し飛ばして彼女についていくことに決めた。好奇心が恐怖に打ち勝ってしまった。
彼女に続いて長い廊下を歩く。廊下のライトは感知式になっている様で、彼女の歩きに合わせて
次々と明かりが付いていく。振り返ると僕らが通り過ぎたところのライトは既に消えていた。
なんだか玄関がひどく遠く見えるな。そんなことを考えながら歩いていると不意に彼女が立ち止まり、こちらを振り返った。
「お客様。こちらの部屋でお待ちください。」
彼女は、また笑顔でそう言った。
彼女が手を差し伸べる方に目を向けると、そこには向かい合ってソファーが一組置いてあった。
ソファーの間には、木製の机が置いてあり、部屋の雰囲気を柔らかく演出していた。
僕が、部屋の中を覗くばかりで入室することをためらっていると、彼女が僕に向かってこう言った。
「お客様。大変失礼いたしました。わたくし当館の支配人でありますサクラダと申します。ご挨拶が遅くなりましたことお詫び申し上げます。」
「お客様にこの部屋でお待ちになっていただく間、簡単なアンケートに答えていただきます。そのアンケートに答えていただいた内容からお客様に最適な
 過去のご自分をわたくし共の方でお連れさせていただく運びとなっておりますので、どうかご安心してお席についてくださいませ。」
僕は彼女の言葉と差し出された手に誘導されるまま、不思議な雰囲気のするその部屋に足を踏み入れた。
そこは、ソファーと机以外には装飾品などは何もなく、がらんとした印象をあたえるものであった。
しかし、温かい雰囲気の木製の机とまるで外国映画で高貴な老人が腰かけるながら、美しい湖を眺めていそうな、そんな上等な雰囲気を醸し出す一人掛けのソファーのおかげだろうか
僕が腰を掛けたソファーの周りだけは寂しい雰囲気を感じることがなく、リラックスした精神状態を得ることが出来た。
僕がソファーに腰を掛けたことを見届けてから、彼女はこちらに向かい深くお辞儀をして部屋を後にした。
僕は一人きりになった部屋を見渡した。だが、特に何も装飾もないことを確認出来ただけで好奇心を満たすものは
なかったため、僕は机の上に目をやった。
机の上の紙を見つけたとき、僕は彼女の台詞を思い出した。
アンケートだ。彼女は僕にアンケートに答えるようにと言っていた。
そのころには僕の体からはアルコールは抜けており、かなり冷静な頭でアンケートの文章に目を通すことが出来た。
内容は想像していたものよりも普遍的な設問だった。

1.あなたが人生で最も印象に残っている出来事はなんですか?
  具体的なエピソードを書いてください。

2.あなたの人生においてやり直しがしたい時期はいつですか?

3.あなたが過去の自分にアドバイス出来るとしたらどのような言葉を掛けたいですか?
  ※時期や年齢等お書きください。

4.あなたが人生において大切なものは何であると考えますか?

ここまでの4つの設問は日常でこそ聞かれることはないだろうが、街頭アンケートなどにはあってもおかしくないような
ものだった。実際、このうち似たような設問をテレビ番組でタレントが答えているのを見たことがある。
その際、そのタレントの少女時代の写真が出てきて、貧しい生活ながら家族と仲睦まじく暮らしている様子が写っていた。
有名人となった今、父と母に恩返ししたいのだと涙ながらに語っていたことを思い出した。
僕にもそんな感動的なエピソードがあればよいのだが、生憎両親とはここ何年か会っていない。
だが、特に仲が悪いということでもなく、母からは偶に携帯に電話がかかってくる。
どんなことを答えたら良いのか。そんなことを考えていると4問目の少し下にもう1つ設問があることに気が付いた。
そしてそれは、とても奇妙な、僕には設問の意味するところがすぐには理解できないものだった。



5.あなたは過去の自分に会うことに同意しますか?  はい  いいえ

第六章 契約

5番目の設問に面食らったが、とりあえずすべての設問の回答することが出来た。

1.あなたが人生で最も印象に残っている出来事はなんですか?
  具体的なエピソードを書いてください。

  特にありません。

2.あなたの人生においてやり直しがしたい時期はいつですか?

