【鯉月】上官命令

しずよ

二次創作(腐)につきご注意ください。
オフ本「雪よ舞い散れ花となれ」第二章に入れようかどうしようか迷った末に、削除したお話です。月島さんが夕張から帰って来た直後のエピソード。小樽の鶴見中尉の自宅に刺青人皮を届けた直後、旭川の少尉の家へ寄ったんじゃないかという妄想。 これが本のラストの江渡貝くんとの会話につながります。

 軍務が終わり鯉登は帰宅する。北海道へ来て、天の川が良く見えるのが何気に嬉しかった。市ヶ谷は都会過ぎてつまらなかった。まだ鹿児島に住んでいた幼少時、兄と一緒に流れ星を探して、蚊に刺されながら見上げた夏空が広がっていた。
 人は死んだらお星様になる、の意味が理解できるようになったのは、当地に越してからだった。
「そこに隠れているな。出てこなければこちらから行くぞ」
 角から姿を現したのは、月島だった。敬礼をする。
「お前、どうしてこんなところに……」
 鯉登が不審に思いながら近づくと、月島はやけにきな臭い。よく見ると軍衣の一部が焦げたり、手に水ぶくれがある。そしてなぜか軍帽をかぶっていない。
「月島、それはやけどじゃ……」
「鯉登少尉殿、頼みがあります」
「挨拶もそこそこに何だ? いつ夕張から戻ってきたのかも私は聞いていなかったぞ。偽の刺青人皮は完成したのか? それになぜ……」
 鯉登はそこで言葉を切る。
「すまん、質問が多かったな。理由ありのようだな」
 鯉登はいろいろと察し、月島についてくるように言った。
 自宅へ着くと居間を素通りし、鯉登の自室に通される。月島が戸の前で入室を躊躇しているように見えたので「安心しろ。今日は何もしない」と余裕たっぷりに告げる。すると月島の頬がわずかに赤くなり、うつむく。そうか、今日は軍帽がないから隠せないのだな。まるで貞操の危機を感じている生娘のような反応をする月島を見れて、鯉登は心が浮き立つ。
 座布団に座ると、鯉登が話をするように促す。
「いつ旭川に帰って来たんだ?」
「昨日の晩に小樽へ到着しました。江渡貝の刺青人皮を鶴見中尉へ無事に届けました」
 そして月島は今朝の列車で旭川まで帰ってきた。
「そうか、完成したのだな! これで我々の有利に事を運ぶことが可能になるな」
「はい。鯉登少尉殿、時間がありませんので単刀直入に申し上げます。五日……いえ、四日間を私にください」
「時間を? どういうことだ」
「鯉登少尉殿の命令で刺青の囚人情報を探りに行ったことにしておいてほしいのです」
「それは……、鶴見中尉殿には内密に動きたいという意味なのか?」
「そうです」
「……」
 鯉登は月島を真っ直ぐに射貫く。真意を見抜くように、何かを値踏みするように。
「承知した。四日後に必ずここに戻ってきて報告をするように。その間は私が全責任を持つ」
 月島は目を見開く。
「少尉殿、感謝申し上げます」
 月島は畳に手をついて深々と頭を下げた。出された茶に手を付けずに月島は出て行った。
「こんなに物分かり良くて懐深い上官もなかなかおらんぞ、月島」
 駆けて行った方角を玄関から見ながら鯉登はひとりごちた。
〈了〉

【鯉月】上官命令

【鯉月】上官命令

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
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