あの頃の約束

桐谷 迅

  1. 前編
  2. 後編

前編

 秋の風なんて感じることなく、妄想に委ねるままこの季節を迎えていた。何故か懐かしくも切なくなるこの季節。いろんな意味で。
 そして、この季節と言えば、ビックイベントが待ち受けている。

 クリスマス。

 それは地獄とも言える日である。
 両親は運が良く、クリスマスに結婚式を挙げれたこともあり、結婚記念日が重なっているため、丸一日家を空ける。妹はと言えば、誰かしらのクリスマスパーティーに参加し、誰かの家に泊まってくる。
 そして、残された僕は相変わらずのクリボッチなんていう汚名を背負っているわけで、毎年悲しく家に引きこもっているわけだ。

 中学時代、オタクを丸出しにしてしまい、高校へ行ってもたまたま同じ中学の奴が言い振り回してくれたおかげで、オタクキャラが定着してしまった。
 勿論、オタクに対しての世間の風当たりは非情とも言える程で、青春など謳歌させてくれやしない。なんていう現実から今年こそ脱するために友達作りの努力をしてみたのだが。

「よーし、この季節がやって来たぞ。皆の者、準備はいいか?」
「勿論だとも」
「では、アニ研の名にかけて当たれ」

 結局、行き着く先はここだった。

 わざわざ大袈裟なセリフをかまし、キーボードが壊れそうな勢いでエンターキーを押す。

「来いっ」

 ここにいる誰もが目を瞑り、祈る中、緊張のロードタイムが始まる。
 ピリつく空気に、僕も手を合わせ、ひたすらの祈りを捧げた。
 バーが少しずつ進むたび、胸の鼓動が伝わるような感情に見舞われる中、百パーセントを示した途端、一瞬で画面が塗りたくられ、文字が表示されると、音声が流れ始める。

『おめでとうございます。クリスマス特別ライブに当選しました。以下の方法のうち、いずれかで料金をお支払いして、チケットを購入して下さい。クリスマスでお会いしましょう』

 盛大なサウンドと共に、流れたキャラの音声が興奮を促した。

「当たりましたね。部長」
「あぁ、良かったな……って、おい待て、全部が当たったわけじゃないぞ」
「えっ?」

 そんな歓喜は部長の声で、張り詰めた緊張に逆戻りする。

「えっと……一〇七八二、一〇七八四が不当選だって」
「誰の番号?」

 スクロールした場面に、キャラが泣いている画像と共に書いてあったのは『以下の番号は客席の数の関係で、不当選となってしまいました』だった。
 二人連れていけないという気まずさが部室に流れ込む中、名簿を取ってきた副部長に名前が挙げられる。

「雪道と、浅山だ」

 自分の苗字を呼ばれ、心にあった嫌な予感は見事的中。姿を潜めていた希望はいとも容易く壊されてしまった。だが、慰めの言葉はこちらには回って来ず、二年生の浅山先輩へとかけられる。

「残念だ。部で最後のクリスマスライブだったのに」
「去年もだったんですよね。心中お察しします」

 そんな中、本人は平気そうな笑顔を見せる。

「別に気にすんなって。部活では行けないが、まだライブ自体にはいけないわけじゃない」

 すると、先輩はポケットからスマホを取り出し、そこに映されていた画像をみんなで見る。

「えっと……。『当選おめでとうございます』って、どういうことだ!」
「こんなこともあろうかと、うちの弟の名前を借り、応募していたんだよ」
「えぇ、先輩。俺らの心配を返してください」

 まぁ、そうなると思っていた。途端に向けられる視線が辛い。

「あっ、雪道……。残念だな。だが、お前には来年があるんだ」
「……はい」

 そういった気遣いをしてくれるのは嬉しいが、一人省かれるような感じになると、自分だけでなく、周りまで気まずくなる。
 さっと、喜びのムードを邪魔しないように荷物をまとめ「すいません、ちょっと今日は親が仕事で遅いそうなので、早めに帰らせていただきます」と残して、部室から立ち去った。