  高校生活
 
3.あなたが過去の自分にアドバイス出来るとしたらどのような言葉を掛けたいですか?
  ※時期や年齢等お書きください。

  行動力をつけること。高校生~社会人になるまでの間の自分

4.あなたが人生において大切なものは何であると考えますか?

  何かに熱中すること。だが、自分にはそれが足りていない。

5.あなたは過去の自分に会うことに同意しますか?  はい  いいえ

あまり具体的に回答することが出来なかった。具体的なエピソードが出てこないことが僕の今までの人生を表しているような
感じがして僕は少し落ち込んだ。
ただ、やり直すとすれば青春時代。高校生活かな。部活は剣道部に所属していた。
剣道部といえば体育会系で厳しいといったイメージだろうか。
しかし、僕の高校は誰もが1つは部活動をやらなければならない決まりになっておりあまり部活動に熱心ではない生徒が
入部する部活として剣道部は有名だった。
だから例に漏れず僕も、さぼりたいときは部活をサボり、友人とゲームセンターで遊んでいた。
それだけ聞けば楽しそうな高校生活に聞こえるが、僕には何かに熱中した記憶がないのだ。
勉強もそこそこしか出来ず、部活動にも没頭せず、ただ怠惰に日常を送っていただけ
当然そんな面白みや魅力の欠片もない人間に恋人など出来るはずもなく、ドラマや漫画の中の高校生活は
まさに別世界の出来事でしかなかった。
そんな自分でも大学生になり、自由という名の隠れ蓑が出来たことにより何者にもなれない自分を隠して生きることが出来た。
こんなものなのだと。みんな僕と大差ないさ。そう思っていた。そう思っていたかった。
思えばあの4年間は幸せであったのかもしれない。現実と向き合うことなく生きることが出来たのだから。
そんな自由に囲まれた4年間はあっという間に終わりに近づき、僕は人並みに就職活動を行った。
そこで僕は自分が周りの同世代の人間と比べてなんとも魅力に欠けた人間であることを否応なく認識させられる
ことになるのであった。面接時に聞く同級生の自己PRはなんとも魅力的で面白い話が多かった。
ある者はバイトリーダーとして、飲食店の売り上げアップに貢献したといい、またある者は海外ボランティア団体に所属して
おり海外の貧しい地域に学校を建設するプロジェクトに参加して現地の人に大変喜ばれたことが誇りだと言う。
テンプレートな自己PRだ。とバカにする者もいるだろう。それでも僕にとっては羨ましかった。
そんな生活を送るうちに僕には自分が何かに熱中した経験が圧倒的に不足していることに気づく、そしてそれは
青春真っただ中にあった高校生活を充実させることが出来なかったツケが回ってきたのだとそう結論付けるに至った。
だからやり直すとすれば高校生活だ。そして何か熱中できるものを見つけたい。行動力が欠けている自分を変えてみたい。
だからこそ、一見意味の分からない奇妙な5番目の設問にも「はい」に〇を付けた。この設問が何を意図するものなのか。
それはよくわからないが、「いいえ」に〇を付けてしまえば2度とないチャンスを棒に振ってしまう予感がしていた。
すべての設問に回答してしばらく待っていると不意に入口のドアが開いた。
そこには僕の予想していた人物は立っていなかった。小学生高学年くらいの年頃だろうか、こちらもまた顔立ちの整った
女の子がこちらを向いて笑顔で立っていた。
その子は、ドアを閉めてこちらに一度深くお辞儀をしたのちこう言った。
「おきゃくさま。あんけーとにおこたえいただきましてまことにありがとうございます。」
「あんけーとをかいしゅうさせていただきます。あんけーとのなかみをよませていただくあいだわたくしヤナギダがおはなしあいてを
