【土山】そのフレーズを君にあげるよ

しずよ

二次創作(腐)につきご注意ください。2013年に開催された山崎受オンリーにて発行されました記念アンソロに寄稿したお話です。
テーマは『いいですか、おねだりしても』
捕縛現場で狙撃されて入院している土方と、なぜかお見舞いに行かない山崎の話になります。

 午後の受付時間を過ぎたので、大江戸病院のエントランスは混雑が少なくなっていた。飾り付けをしたりイスの数を確認する職員が数人、沖田の目につく。
『祝・敬老の日』
 壁には明日催される院内コンサートのお知らせが貼ってある。
 売店でガムが目にとまり購入する。口に放り込む。ふうせんをプーッとふくらませながら沖田はエントランスからエレベーターに乗り、最上階へ向かう。
 目的の部屋の前には、目印みたいに立ち番をするぐるぐるメガネがひとりいた。
「あっ、隊長! お疲れッス!」
 神山が敬礼する。沖田はそれに軽く手をあげてこたえる。そしてどこからともなくバズーカを取り出し、肩にかついだ。
「隊長! この病院には隊長より怖い看護師長がいるから止めるッス!」
 神山が情けない顔で腰にすがりつこうとしたのでよけた。ガムがポンと小さな音をたててしぼむ。
「何しに来た総悟、帰れ!」
 引き戸の向こうから、怒鳴り声が聞こえる。
「チッ、じきに楽にしてやろうと思ったのに」
 沖田が戸を開けると、土方はベッドで上体を起こして新聞を手にしていた。にらまれる。
「いやだなァ、土方さん。トシのやつが元気ねえんだっつって近藤さんまで辛気くさいから、こうして俺がわざわざ訪ねてきてやったんじゃねえですか」
「楽にしてやるって言ったの聞こえたんだよ。さっさと帰れ。じゃねえとたたっ斬る」
「やれやれ、土方さんはすぐそれだ。そんなに怒ってばかりいたらまた血圧あがりますぜ、おじーちゃん」
「なんでジジイなんだよ!」
「だってそこに杖あるし。だから今日はそんなご老体にも残された日々を楽しんでもらおうと思って、パティシエ特製ケーキを持参した次第です」
 持っていた箱を沖田はテーブルに乗せた。それからソファーに腰かける。
「パティシエってお前だろ、でもって特製と書いてタバスコ入りって読むんだろ。誰が食うかそんなもん」
「残念でした。毎度同じパターンじゃおもしろくねえんで、今回はロシアンルーレット方式です。ひとつがマヨネーズ入り、それ以外はあんこが入ってやす」
「いやいやそれ普通は逆じゃね? ハズレはひとつじゃね?」
「何ぼけてんですかィ土方さん。マヨネーズの方がハズレに決まってんじゃねえですか。ちなみにパティシエは俺じゃありやせん。知りたかったらその窓からバンバンジージャンプでジャンプ買ってこいよ土方」
「バンバンジージャンプって何? ていうか聞かなくても誰だか分かるからそれ。あんこなんか入れんじゃねえよ、ケーキが糖尿になるだろうが」
「おや、あんこイコール万事屋の旦那と限らないのは、土方さんが一番良く知ってるんじゃなかったかなァ」
「えっ? これひょっとして山」
「それにしても個室だなんて、副長ともなると待遇が違いますねェ」
「無視かよ!」
 沖田は室内をぐるりと見渡した。ここは病院というより完全にホテルの一室だ。テレビや冷蔵庫に応接セット、トイレとシャワーもついている。
 沖田はソファーから立ち上がり、窓に近寄り外を見た。
「病院でも最上階はなかなかの景色じゃねえですか。屯所とは大違いだ」
「ここしか空いてないって言われたんだよ」
 本当は防犯上、大部屋だと危険と判断されての特別室だった。報復などで同室の患者を危険にさらすかもしれないし、今の土方はひとりで満足に歩けない。
 テーブルには果物を盛ったカゴが置いてあった。沖田はその中から梨を取りだし、刀でむき始める。
「で、本当のところ、調子はどうなんですかィ」
「……ふん。いいに決まってんだろ」
 さっきまではいつもの調子で反論していたくせに、土方は急に力のない声になってしまった。
 自分が落ち込んでいる最中だと思い出したんだろうか。
 沖田から目をそらし、窓の方に顔を向ける。なんとも意味ありげな横顔をしている。
「はーあ」
ため息がひとつ聞こえる。
「……顔くらい見せろっつーの」