 イヤホンから音楽を流し、自転車を押していると、この気持ちを煽るかの如く、寒さが衣服をすり抜け侵食してくる。
 かといって、やけくそに自転車を飛ばしてみれば、見ようともしていなかったカップルがイチャイチャしているのが目に入ってしまう。
 追い討ちをかけるように、駅付近の歩道に差し掛かれば、仲がよさそうな学生集団が楽しそうにくっちゃべりながら道を埋め尽くし、速やかな帰宅を妨害していた。
 あまりの切なさに涙も出……るわけなく、代わりにネットの海に潜り込む。
 スマホとタブレットにゲーミングPCを同時並列で操っていく。
 「クソリア充どもが」なんてボヤきながら、男女で楽しんでいるグループへと勝負を仕掛け、片っ端から倒していった。フレンドから送られて来るのも「カップルキラー」だの「リア充キラー」だの、煽り立てるメッセージばかり。
 正直、逃げなのだとは分かっているが、何も得ることのできない今を過ごすにはこうするしかない。

「ゲームばっかりしてないで、勉強しなさいよ」

 リビングから母の声が聴こえるが、「そんなの学年5位の俺に言わないで、学年百六十七位のバカな妹に言ってくれ」なんて言い返して、画面へと集中する。

 こんな具合で早くも十一月の最終週を終えてしまったのであった。

✳︎

 十二月の第一週目の平日四日間で憂鬱なテストを終え、十一月の外部研修による振替休日の金曜日を迎える。
 珍しく平日の休みとあって、うちの学校の生徒は近場のカラオケやらなんやらを占領したりと楽しそうにしている。
 一方の僕は引きこもってゲームを満喫していた。が、楽しいわけではない。
 朝食もとらないまま、ゲームに熱中し、頭が火照るようにクラクラなったらキッチンへ行き、ピザを焼いて、コーラと一緒に胃袋に詰め込んだ。
 普段、車でも三十分はかかる登校を、心臓破りな近道を使って、二十分間爆走しているだけあり、休日に不健康な食事をしていてもへっちゃらだ。
 なんて思ってた矢先、案の定仕事場にいる母から『不健康な食事をしないで、お金置いてあるからちゃんとした食事をとりなさい』とメッセージが来る。
 すぅっと通知から消そうとした時、二件のメッセージが入っていたことに気づく。
 勿論、そのうちの一つは今さっきの親からのものだったが、もう一つは身に覚えのない。身内であれば無意識に通知ごと消しているが、そうでないらしい。
 指紋認証を通過し、アプリを開いてみると、アニメ画像のアイコンをした奴から『残念だったな。でも安心しろ! 楽し……』なんて書いてあり、既読することもなく、閉じてしまった。
 だが、あんなメッセージが来てしまっては少しむしゃくしゃした気分から解放されたい気分になり、勢いで財布とスマホ、家の鍵を小さいかばんに詰め込むと、それなりにダサい私服を着て、自転車を飛ばした。行き先は、少し離れた大型ショッピングモール。
 爆走して着くと、神速と言わんばかりの速度で菓子屋へと駆け込み、大好物のグミを十袋購入して、店前のイスに座り、軽い荷物を重量感がある音が鳴るほど強く放ると、一袋一気に食べる。

「くっそ、どいつもこいつも、神様仏様まで見放しやがってよ。僕が何をしたっていうんだよ」

 やけくそに頬張り、思い切りグジグジ呟いてみる。
 スマホのソシャゲのガチャ結果も最悪だ。
 ふと、周りを見渡してみると、うちの学校の生徒や大学生やらという若者が楽しそうに歩いていた。
 ため息をこぼし、逃げるように反対を向く。

「ため息なんかついて、どうしたの?」
「あぁ? いーだろ、別に。迷惑になるものじゃあるまい……」

 懐かしい感じの声に、気軽に、適当に答える。だが、そこまで言ったところでようやく違和感を覚えた。
 僕はやけくそになりながら一人でここまで来て、一人でグミをやけ食いしていた。
 なのに、今、目の前には自然と誰かが座りながら、僕の買ったグミを一緒に食べていた。それも女子。そして、バックについている定期を見る限り、同じ高校の同学年。