 おつとめさせていただきます。」
一生懸命覚えたのであろう、しゃべり方はぎこちないが与えられた仕事を全うし彼女は満足そうな表情を浮かべた。
それからその子は、台詞通り僕が記入したアンケートを回収して、ドアを開けた。
ドアの外には誰かいるのであろう、姿は見えないが彼女の様子から、大人の背丈ほどの人物であることは伺えた。
アンケートを渡し終えると彼女は、再びドアを閉めてこちらに向き直り微笑みを浮かべながら僕の目の前のソファーに座った。
大人が座ることを前提として作られたであろうそのソファーに座る彼女の足と床の間には、大きく空間が出来ており
それがとても可愛らしく思えた。
目の前の彼女は先ほど長台詞を棒読みで唱えていた人物とは同じ人間とは思えないほど、無邪気で自然な笑みを浮かべ
足を前後に揺らしながら楽しそうにこちらをじっと見つめていた。
僕は、小さい子供が苦手だ。可愛らしいとは思うし、目の前の少女も見ていて微笑ましいが、行動に一貫性の無いところや
感情の起伏が激しいところなど子供特有の特徴をどの様に扱えば良いものか分かりかねるのだ。
だから、今回も僕から声をかけることが出来ずにいると彼女から話しかけれた。
「お客さま。お客さまは人生って楽しい??」
・・・楽しい?楽しいなんて考えたこともなかった。そう答えた。
「そうなの・・・ここに来る人はね。楽しそうな人か、悲しそうな人しか来ないの。」
どういう意味なのだろう。人生を謳歌している者と人生に絶望している者。そういう事を言いたいのだろうか。
「楽しそうな人は楽しい過去の自分と話すの。悲しそうな人はもっと悲しい自分と話すの。」
「お客さまはどっちなのかな。」
彼女は相変わらずの笑顔で足をブラつかせながらそう言った。
僕は後者だろう。少なくとも人生の成功者ではないのだから。
僕は、過去の自分と喋った人間はその後どのような人生を歩むことになるのか気になり彼女に尋ねた。
「・・・それはしらないわ。」
どうしたことだろう。今まで笑顔を絶やさず話していた少女の顔が一瞬引きつったように見えた。
何故この質問をはぶらかすのか。僕は一抹の不安を覚え、再び尋ねようと思ったその時、入り口のドアが開いた。
そこに立っていたのは、この部屋まで案内をしてくれた女性だった。
「お客様。準備が整いました。まもなくお客様のご所望される過去のご自分をお連れいたします。」
それから彼女は、こう言った。
「ヤナギダ。もういいわ。あなたは下がりなさい。」
その言葉を口にした彼女の表情は少し冷たい人間のそれに見えた。
下がれと命じられた少女は、急いでソファーから飛び降り、一度もこちらを振り返ることなく部屋を後にした。
何なのだろう。僕は急に言いようのない不安に駆られた。
そういえば、アンケートに答えている途中から何か違和感を感じていた。何だろう。
急げ。考えろ。彼女の口ぶりから察するに、過去の僕とやらはもうすぐここに来るのだろう。
その時には手遅れになるに違いない。・・・なぜそう思うのだろう。
そうか。契約だ。僕も社会人だ。商売というものは相手があってこそ存在するものだとわかっている。
双方にそれなりの利益が無ければ、契約など成立しない。しかし、あのアンケートには僕の要望しか書かれていない。
それなのに最後の設問には同意書にサインをしたとも取れる一文があったではないか。これは、何かの契約なのではないか。
そうだとすれば、その契約の代償とは何だ。
僕は急に、とても恐ろしくなり入口の扉を開けたままの状態で立っている彼女に尋ねた。
僕のこの不安を解消する答えを期待して。
しかし、僕は頭のどこかでは理解していた。契約とは、双方の利益の上に成り立つ制度であるということに。