 荷づくりを終えていざ出立。秋分の日を過ぎたこの頃は、日没前から屯所の庭のすみで虫たちがなきはじめる。山崎は懐から携帯電話を取り出し、時刻を確認した。午後四時三十分。
 これなら約束の時間に、どうにか間に合いそうだ。
 そっと障子を閉めて、行く先に体を向ける。すると縁側の五メートルほど先に、誰かが横たわっているのが見えた。
 はしばみ色の髪。とたんに汗が一滴ひたいを流れていく。
 土方が留守の間に勝手に部屋に入ったのを見られると、いろいろ邪推されそうだ。しかも手には山崎がふだん使わないふろしき包みを持っている。くるりと方向転換をした。
 抜き足差し足、忍び足。これじゃまるで泥棒だ。昼寝をしている男に気づかれないように立ち去りたい。
「いよいよ暇乞いかい」
 アイマスクをずらした沖田が、起き上がってにんまり笑いかけた。
 あ、やっぱり気づかれちまった。ていうか、その嘘くさい笑顔がまぶしすぎる!
 不気味さに山崎は冷や汗をかく。なんか心臓とかもいろいろ痛くなるが、どうにか気をとりなおして反論した。
「これ俺の荷物じゃないですって。病衣が気に入らないからいつもの持って来いって、きのう副長に電話で怒鳴られたんですよ。まったくなんで俺にあたるんだか……」
「なんだって? 最後の方よく聞こえねー」
 こっちに来い、とばかりに沖田が手招きする。
 山崎はあきらめてそちらへ歩いて行った。
「俺これから副長の着物持って行くんですよ」
「ふーん。気に入りしか着ねえなんて、いつまでもガキの心を忘れないとは見上げたもんだなァ。でも病衣なんて着流しとたいして変わらねえだろ? 俺が先週いやがらせに行った日には、甚平みてえなやつ着てたぜ」
「それが副長が言うには、そういうのだけじゃないみたいですよ。おとといはテロテロのパジャマで、昨日はガウンも着せられたって言ってました」
 想像したんだろう、沖田はブハッとふきだした。
「なんだ? その土方さんだけの特別待遇! そうか特別室ってそっちの特別だったんだな。だったら山崎、ブランデーとペルシャ猫も差し入れてやんな。ああ、ソファーはあったから運ばなくてもいいぜ」
 あー、腹いてー、と腹筋を押さえながら付け加える。
「あはは……、葉巻も必要ですかねえ……」
 山崎は苦笑いで調子を合わせる。
ふたりの頭の中では、鬼の副長はよその国の古い映画に出てくる悪だくみをしているおやじの姿になっていた。



 二週間前、土方は捕縛現場で足を狙撃された。
 検査結果、動脈や主要な神経は無事だったけれど、弾丸が体内に残っていた。それを取り除き、筋肉の断裂をつなぐ手術をして、今は入院生活真っ只中である。
「ひとりで歩けなかったそうじゃないですか。だから入院当初は看護師さんたちウキウキして尿瓶持ってきたって昨日ぼやいてましたよ」
 山崎がそう教えると沖田はさらに爆笑する。
「土方さんすっかり遊ばれてるじゃねえか。あそこのナース達もあなどれねえなァ。俺の部下の素質じゅうぶんあるじゃねえか」
「アンタの部下はそれで務まるんですか……。ともかく病院がそんなだから、落ち着かないみたいですよ。タバコも吸えないですもんね。怒鳴られたっつっても、いつもの威勢がなかったですよ」
 昨日の会話中の様子を、さりげなく伝えたつもりだった。それなのに沖田は、それまでのからかう口調を消してしまう。
「お前まだ一度も病院へ行ってねーんだよな」
「……忙しかったですから」
「働きもんだなァ。こないださ、土方さんため息ついた後、こんなこと言ってたぜ」
 沖田は立ち上がり山崎に近寄る。肩に手をかけ顔をすっと寄せる。そして、耳元でいつもより低い声でささやいた。
「山崎のやつはなんで俺に会いに来ねえんだ」
 沖田が山崎の正面に向き直る。交わる視線。山崎の頬がしだいに赤く染まる。
「いやいや副長がそんなこと言うわけないでしょ!」
勢いよく否定する。が、いろいろバレてしまっていると山崎は感じた。
「ま、信じる信じないはお前の勝手だけどな」
 妙に大人びた含み笑い。
 きっと、俺や土方さんの気持ちはお見通しなんだろうなー。あー、恥ずかしい。
これから先が思いやられる、と山崎は肩を落とした。
「あの、俺もう病院へ行かないと……」
「まあ待ちなって。それで土方さんを撃った犯人の目星は付いたんだろ?」
 山崎は目を丸くした。沖田にはやっぱりいろいろとバレている。
「あ、はい! おそらく当たりじゃないかと」
「お前がそう言うんなら、こないだのヤマもじきに終いだな。まァ、単独捜査はいただけねえけど」
「アンタがそれ言いますか」
 ふたりで顔を見合わせて笑う。
「じゃ、近藤さんたちと今晩しっぽり打ち合わせするかねェ」
「はい! じゃ俺早めに戻ってきますね」
「それとザキ、特別功労賞のほうび、今から考えときな」
「えっ、隊長がくれるんですか?」
「だって俺ァいま、副長(代理)だぜ」
 先ほどと同じように不敵な笑顔だけれど、頼もしさを見出してしまった。山崎は未来のまばゆさに目を細める。


