ファンタジー系

この小説はアイデア自体は20年前からあたためていたもので最初は僕の劇団の芝居でやろうとしていた戯曲が元になっています。
10分くらいで読める短編小説です。
ファンタジー小説自体初めて書きました。
どうか最後までお付き合い下さいませ!

48万円持って、へーカップ王国にやってきたんだ。何とかなるかもしれない。

 「ファンタジー系」

      堀川士朗


 入国審査は思ったより短かった。僕の名前は森川チロ。35歳になったばかりの僕は誰に祝われる事なく黒いスウェットの上下を着て怪しかった。でも新たなこの国はすんなり僕を通してくれた。
 そうなんだよ。答えはもう出ているんだよ。僕は日本がつくづく嫌になった。仕事もゲームもSNSも飽きた。毎日おんなじだし、無間地獄の賽の河原で延々と楽しい仲間がポポポポ~ンの曲に合わせて小石を積んでいる与えられたグルービーな感触が嫌だ。
 連日のメディア大本営発表で自滅した国、日本。大事な血税をドブに捨てる様に外国のODAや株式ギャンブルに垂れ流し積み重なる借金でにっちもさっちもいかない絶望の国。肥え太るのは内部留保した大企業だけで他は大貧民の集合体。国民は全員、老害・鵜呑み主婦層・汁男優・クソニート・頭悪い茶髪のガキのいずれかにカテゴライズできる腐った無価値の国。ゴールは奴隷農場行き確定。ドボン。ニホン。似てる。捨ててきて良かった。


 僕は手持ちの貯金48万円を持って人口60万人のへーカップ王国、王都ハムコップンにやって来た。全て使い切ってやる。金は惜しくなかった。あの国の馬鹿みたいな紙幣なんか持っていたくなかった。
 僕はへーカップ王国に永住するつもりだ。日本社会のものは全て没収された。スマホも。良かった。もう解約してあるし。
 交換ブース。交換する人は座高が高くて銅で出来たみたいな奴の鎧を着ていて頬に傷があり、僕の48万円を無造作に掴みカウンター奥に入れて、代わりに布の服とわらじと350ペセタ50ギミックを渡した。そしてよく来たな!と男が惚れる笑顔で笑ってみせた。ニクい演出だ。
 100ギミックが1ペセタらしい。貨幣価値が気になるな。
 市場を覗いた限りでは街の物価を考えると1ペセタはだいたい1000円ぐらいの価値があるみたいだ。いや、やめよう、日本の事を考えるのは。
 宿屋が建ち並ぶ一角。安い所で一泊6ペセタ。ああこりゃヤバいな、宿屋に泊まっていたら近い内破産するだろうな。下宿も考えたがどうせ永住するなら土地付きの家を買おう。もちろん手持ちは少ない。仕方ないな。家にある隠し資産、最終兵器。あれを持ってこなきゃ。父に頼もう。今日明日はとりあえず宿屋に泊まろう。旅で疲れた。