「う、うおぉっ。お前、誰だよ。んで、なんでここにいるんだよ」

 そんなことを頭で理解した瞬間、驚きのあまり軽く後ろに飛び下がってしまう。

「ひっどいなー。同じ高校で同じ学年で同じクラスの可愛い女子のことがわからないなんて」

 その声をはっきりと聞いて、顔を少し見るとようやく彼女について思い出した。

「……な、なんで、篠崎さんが……」

 クラスで割と美人なのに、恋愛経験なしという意外な人物だ。ただし、クラスの中心の一席に座る要人でもある。まぁ、そのせいで少し上から目線なところが玉に瑕なんて噂だ。

「な、何の用があるかは知りませんが、か、帰ります」

 急な展開に正気になると、即座に荷物を拾い上げ、帰ろうと立ち上がる。

「ちょっ、ちょっと待ってよ。用がなきゃ来ないって」
「じゃ、じゃあ何の用ですか?」

 出来る限り脊髄反射で返す。話さないことを意識しておく。そうだ、話してはいけないんだ。
 それこそ、こういう人は、同じ空気を吸うというだけでも罪と言われ、思いっきり踏みつける。
 いや、マジで怖い。

「一人で遊びに来たんだけど、帰りの分のお金がなくなっちゃって、困ってるんだよ。何でもするから、貸してくれない?」
「はい、千円です。別に何もしなくていいし、返さなくてもいいので、僕は帰ります」
「えっ?……」

 バッと野口英世が描かれた紙くずを差し出し、再度荷物を持って席を離れようとする。これ以上の面倒はごめんだ。

「ちょっ、ちょっと待ってよ!」
「これ以上、何も出来ませんって。それに誰かと一緒なんでしょ? だから帰ります」

 そこまで言った途端、「あっそ」と声が漏れることなく、口が動いたのを確認すると、とっととその場から立ち去った。
 多分、普通の男子でいつもある程度話している仲柄の人ならその言葉に罪悪感を持ち、その場で謝って話が進むのだろうが、生憎僕は疎遠の相手に対して、ご機嫌とりをするようなお人好しではない。
 だが、一瞬見えた表情にはどこか変な暗さがあったことだけは忘れることなどなかった。

 そのまま大型ショッピングセンターの中心部である食料品売り場へ行き、安価な缶のドクターペッパーを買うと、自転車置き場まで行く。
 乾く喉を一気に潤し、ひとしきり飲み終えて、近くの自販機の側にあるゴミ箱に捨てると、自転車置き場に見覚えのある影が見えた。
 そして、その側には怪しげな人影もある。
 なにやらお取り込み中のようだ。全く、こっちからすれば自転車を出すのに邪魔なだけなのに。

「はぁ……」

 今日だけでため息を何回ついて、何度幸運を逃しているのか。もはや数え切れないレベルになっている。
 これじゃあ気晴らしもへったくれもない。
 そのまま歩いていくと、徐々にその二つの影の会話が聞こえてくる。

「………もう、諦めて下さい!」
「嬢ちゃんこそ、諦めなよ。力勝負で勝てんのか?」
「だったら、警察に連絡しますよ」
「やれるもんならやってみろ」
「えっ……やっ、離して!」
「早く来い。お前から言い出したことだろうがよ」

 そんな明らかに絡まれている以外捉えようのない会話を聞いてしまった。そして、その絡まれている人物が篠崎だという事実も知ってしまったのだ。

「あー、ったく……。ここはひとつ動くしかない、か」

 一人呟くと少し腕まくりをする。そして、もう一つの影と目線を合わせた。
 ハッと驚いた表情を見せ、口に手を当て、大声で叫び始める。

「誰か、助けてください!女の子が襲われています! 警備員さん! 近くにいないんですか!」

 すると、舌打ちをすると彼女の手を握り、逃げ出し始めた。

「痛い!」

 思わず彼女の口から出た言葉とその表情を見た瞬間、何かに駆られて、体は動き出す。
 運動神経も下の下で体力も力もないことなど百も承知。その上でに突進し始める。
 向こうは彼女の抵抗のせいか、僕の足でもゆうに追いつけた。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 全身に力を込め、右肩を前に出し、タックルの姿勢をとる。だが、この速度と体格差で跳ね返されてしまうかもしれない。
 なら、と視線を背中から足下へと移す。
 大きく転んでしまうかのように飛び込み、宙に舞った体はその影の足へとぶつかると、男もろとも大きく地面に転がった。

後編

 ちょうど近くを通りかかった警備員が駆けつけてくれ、ひとまず大事に至らなかったことに安堵の息を漏らす。これで。と、思った次の瞬間、足が思うように動かず、上手く立てないことに気がつく。
 ふと、見てみると完全に捻挫をしたようだ。まぁ幸いなことに、運動部でもないし、誰かとどこかに行く予定もない。自転車だから登校に支障はなく、体育は今学期最後の授業を終わらせている。
 そして、さほど痛まないのも不幸中の幸いだ。もしかしたら、心の痛みの方が強いだけかもしれないが。