 せわしく戸をたたき、返事も聞かずに廊下から病室へ山崎は走り込んだ。
「副長! 遅くなりましたが山崎退、ご所望の品を持ってきました!」
 土方の姿を見るなりププッとふきだす。本当にテロテロのパジャマを着ていた。
「うるせえぞ山崎! しかも何いきなり笑ってんだよ、腹立つわー」
 土方は少し顔が赤くなる。
「そのパジャマ似合うんじゃないですか」
「よし分かった。介錯してやるからそこに直れ」
 スラリと抜かれた刀の切先を、山崎の首元に突きつける。
 ホールドアップ。
「そ、そういうのは足が治ってからの方がいいんじゃないかなーなんて……。そ、そうだ! これ着物です」
 ふろしき包みをこわごわと手渡す。土方は刀をしまい、すぐに黒い着物と帯を取り出した。横の台へ乗せる。襦袢と腰紐も一応持ってきたが、いらないらしい。
「着替えるから手ェ貸せ」
「あっ、はい」
 土方が手を伸ばす。山崎はその手をとって、自分の肩に回して立ち上がらせた。横に立てかけてある松葉杖をわたす。
 すっかり介護だなあ。
 山崎はしんみりしてしまう。退院した後しばらくリハビリも必要だと聞いている。このケガが治っても、また似たようなことはあるだろう。先のことを考えたらなんだか気が重くなってくる。
 せっかく二週間ぶりに顔を見られたのに、沈んでしまうのはもったいない。山崎はそれを振り払うようににっこり笑い、明るめの声を出した。
「副長、いつまでも元気で長生きしてくださいね!」
「俺はお前のジーさんか!」
 土方が杖で山崎のすねを小突いてきた。
「いたっ、やめてくださいよ副長! 決してそんなつもりじゃ」
「ちょ、うわっ」
 杖での攻撃を山崎がかわしたので、土方はバランスを崩す。倒れそうになった肩を、山崎は慌てて支える。撃たれた左足には、ふだんどおりに体重をかけてはいけないらしい。
「副長、大丈夫ですか」
「お前が変なこと言うからだ」
 山崎は頭をはたかれた。
「あっ、はい……。すみません……」
 しょぼくれてしまう。しかし土方も、そんな姿が見たいわけではない。胸の中ではいつだって、威厳とプライドと惚れた弱みのギリギリのつばぜりあいだ。
「いいけど。ほら、長着よこせ」
 上着を脱いだあと、山崎が肩からはおらせ前を合わせる。
 土方が松葉杖をわきで挟んだあと、山崎が帯をまわす。
「副長をねらった被疑者は、二週間前に捕縛した組織の人間の身内みたいです」
「見つかったのか?」
 現場検証で隣のビルから狙撃したと断定されたが、逃走の際の目撃証言がほとんどなく捜査が難航している。
 しびれをきらした山崎は、一週間前から通常の捜査手法から少し逸脱した単独捜査を続けていた。
「それらしき人物をかくまっている一派があります」
「近藤さんはまだそんなこと言ってなかったぞ。お前それ、どこから仕入れたんだよ」
「辻番所でちょっと」
「ふうん」
「先週、職質をかけた浪人がいたそうで。そいつが散弾銃を持ってたってんで、しょっ引こうとしたら逃げられたらしくて。そっからがややこしかったんですけどね。なんとか足取りたどって背後関係を調べたら、二週間前に俺たちが捕縛した攘夷グループと同郷でした」
 山崎は話をしながら帯を結び終えて、うしろへ回した。
「きつくないですか」
「ああ」
 着替えがすんだので、土方をベッドへ座らせようとした。
 すると「待て」と言わんばかりに手で制止される。まだ何かあるんだろうか、と山崎は小首をかしげて土方に目をやる。
「……」
「……」
 無言で見つめ合う。顔が近いから、山崎は不覚にも照れそうになった。はぐらかそうと思い、何かしゃべろうとする。
 すると突然、髪をわしゃわしゃかき混ぜられた。
「……えっと」
「あ? なんか文句あんのか」
 ……ほめてくれてるんだ! でも副長、髪が絡まって痛いです。
 やさしさを、仏頂面と手荒さで隠しているのが分かる。その不器用さが土方そのものだから、嬉しくて山崎はちょっと目が潤んだ。まばたきでそれをごまかす。
 不意にここへ来る直前の、屯所での沖田とのやりとりが頭をよぎる。
今だったら、気になっていたあれを聞けるかもしれない。
 山崎は気持ちを強くする。
「……あの、土方さん」
「なに」
「ひとつ、うかがってもよろしいでしょうか」
「なんだよ、あらたまって」
 くしゃくしゃになった山崎の髪を、土方は手ぐしで元に戻す。
「隊長に聞いたんですけど……あのう……」
「ハッキリ言ってみろ」
「お、俺が来なくて寂しかったって」
「ああ、先週だろ? 俺がため息ついた後に 総悟のやつ勝手にアテレコしてたぜ」
「ええ、アテレコ? なんだ、やっぱりそうですよね……」
 ふだんは小生意気だから、素直に気落ちされると土方はわけの分からない対抗心を燃やしてしまう。
 さっきまで髪を整えていた手を、山崎の後頭部へまわした。
「言ってほしいなら」
 ぐい、と山崎は頭をうしろから押される。ひたい同士がくっつくかと思うほど、ふたりの顔が近づいた。
「おねだりしてみろよ」
 俺しか知らない秘めた声。
 山崎は思わず息をのんだ。すべて放り出してしまいたくなる。ぎゅっと目をつむる。降伏の一歩手前。
 でも今回のご褒美は、どうしても沖田に頼みたいと考えていた。
「今回は沖田隊長におねだりしますから、副長は気にせんでください」
 気持ちを振り切ってにっこり笑い、山崎はそう言いきった。土方は眉根を寄せる。
「何ねだるんだ?」
「内緒です」
 へへ、と山崎がいたずらっぽく笑う。それは本音で装った精一杯の挑発でもあった。
 ゴツッ
「いたっ!」
「……いてーな、くそ……」
 目の前がちかちかする痛みに、ふたりともひたいを押さえる。土方がとつぜん頭突きをしてきたのだ。
「もー、急に何すんですか」
 涙目になって山崎がとがめると、チッと舌打ちして土方は目をそらした。
「……嫉妬」
「え」
「してほしかったんだろ」
 期待通りに言い当てられて、山崎はどきりとする。
 アンタに胸の真ん中をさらわれるのは、何度目だろう。
 山崎は土方の手をとった。奪われた心の場所をふさぐように、自分よりも大きなその手のひらで、そっと胸を押さえた。