 電話かける前からやけに変な表情浮かべてしまった。バトルになりそう。それを予想してもう笑っちゃった。中央広場にしかない公衆電話で父の家に電話をかけた。

「僕だけど」
「ああ」
「ダイヤモンド竈の炊飯器と電子レンジありがとう」
「役に立ったか」
「速攻没収された」
「そうか」
「用があるんだけど」
「お父さん忙しいから今日」
「あ?」
「スーパーのサミットで今日ポイント5倍の感謝デーなんだ。米買わなきゃ。ひとめぼれ」
「息子の人生の方が大事だろ、この老害」
「はぁ?」
「足つぼマッサージ。まだ毎日行ってんのかよ」
「行ってるよ悪いか?」
「あそこマルチ商法だよ」
「そんな事はありません!あ、あそこに通ってるおじいちゃんおばあちゃん達はみんな情が通っててみんな良い人です!」
「そりゃだまされる側はね、良い人かもしれないけどあの会社詐欺商法だってネットで叩かれてた」
「ふんネットなんて嘘ばっかりだ。お前まだインチャーネットカフェとか行ってんだろう?だから頭がおかしくなるんだ!インチャーネットは悪の巣窟だ!」
「行ってないよ」
「インチャーネットは危険なんだ。とても」
「それテレビ側のデマだから」
「え」
「情弱。老害」
「は?」
「昔おもいっきりテレビやってた頃だってそうだったじゃん、何々がカラダに良いって言ったらすぐ飛びついてさ。オクラとか。大量に食わされたよ」
「何だよ。オクラはカラダに良いんだ」
「馬鹿なの?テレビばっか観てっからすぐ洗脳されちゃうんだよあんたは」
「また蒸し返すのかよそれを。とにかく足つぼマッサージ機の件は父さんにだって言いたい事は山ほどあるんだ」
「だってあれ38万円もしたんだからね。分かってる?細々と年金暮らしでしょあんたは。38万円だよ。3万8千円じゃないんだよ。あんなのビックカメラ行きゃ2万円で買えるんだよ」
「いや、父さんは良い買い物をしたと思ってる。活き金を使ったと思ってる」
「馬鹿だよあんたはほんとに。百姓」
「良いんだ。父さん何言われたって平気だ」
「馬鹿カス」
「あの時お前は頭殴ったろ何度も」
「あうんごめん」
「あの時殴られた頭の傷まだ治っていないんだからな!」
「まあすみませんでしたその折は」
「診断書はちゃんとまだ取ってあるんだ!父さんいつでもお前を訴えられるんだからなっ!」
「ふうん」
「出るとこ出てナシつけようじゃねぇいかっ!」
「そういうの良いから」
「やってやろうじゃねぇかっ!」
「やめてよ感情瞬間湯沸かし器」
「あ?」
「まあ良いじゃないもう。それよりあのさあ押し入れのオレンジ色の小さな金庫、僕の部屋にあるでしょう押し入れ。開けて。ダイヤルを74から46に変えて通帳出して。その金庫の中に印鑑、実印もあるからそれも一緒に出して俺の所に送って」
「そんな都合の良い時だけ父さんを利用しやがって」
「お願いします、すいません」
「小さい頃のお前はかわいかった。それが今じゃ。今じゃ。…やっぱり父と子の思い出を大切に出来ない人間はやだね」
「うん。思い出にしがみついてる人間もやだけどね」
「お前はっ!お前はっ!お前という人間はっ!」
「はいそう僕は人間。人間です。はーい人間です。あー面倒くさ。で送って。通帳と印鑑。へーカップ王国の俺の住所に」
「父さんが何でそんな。そんな義理はないよ」
「良いから」
「もう一度ご飯食べにおいでよ、そうすればお前も」
「送って通帳。印鑑も。ちゃんと」
「食べにおいでよ。ぶり大根とイクラご飯炊いてあげるからちゃんと」
「もう二度とあんたの顔は拝まないよ」
「はいそうですか。んー分かった分かった好きにすれば。好きにすれば良いよ。どうぞご自由に。どうぞご勝手に。はい、じゃあお達者でー」

 父のゴロさんは孤独だ。電話を切ってから多分男泣きをしているだろう。自分の文言をおもいきり韜晦し、そして小指を立てながらコップに入った焼酎お湯割りをあおるのだ。俳優をやっているからそういう哀切な自分に酔い痴れて涙オナニーに興じるのだ。いつもそうだ彼は。
 ゴロさんの妻つまり僕の母森川ミロリは僕が18歳の時に胃がんで亡くなっている。それから彼は再婚する事もなく独りいる。操を立てているのだ、彼なりに。そこはまあ偉いと思うが、まあどうなんだろう違うと思うな。
 母の死はありありとまざまざと覚えている。マザファッカ。