「な、何一人で勝手に助けて、一人で怪我してんの? ばっかじゃない」

 絞り出されたその声とその表情を見ると、一瞬で彼女の気持ちを察してしまった。

「そんなこと言われたって……ていうか、怪我してません。それではおいたまさせていただきます」
「無理よ。ろくに立ち上がれない状態でどうするの?」
「なら逆にどうするんです? 何か出来るんですか?」

 少し振り払うように言葉で切りつける。が、彼女も今度は折れないらしい。

「私が自転車漕いで、あんたが後ろに乗れば良いじゃん」
「警察に見られたらどうすんです? 補導もされたくないですし」
「なら、私が自転車を押すから乗ってて」
「非効率的です」
「だったら……」

 それでも、僕は切りつける。相手の気持ちをすくわないように。

「別になんとかできますし、自転車を漕ぐことぐらいは出来ますんで。ていうか、そちらこそ怪我はないんですか?」

 そんなことを捨てるように言った瞬間、彼女は少し俯く。すると、肩がプルプル震えていることに気がついた。

「何、笑ってるんです?」
「だって、おんなじ学年の同じクラスの女子に敬語とか……」
「では」

 言いたいことくらい分かる。気怠さのまま、さっと痛みに耐え、無理やり立ち上がり、歩く。

「意地張りすぎじゃない? ちょっとは甘えたら?」
「女子に甘えるくらいなら、自力でなんとかしますね」

 足を引きずりながらも自転車のところへたどり着き、何とか自転車を出して帰る。
 一つため息をこぼすと、モヤモヤした感情を振りほどき、疾走系音楽を頭で響かせながら愛すべき家へとダッシュしていく。楽園がそこにあると考えれば、何となくだが力が出る気がした。

「にしても、今日は大変だね」
「あぁ、全くだよ。クラスの中心核の女子を助けちゃうし」

 そこまでいったところでデジャヴを感じ、パッと声の主を見る。すると、案の定篠崎だった。

「な、な、なんでこんなとこにいるんです? て、てか、家逆方面ですよね?」
「まだ3時前なのに怪我人が帰るのを手助けする以外のことはないでしょ?」

 もし本当にそうならさっき渡した野口英世はどうなるのか、なんていらない心配をしてしまう。

「あの、付いて来ないで下さい……」
「てか、その前に敬語やめてくれる? 話しずらい」
「はぁ……」

 正直、自分でも敬語は使いたくはないのだが、自然と緊張してしまう。だから、直し用はない。かといって、それを言って信じてもらえるかどうか。

「ま、どうせ、すぐ治せるようなものでもなさそうよね〜。しばらくは許してあげる」

 何故かだんだん彼女が上から目線になっている気がしてきた。
 クラス内カースト最下位の僕と上位の篠崎が一緒にいるとなると、パシられているように見えるから出来れば回避したい。
 別に格段女子が苦手なだけではないのだ。

「別に許してもらわなくて結構です。では」

 再び激痛に耐え、ギアを上げながらもペダルを漕ぐ速さを上げていく。ゆっくり走る車以上の速度を出すことに成功し、振り切っていった。

「大丈夫? 息を切らしてるけど」
「大丈夫だ。あの女は追って……」

 そのデジャブを感じると、後輪のブレーキをかけながら、ハンドルを急に切る。そして、痛めている足でも構わず地面につけ、アスファルトを削るようなカーブで九十度方向を変え、近道を通り始めた。
 今度こそ後ろからついて来ていないことを確認すると、切らした息を整えるように一定のリズムで漕ぎ始める。

「ったく、なんだったんだよ」
「ほんと、そうよね〜」
「あぁ、全く……」
「あんたの態度、もうちょい他人のこと考えたら?」

 そこまで話は聞けたが、驚いたのもあり、うっかり転けてしまう。
 ガシャーンという破壊音が聞こえる時にはなんとか飛び離れることはできたが、痛めている足を庇ってしまったこともあり、逆足を怪我してしまった。