 午後七時になり面会時間が終わったので、病院を出る。
 ピリリリ――
 着信音に気付き携帯電話を取り出す。沖田からだった。
「はい」
「あー、おれ俺」
 沖田の声の後ろから、数人の陽気な声が聞こえてくる。騒がしいから、会議じゃなくて宴会でも始める気なんじゃないだろうかと山崎は思った。
「遅くなってすみません、あと十五分くらいで着きます」
「ザキ、土方さんにとどめ刺してきたかィ?」
「とどめ?」
「まあ、あの部屋ホテルみたいだったし? 着替え手伝えよっつって、脱いだり脱がされたり、ちょっとのつもりが触ったらもっと触りたくなるの法則なんだろ?」
「隊長なに言ってんのか意味分かんないです」
「ヘええ、意味分かんなくなるくらい良かったんだ」
「いやいや本当アンタなに言ってんの? 検温や晩飯の配膳で病院の人が入ってくるのに、何かあるわけないでしょ!」
「ああ、邪魔されたんだな」
「だから何にもありませんよ!」
 しらをきり通せるのはいつまでだろう……。いや、もうほとんどできていない気もするけれど。
 うっかり出そうになったため息を、山崎はあわてて引っ込めた。
「ところで隊長、ほうびの件なんですけど」
「ん? 早えな。もう決まったのかィ?」
「はい! あの、次の本番で言ってみたいせりふがあるんです」
「せりふ? どんな?」
 すう、と山崎が息を吸う音が、スピーカーからかすかに沖田には聞こえた。

「御用改めである!」

 通話が終わり空を見上げると、高くそびえ立つターミナルのあかりが星のように瞬いていた。
 この都会で暮らすひとりひとりの気持ちや願いを、近藤のように汲んでやることは自分にはまだ難しいけれど、いつも目の前に立っているひとりだったら、と山崎は黒の背中を思い浮かべる。
 副長の望みなら俺が叶えてみせるよ。

〈了〉

【土山】そのフレーズを君にあげるよ

【土山】そのフレーズを君にあげるよ

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-03-21

Derivative work
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