第七章 対面

目の前に座っている人物に、僕が抱いている感情をなんと表現すれば良いのかわからなかった。
強いて表現するとすれば、懐かしいという感情の中に恐怖や戸惑いといった感情が入り交じり、その結果として
僕の感情を制御しているどこかの器官がオーバーヒートしている。こうして頭を巡らせることで辛うじて思考が冷却水の代わりを
果たし、感情の暴走を抑えている。そんな状況だ。
・・・先ほど、彼女に契約についての質問した。そしてその回答は僕の頭をパニックにするには充分な情報であった。
だが、彼女曰くここまで来てしまった以上、否、この洋館に入ってしまった以上、契約の解除は不可能であるとのことだった。
クーリングオフなどが適用される場所ではないことは、言うまでもない。
しかし僕の性格は、こんな状況でさえ感情に身を任せて荒々しい行動をとることを許さなかった。
普通の人間なら泣き叫んだり、目の前の女性の胸倉につかみかかり怒鳴り声を上げたりするのだろうか。
普通の人間の定義とは何なのか。それはわからないが、この状況で感情を露わにしない自分は特殊なのだろう。そう考えることにした。
僕はしばらく考え込んだ後、契約の代価の支払を避けることをあきらめた。そしてこの契約の報酬が支払う対価に見合うものであると考えることにした。
きっとそうだ。契約とは、双方の利益の上に成り立つ制度であるのだから。・・・そうあってほしい。
・・・そして、目の前には、高校生の自分が座っている。彼は、こちらを見つめているその顔には覇気がなく、およそ思春期という
情熱的なものの想像を掻き立てる言葉には相応しくない少年だった。
僕は彼に苛立ちに近い感情を抱いている自分に気が付いた。これは自分で自分が許せないという表現に当たるのだろうか。と
考えていると、彼が口を開く。
「あ、あなたは誰ですか?というかここは何なんですか?部活の帰りにいきなり気を失ったと思ったらここにいて。」
「あなたが僕をここに呼んだのですか?あのきれいな女の人にソファーに座ってあなたと話せばわかるって・・・」
彼はオドオドしながら話す。目の前の大人の表情を伺いながら話しているのだろう。
無理もない。誘拐か何かだと思っているはずだ。少なくとも彼の日常の出来事からは大きく外れている。
僕は彼に落ち着くように促した。僕もこの部屋に閉じ込められていて君と一緒の状況であること。
ここで君と会話をすれば開放されると言われていると嘘をついた。
人間、嘘をつこうと思えば案外スラスラ出てくるものなんだな。喋りながらそんなことを考えていた。
彼は自分と同じ状況に置かれた大人がいると知り、少し落ち着いたようだ。しかし、すぐに知らない大人の男性を向かい合わせで座っている
ことに居心地の悪さを感じたのだろう。装飾品など何も無いこの部屋を、見まわしたり木製の机の模様を見つめたりしていた。
ここは僕から話しかけなれば、この状況がいつまでも続いてしまうだろう。
僕は先ほどの少女のと会話を思い出し、彼に君は今人生に満足しているか尋ねてみた。
彼は苦笑いを浮かべ、少し考えたのちに分かりませんと答えた。まあそうだろう。
それは人生に満足していないということだよ。と彼に伝える。
少し、僕のことを怪しい人間であると思ったのか、彼は怪訝な表情を浮かべる。
面倒くさい少年だ。昔から人を信じるより、疑う方が得意だった。だからこそ人生で大きな損をすることを
避けてこれたのかもしれないが。だが同時に大きな成功も収めることが出来ていない原因なのかもしれないな。
僕は、彼を安心させる為に自分は精神科医であると嘘をついた。君がこの異常な状況下でどのような精神状態にあるのか僕は理解できると
PTSD などと目の前の自分が生きていた当時、一般に認知されつつあった言葉まで用いて僕は彼を騙した。
自分で自分を騙すことは、それほど難しいことではないらしい。この疑り深い少年は僕を親切な、そして自分と同様に
不幸な目に合っている精神科医であると信じたようだ。
質問を続ける。君の人生を満たすために欠けていることは何か聞いてみた。
「・・・幸運でしょうか。」
彼は、そう言った。僕の予想を裏切る回答だった。
現在の僕は、自分に欠けているものは行動力だと考えている。
それは自分に非があるから、魅力のない人生が出来上がっているのだと認めているということになる。