「あーあ、何してんの? ドジね」

 その言葉を聞かぬふりして、倒れた自転車を起き上がらせる。
 そして、乗ろうとハンドルを押さえた瞬間、ハンドルが変な向きを向いていることに気が付いた。

「自転車も壊しちゃって。ほんと、何してんのか」
「う、うぅ……」
「う?」
「うるせぇ、別に良いだろ? つか、何でそうやってついて来る? 篠崎とは無縁だろ? さっきの恩を思うならほっとけ」

 そこまで言うと、なんだか罪悪感というか、言いすぎた感が残ってしまった。流石の篠崎も少し俯く。
 気まずくなってしまったこの場で出来ることは立ち去るということだけだ。無理にでもハンドルを戻し、不安定なまま跨る。

「じゃあな」

 せっかくの気晴らしに外に出たのに、こんな空気は持って帰りたくない、その一心で小さな声で言葉を残し、その場から立ち去った。
 だが、両足を痛めてしまったせいか、若干バランスも取れず、スピードも出ない。

「ここからまだ二十分もあんのによぉ……。動いてくれっての」

 奥歯を噛み締めて、必死に漕いで行くが、この先には急な坂道が一つある。それも割と距離のある道。
 ゆっくり漕ぐのもままならない状況だが、そこを通らない限り、ここからの帰り道はない。
 そんなことを考えていると、もう坂前までついてしまった。

「クッソ……」

 まだ軽傷の左足を地面につけられてはいるが、このままでは上がれない。

「やっぱり一人じゃ無理じゃん」

 そう言って背後から声をかけられる。

「何ですか? まだ何か」
「ある。その変な意地を捨てて欲しい。こっちだって『助けてもらったから』っていうよりは押し付けがましい善意で来たの。素直に『手伝って欲しい』って言ってくれれば、手伝うよ」

 その時、うっかりとブレーキをかけていたはずの自転車はバランスを崩し、また大きく傾く。
 だが、もう飛び降りるだけの力も着地するだけの足もない。
 なによりも、もう間に合わない。

「危ない!」

  そんな声が入った瞬間、クッと自転車は仕事を停止する。
  気がつけば少し離れた篠崎さんが支えてくれていた。

「よいしょ、っと。ふー、間に合った。これで貸しも一つ減らしたっと」

  そうやって危機は回避できた。

「あ、あ、ありがとう。というか貸しを返したいだけだったのか」
「まぁ、それだけじゃないけど」

 もはや現実とは思い難い状況、言葉が何か引っかかる。
 そして、彼女の今日言ったことを少しずつ繋げてみると、ほんのちょっとした偶然に気がつく。
 が、あまりにも偶然過ぎない、ただのオタクの解釈に過ぎないことかもしれないと黙っておくことにした。

「ほら、肩貸してあげるから。早く家帰ってゲームでもしたいんでしょ?」
「あのなぁ、お前は俺の親じゃないんだから、んなわかった口ぶりしないで欲しいんだが」
「ようやく普通に喋ってくれるようになったね」
「るっせ。あまりの口の悪さに驚いてアタマおかしくなったか?」
「そうやって照れ隠しして。そっちこそ、女子とこんだけ距離近くて緊張でもしてるんじゃないの?」
「もはやお前は女子とは思えんな。なんかこう、慣れてる感じが……」

 そこまで言ったところで、何か不意に脳裏にある埃を被った記憶が少しだけ鮮明になった気がした。

「どした? そんな痛むの?」
「別にそんな痛くねぇよ。痛いのはクリぼっちという現実だけ」
「また?」

 その言葉、声音、笑っている横顔、その全てが脳裏の記憶のピースを埋めていく。
 何かこうモヤモヤした感じが黒く塗り隠している気がする。

「本当に大丈夫?」
「ん? あ、あぁ、なんともない」
「何にもないならそんな表情をしないの。余計な心配させないで」

 はいはいそうですか、なんてつぶやき、ようやく坂の上まで登り切る。
 すると、その場に座らせられると、彼女は猛ダッシュで自分の自転車を取りに坂の下まで下りると、神速で帰ってきた。

