いずれ、森となる

 うれしいことがあったのならば、わらっていて、どうか。

 星屑を砂糖で煮て、瓶に詰めたものを、あのひとは売っていた。ノエルは、野いちごのパイを作るために森にはいって、花となり、つまりは、森の一部となった。花におかされた身体のノエルは、静かに横たわっていて、ぼくは、神さま、という不確かな存在を、うらんだ。きつねが、さみしそうに鳴いて、りすが、慈しむように、ノエルのまわりをぐるぐるまわった。星屑の砂糖煮は、くちにいれた瞬間にはじけて、刺激的な食感で、ほのかに甘くて、アイスクリームに添えるのが、ぴったりだった。
 あのひとは、ぼくを、たいせつにしてくれる。
 ぼくは、おなじように、ノエルのことも、たいせつにしたかった。ノエルにしてあげたことを思い出しては、かぞえきれるほどしかなく、ノエルにしてあげたかったことを想っては、なんだか海のなかを浮遊するプランクトンのように、ちいさなものが漠然と、あらわれては、ただよった。ノエルのうでやあしには、みどりのつるがからまり、ときどき、花が咲いた。いつか、ほんとうに、ノエルが、森と同化してしまうことを、でも、ぼくには、どうにもできなかった。自然には、あらがえない。そう言ったのはまぎれもない、ノエルだった。
 泣いてもいいけれど、うれしいときは、わらっていて。
 あのひとは懇願し、ぼくを抱きしめる。
 あのひとのやさしさにくるまれて、ぼくは、きょうも、生きていて、ノエルは日に日に、森のものとなってゆく。
 夜が明けて、朝がふりそそぎ、世界はノエルのことを忘れたように動いて、神さま、とかいうひとは、きっと、どこかで、だれかに感謝されて、うらまれて、あのひとは、ぼくのために仕事をし、ぼくは、ノエルにしてやれなかったことを指折りかぞえるのにもあきて、ただ、まいにち、呼吸だけをしている。

いずれ、森となる

いずれ、森となる

親愛なるきみと、ぼくを愛するひと

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-03-22

CC BY-NC-ND
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