しかし、高校生の彼は悪いのは自分ではないと考えているようだ。再び苛立ちを覚えたがすぐに
冷静さを取り戻した。僕だって、仕事が上手くいかないことを会社のせいにしているじゃないか。
そこで僕は彼に運といった外的要因ではなく、自分自身の内的要因として何か挙げることは出来ないか。そう尋ねた。
彼は、しばらく考え込んでいたがやがて何かを思いついたように目を見開いた。
「努力・・・だと思います。」
考えこんだ結果、何とも陳腐な回答になったもんだ。高校生というものはこれほど稚拙な思考回路をしている
ものなのか。自分自身に失望していても、何も始まらないので、誘導尋問を仕掛けてみようと思った。
なるほど、努力か。それは、具体的に何を指しているのか。何か一つの事を熱中する経験のことを指していたりしないだろうか。
慣れないことはするものではないな。自分でやっていて不自然極まりない誘導の仕方だ。
次の手を考えようかと思っていたが、彼の表情を見ると案外そうでもないらしい。
なるほど。これが赤の他人であったとしたら、この表情について誤解や理解の不足を招くのだろう。
彼は最初から、何事にも熱中できない自分に気づいていたのだ。そして、そんな自分に不満も持っていた。
その事に気づいているが、自分の無限の可能性とやらを信じてみたいという自分を捨てられずに、自己を否定する考えを
頭から消し去ろうとしていたのであろう。それについては、理解できる。というか、実際高校生の時はそのような考え方であったことを
思い出していた。確かに自分の未来を否定するには早い。事実僕は高校生の自分に自分を変えることが出来る力があると
そう思ったからこそ、この契約を履行しようを決めたのではないのか。
目の前の少年は稚拙な思考の持ち主なんかではない。ただ自分の未来を信じたい少年じゃないか。
僕はソファーに座り直し、改めて心身ともに彼と真正面から向き合った。
何か分かったようだね。と彼に尋ねる。彼は頷く。
「僕は、今までなにかに熱中したことがないんです。周りの友だちは部活に一生懸命になっているけれど、僕はそんな気にもなれず、
 あ、部活はしてますよ。剣道部。でもそんな、真面目じゃないってゆうか、何か・・・そんな感じで・・・」
「あの・・・先生って呼ぼせてもらったらいいのでしょうか。」
僕は黙って頷く。
彼の口からは言葉がとめどなく溢れる。僕はそれを頷き、受け止めてやる。
「でも、何をすればいいのかわからないんです。何が自分に足りないのか分からないんです。」
「勉強?それとも部活?あ、バイトとかもあるのかな・・・」
「先生、僕はどうしたらいいんでしょうか。このままだと面白くない大人になってしまいそうで。怖くて。」
僕は、面白くない大人というワードに少し身体が冷える思いがしたが、我慢して彼の言葉を聞き続けた。
「遊び惚けられるほど僕は不良じゃないし、そもそも親や大人の目も怖いから目立たない真面目な生徒でありたいっていう気持ちもあるんです。」
我ながら、これほど自分の気持ちを大人に向かってぶつけることの出来る人間だと思っていなかった。
これは僕が彼自身だから、無意識のうちに彼に安心を与えているのだろうか。それともこの不思議な雰囲気の漂う洋館の力なのだろうか。
僕は少し考え込んだ。ここまで自分が真剣に悩んでいると思っていなかった。正確には覚えていなかったということか。
何をこの少年にアドバイスすれば良いのか。僕はこれから彼に、そして自分自身に訪れるであろう出来事のことを考え、悩んだ。
そして、1つの結論を出した。
自分が今したいことをすればいい。そうすれば自ずとやりたいことが見つかるはずだから。と彼に言った。
そう言っているうちに僕は、自分自身の顔が紅潮していないだろうかと思った。
なんと恥ずかしい、ありふれた面白くない台詞なのか。・・・やはり僕は面白くない大人だ。
彼の表情からも目の前の大人に対する、失望の念が見て取れた。
このままでは、僕は彼を変えてあげることが出来ない。どうすれば良いのか。思考を巡らせる。
ふと僕の頭の中に、一人の人物の顔が浮かんだ。
僕は彼にこう続けた。
君には、想い人はいないのかと。
目の前の少年の表情から察するに、心当たりがある人物が思い浮かんでいるのだろう。そして、その人物は今現在、未来の自分の頭にも
浮かんでいるということを彼は知る由もないだろう。

