アポロ
いつか、やさしさにおしつぶされて、くるしくなっても、いい。
きみが日々のなかで、夢をみているあいだだけ、どうか、せかいがうまいぐあいにまわっていますようにと祈るのは、きみが好きだから。教室を埋め尽くすように咲いた紫の花のなかで、女の子たちは眠った。ここはそういう次元で、写真でしか知らない流氷への憧れを、ぼくはいつも胸に秘めていて、今朝もとなりの家では、すこしばかり記憶をうしなったおばあさんと、その娘さんが、口げんかをしていて、他人の家のことなのに、なぜだかつらかった。
ばかみたいにあかるいままで、いいよ、きみは、世間知らずであることを嘆かないで、さ。ぼくは、ありのままのきみが好きで、せかいはきみを中心にまわればいいんだよ。
通学路にある雑貨屋さんの前で、晴れた日はきもちよさそうに居眠りをしている猫が、アポロ、というなまえであることを、うれしそうにおしえてくれた女の子が、じっさいにあの教室のどこかで、紫の花に埋もれて眠っているのだと想うと、ちょっとかなしい。一度しかしゃべったことのない、女の子だけれど。みんなでお花見をしたいねと言っていた、クラスの子たちは、つぎつぎといなくなり、学校も、学校という機能をわすれた、学校、というただの場所になりつつある。せんせいたちがおしこまれた職員室に、救いはないと誰かがささやいて、ぼくは、きみだけが、神さまの加護のもとに生きていればいいと、ひどくひとりよがりなことを考えている。不安定だね、春は。
アポロ