「つか、一つ聞いて良いか?」
「何?」
「なんで俺なんかに話しかけてきた? お前みたいな奴がクラスの端にいるような奴なんか気にかけているほど暇じゃないだろ?」

 その言葉がどう刺さったかは分からないが、確実に何かに当たったのは間違いなさそうに見える。

「まぁ、そうなんだけどさ。ちょっとしたことがあってね」
「罰ゲームか何か?」
「何でそうなるのよ」
「いや、よくクラスの中心核は罰ゲームでウソ告とかしてるらしいし。上の学年ではそうやって反応を楽しむなんていう遊びがあって、先輩が対象になったらしいんだよ」
「そりゃ……ご愁傷様だね」
「今の反応見る限りそうじゃないってことは分かったから」
「私を何だと思ってるわけ?」

 正直、ひと昔のラブコメみたいで少し違和感だ。変な人に襲われているところを救い、こうやって仲良くなっていく。
 まさにテンプレ通り。まぁ、あそこで助けなくてもどうにかなったんだろうし。

「さ、早く帰ろ?」
「そうだな、んじゃ」
「だから、家まで送るって」
「結構。ここまで来れば帰れる」

 そうやって自転車に乗り、家へとつぱしっていく。
 そして、曲がり角を抜け、次の角を左に曲がれば家へ一直線だ。
 速度を上げ、マイ楽園へとダッシュした。
 そして、曲がり角に出た瞬間、強烈な光が視界を奪い、そこで体は自転車から離れ、宙を舞った。

「えっ?」

 時間の流れがゆっくりになる。
 すると、視界は一瞬で眩み、フィルムのようなものが体を纏う。どうやらこれが走馬灯というやつらしい。
 そんな時、脳裏に浮かぶ画像が鮮明になり、動き出した。


『「ねぇねぇ、私たちまた会えるん?」

 その少女は幼気な涙を流していた。

「きっと会えるよ、また」

 幼気な自分が喋る。だが、会えないということは分かっていた。

 確か、この頃までは兵庫県にいたのだが、ちょうど関東へと引っ越す数日前なはずだ。
 まだ、幼稚園生でテレビの影響を受けた為、関西弁が曖昧な頃だ。なにかで覚えた標準語で喋っている。

「約束しよ? 絶対に忘れないって」
「うん、絶対にだよ?」

 そうやって覚えたての指切りげんまんをする。
 じゃあね、とだけ残し、公園と思われるところの入り口へと向かう。

「私、しのさき ゆいっていうの。絶対に忘れんでいてね」
「うん、約束だからね」

 出るギリギリで彼女の名前を知った。だけど、こっちは名乗ることなく、帰ってしまう。』


 それを思い出し、全てが綺麗につながる。
 篠崎の名前は、たしか「ゆい」だった気がする。もしそうならば、なぜこっちのことを知っていたのか。

 そんなことを考えていると、答えが出る前に地面へと叩きつけられ、真っ暗な闇へと吸い込まれてしまった。

✳︎

 その頃、例の篠崎はくしゃくしゃになった画用紙を開く。
 すると、そこにはクレヨンで描かれた相合傘と、平仮名で書かれた「しのさきゆい」と「ゆきみちれん」とだけあった。
 それを見て、少しニヤッと微笑み、自転車でその坂を下っていく。

「これで思い出してくれるんかな、約束のクリスマスまでに」

 そんな言葉を残して。

あの頃の約束

お読み下さり、ありがとうございました。
僕の作品の中では、変わった終わり方をする作品でした。正直、自分でも何故このような終わり方を選んだのかも分からないです。でも、これで良い、という納得感はありました。また、少し甘酸っぱい青春模様も描けてたという感覚もあります。

さて、これを書いたのはクリスマスが近づいてきた時期でした。なので、テーマは『クリスマス』でした。物語の中でも、『昔からの約束』というどこかロマンチックで、運命的な要素もあります。『聖夜』というにはぴったりなのではないでしょうか。まさに、『純愛』という言葉が合いますね。

今回も楽しんで頂けたのなら有り難いです。
また、他にも青春の純愛作品を幾つも投稿しております。
ちょっと切なく、それでも心地良い終わり方をするのが特徴です。良ければ、読んで頂けると幸いです。
今後とも宜しくお願いします。

あの頃の約束

クリスマス。 それは聖夜という言葉ほど良いものではない、と思う。 一ヶ月前だと言うのに、クリボッチが確定してしまった僕は、遣る瀬無い気持ちで一杯になり、思い切って出掛けた。 ただ、出先で会ったのは、クラスを牛耳るメンバーの一人の女子。 そんな彼女から何とか離れた後、ふと思い出したのは、あの頃の約束。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-03-23

CC BY-NC-ND
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