第八章 履行

その後、彼と彼女について話をした。恋愛経験もないくせに、大人として知りえた情報をフルに生かして彼に
アドバイスをした。役に立つかどうかはわからないが、少なくとも彼の自信の糧にはなり得たようだ。
恋愛に熱中しろというアドバイスがしたかったわけではない。自分を肯定してくれる存在を見つけてほしかったのだ。
僕はこれまで、自分を否定することが多かった。それは、間違ってはいないと思っているし、後悔などしていない。
ただ、目の前の少年にはまだ自己否定に浸るのは早すぎる。そこで安っぽい発想かもしれないが、お互いに肯定しあえる
存在を見つけることが、ひいては僕に欠けているものを補うことが出来る近道ではないかと思ったのだ。
残念ながら、この恋が成就するとは思えない。僕には悪いが相手はいわゆる高嶺の花だ。しかし、その経験がきっと僕を明るい未来へ導いてくれるのではないか
僕はそんな気さえしている。もしかしたら、失恋をきっかけに何か夢中になれること見つけることが出来るのではないか。
そうすれば、僕の思惑通りだ。僕は自分が少し微笑んでいることに気が付いた。
僕と彼、2人とも笑顔になったそんなとき、入り口のドアが開いた。そこに立っているのは、例の美人だった。
彼女は高校生の僕を迎えに来たのだと告げた。僕はまだ彼と話をしたかったが、我慢して彼に離席することを促した。
彼も名残惜しそうだったが、流石は気弱な僕だ。大人の指示にはよく従う。
彼は、部屋を後にする際、僕にこう言った。
「先生、ありがとうございます。僕、頑張ってみます。なんでだろう、先生のアドバイスって適格だなって納得できちゃうんですよね。
 学校の先生にはそんなこと思ったことないのに。きっと先生は有名なお医者さんなんですね。・・・名前は教えてくれないですよね。」
僕は、彼に謝った。僕はもう彼に、いや自分自身にどんな小さい嘘でもつきたくなかった。だから名前は言えない。
「いえ、そんな。何故か僕と先生ならまたどこかで会える気がしてます。なんででしょうね。てか、僕結構恥ずかしいこと言ってますね。」
彼は照れ笑いを浮かべながら、そう言った。
僕は黙って微笑むことにした。僕はもう嘘をつきたくない。
僕は部屋を出ようとする彼の背中に、声を掛けた。
がんばれよ。君はきっと素敵な大人になれる。と
これは断じて嘘ではない。僕の本心からの言葉だ。
彼は大きく頷いて、部屋を後にした。
僕は再び部屋に一人残された。
あの美人な支配人は僕も迎えに来てくれるのだろうか。それとももう誰もこの部屋に現れることはないのであろうか。
どちらにせよ、僕を待ち受けている運命は一つだけだ。契約の債権履行は果たされた。
今度は僕が債務履行を果たす番だ。僕がそんなことを考えていると、再び入口のドアが開いた。
そこには例の美人の支配人が立っていた。彼女は僕を玄関口で案内した際と同じ笑顔をその整った顔に貼り付けていた。
「お客様。先ほど過去のお客様には無事に元の場所にお戻りいただきました。」
良かった。これで彼の人生はこれからも続いていくだろう。彼のここでの記憶はどうなるのか、彼女に尋ねてみた。
「過去のお客様は今日の出来事をすべて覚えていらっしゃいますよ。ご安心ください。」
僕は、過去の自分が自分がやらなければいけないことは覚えているが、なぜそれを覚えているのか分からない。といったような
映画などでよくある展開を少し期待したが、そのようなことは無いようだ。
まあ、今日の出来事を過去の僕が誰かに言いふらすとは考えにくい。大丈夫だろう。
「お客様にはこのまま、この部屋で過ごしていただきます。その他にわたくし共からお客様に求めることはございません。
 ただ、この部屋で過ごしていただければよいのです。」
僕は、彼女の顔を見ないまま話しを聞き、頷いた。
彼女が僕に向かって深くお辞儀をして、部屋を後にするのを僕は視界の端でとらえていた。
僕は黙って天井を見つめた。僕はこの債務から逃れようなどとは考えない。
なぜなら、それは契約の不履行に当たる。それは、ひいては過去の僕に迷惑をかけることになるに違いないと確信しているからだ。
僕はこのままこの部屋で過ごす。
そう言えば、この部屋に案内される途中、同じような部屋がいくつもの並んでいたな。と思い出した。
そして、その部屋の中の状況を想像したとき、僕は全身が泡立つのを感じた。

最終章 未来

本日は晴天なり。今日はそんな言葉がとても似合う空模様だ。そして空は、僕の今日の心を映しているようにも思える。
だが、本日は晴天なり。とは本来無線用語であり、その日の天気に関係なく頭につける言葉であると雑学本で読んだことがある。
どこかで聞いたことがあるが、詳しくは知らない言葉。そんな言葉を調べることが好きな僕は今日から出版社に勤める。
ズボンの右ポケットから機械的な振動を感じた。ポケットに手を突っ込み、スマートフォンを取り出す。
画面には、高校時代から付き合っている彼女からのメッセージが表示されていた。
お互い新社会人として頑張ろうね。という内容の短めの文章と、最近女の子の間で人気のキャラクターがガッツポーズをしている
絵文字だった。
僕は短めに返信をして、スマートフォンをポケットにしまいながら、彼女と付き合った頃のことを思い出していた。
その頃、僕は不思議な体験をした。突然部活帰りに拉致されたかと思えば、精神科医を名乗る顔色の悪い男性との会話を強制されたのだ。
しかし、はじめは怪しく思えたその医者のいう事には妙な説得性があり、僕が人生について考え直すきっかけを作ってくれたのだ。
僕はその男性が有名な精神科医だと思っていたが、調べても一向にその男性にはたどりつけなかった。もしかすると身分を詐称していたのかもしれない。
とにかく、その不思議な体験の後、僕はその自称精神科医のアドバイス通り、以前から気になっていた女子、今の彼女にアタックした。
彼女は学内でも人気が高く、男女問わず友人が多い人だった。そんな彼女と恋愛関係になることが出来たのは僕は奇跡だと思っている。
だが、彼女に言わせると不器用ながら、話しかけてくるところを可愛いと思ってくれたらしい。
それから、僕は彼女や彼女の友人の影響を受けて、行動力を上げていくことが出来た。
今まで、休みがちだった剣道部にも毎日参加するようになり、今での町の道場に通っている。この夏に3段への昇格を
かけた試験も控えている。
勉学についてはそれほど励んだわけではないが、大学に進学してからも自分の興味のあることを進んで勉強するようにした。
そんな生活が日常となってきたころに、就職活動の時期がきて、僕も皆と同じく自己PRの文章作成に勤しんでいた。
そんな中、就職活動の方針のことで相談しに行った就活アドバイザーに僕の普段の行動パターンを伝えたところ
君には人よりも多い知識欲を持っていると言われ、マスメディアへの道を進められた。僕は、テレビ局や新聞社といったいわゆる
世間がイメージするマスコミがあまり好きではないので、最初は受けるつもりはなかったが勧められた手前、業界研究をしていると
出版社にたどり着いた。出版社なら、ジャンルが多岐に渡るので世間の大人達の野次馬根性を満たすだけの情報を集めた記事ではなく
本当に僕が調べたい、そして本当に世間に知ってもらいたい記事を書くことが出来るのではないかと思い就職活動を行った。
そして、今日から僕はここ☆☆出版社で記者人生を始めることとなる。



なめていた。この業界には酒の席の付き合いが多いとは聞いていたが、入社1日目からここまで飲まされる羽目になるとは。
しかし、上司や同僚は優しそうな人たちが多かったので入社前に抱いていた不安は幾分か払拭されていた。
僕はふらつく足取りで帰路に向かう。この辺りの地理は頭に入っているのでたとえ酔っていても、家までの道は間違えない自信があった。
僕には趣味らしい趣味はないが、散歩が好きでよく近所を彼女と散歩している。
散歩をしていると忙しい日々の中では見つけることが出来ないものを発見できるからだ。
この間は、1人で散歩している時に普段は入らない裏道で美味しそうなカレー屋を見つけた。今度、彼女を連れて行ってみよう。
そんなことを考えながら歩いていると、僕はふと見たことが無い建物があることに気が付く。
そこは、幹線道路の高架下だが、やけに静かな場所だった。まるでそこだけ別世界であるが如く
音が切り取られているような気がした。
僕は思わず足を止めてその建物を眺めた。そこで初めて周りに人が誰もいないことに気が付いた。
人どころか車が通ってくる気配もない。
その建物の外観は、おびただしい量のツタが巻き付いており、異様な雰囲気を放っていた。
こんなところにこんな洋館があっただろうか。幽霊でも出てもおかしくない雰囲気だ。
僕はなんだか怖くなってきた。しかし、僕の好奇心は逃げることを許してはくれず、その洋館に向けて
歩みを進める。その建物には看板が掲げられていた。
しかし、その看板には何も書かれていなかった。何だろう。昔、営業していたホテルか何かだろうか。
重そうな入口のドアもさび付いており長い間、人の出入りが無いとこを物語っていた。
満足のいく答えを得ることが出来ず、僕の好奇心はお預けを食らったままだったが、先ほど部長に飲まされた
日本酒の味が喉までせりあがってきたので僕は、急いで自宅へ向かうことにした。

その日を最後に、その不気味な洋館を目にすることはなかった。彼女にそのことを話してみたが
それは酔いのせいじゃない?と笑われて一蹴されてしまった。
そうなのだろうか。それにしては鮮明に覚えているのだが。
そんなことを考えていると横に立っている彼女に腕をつつかれた。横を見ると彼女は少しむくれた顔をしていた。
今日は、初めて彼女のご両親に挨拶に行く日だった。そして今、まさに玄関前。
急に緊張が込み上げてきた。何て自己紹介しよう。彼女のお父さんにおとうさんと言っても良いものなのだろうか
そんな僕の逡巡を察したのか、横の彼女は悪戯っぽく微笑んだ。僕もそんな彼女の表情を見て少し緊張が和らいだ。
なんとかなるさ。今日もきっといい1日になるに違いない。
そう思いながら、僕は桜田と書かれた表札の横の、チャイムを押した。

懐古屋

懐古屋

自分に自信が無い男。そんな男の前に不思議な洋館が現れる、そこには過去の自分と会話することが出来るという謎の美女がいた。 果たして、彼を待つのは明るい未来なのだろうか。 初投稿です。気楽に読んでもらえると大変嬉しいです。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-03-24

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