 数日後父から通帳と印鑑を送ってもらい全財産650万円をへーカップ国営銀行で現金化しペセタに換金し、宿屋(一泊6ペセタから)じゃなくて土地付きの家を買う。
 不動産屋は何軒か当たった。一番良心的な不動産屋をチョイスした。
 へーカップ王国は家の値段が安い。街の外れだが立派な二階屋が買えた。一階は作業場と店舗にする。二階は住居。
 店舗。そう、店を出すのだ。サンドイッチの店を出そうと思う。サンドイッチの特製ソースも人気になりそうな具材もちゃんと考えてある。
 当座の資金はモンスターや野盗を倒してペセタを稼ぐ事に。20ペセタで銀のナイフを買う。
 王都周辺の平原には弱いモンスターのラヴィドッグや少女蝿やかまど猪が多く棲息し、剣適性レベルのまだ低い僕でも容易に倒せた。倒した獲物はマテリアルとして扱われ、商会の工房に持って行きペセタに換金。
 野盗は群れから離れた一人か二人を背後から襲って殺害した。手持ちの武器を武器屋に売ったり持ってるペセタを頂戴した。簡単だった。返り血を川で洗濯するのだけ面倒くさかった。
 ローリスク・ローリターンでしばらくはいきたい。
 疲れたカラダを自宅で薬草を食って一日中寝て癒す。
 起きがけに茹でた鶏卵を食す。明治の文豪っぽく言ってみた。
 音楽が欲しいな。TwiceのTTの様な、水曜日のカンパネラのアラジンの様な、椎名林檎の自由へ道連れの様な、完璧な構造の音楽が今、欲しい。


 砂スライムを飼う事にした。
 アイダスの森の南にある小さな泉で発見したものだ。この子は他に数匹いる砂スライムを僕がボウガンでやっつけても僕を攻撃する事なく何か猫みたいにスリンスリンってすり寄ってきたのだ。
 僕になついている。かわいい。だから飼う事にした。餌は一日二回メダカを与えれば良い。メダカは中央市場で安く買える。ハムコップンの街には僕の様にモンスターを連れて出歩いている人も少なくない。
 協調。これなんだ、あの祖国になかったものは。僕はこの協調という概念に満足している。充足している。
 砂スライムの名前は、はりすなおにした。


 太陽とススコムーネ亭で夕飯を済ます。ここは創業45年以上の老舗で、日本だったらニュース番組の特集コーナーで、昔ながらのなんちゃらな店特集言うて少し不細工な30代の女のリポーターがこのお値段でこの量!見て下さいお皿が私の顔より大きいですよ~とか言うて取り上げられるだろう。
 はりすなおがキューキューと鳴いている。焼きメダカが美味しくて笑っているみたいだどうやら。
 パスタに似た麺類のスロックがこの店の名物だ。何種類かソースはあるけど僕は猪肉とピクルスの入った酸っぱいソースのニニャン・テム・スロックが一番好きでほぼ毎日食べに行っていた。これはパスタよりもフォーに近いかもな。
 ニニャン・テム・スロックお代わりと赤ジンジャービール2杯とメダカお土産合わせて良心的な値段でやってくれて、1ペセタ35ギミック。


 へーカップ王国にテレビはない。国民は情報を掲示板で知る。高さ48パルカ(約5メートル)の巨大な木の板に国内外の情報が一挙に書き記されている。上の方は見えにくいので字が大きい。その掲示板は王都ハムコップンの至る所にある。
 アラクマ川の周りにレアモンスターが出現したらしいという情報が載っていた。今頃ハンターが大挙してアラクマ川を目指している事だろう。
 そんな事よりしばらくアイスコーヒーだけ摂取しようかな。太ったから。アイスコーヒー栄養あるしポリフェノールあるから良いんじゃないの知んないけど。いやん。


 交通手段はトロリーバスと王都電ニャラ川線がある。ニャラ川線は無料で乗れる。どこで乗っても良いし、どこで降りてもタダだ。途中下車してハンベラの花が咲き乱れるザキ国定公園で酒を買い花見した。子供達もいっぱいいて変わった形の凧揚げをしていた。はりすなおを見て子供達はかわいいねと言ってすなおの頭を撫でた。
 気分が良かったので僕はこの子達に売店でバタープディングをごちそうしてあげた。はりすなおはキューキューと笑っている。
 赤紫色の空は晴れ渡っている。表向きこの国は平和だ。


 店で出しているサンドイッチのチリソースの専売特許権が欲しいなと思ったらそれには市長の栄光というものが必要でしかしそれを獲得する為にはとても強い山賊を倒さねばならずしかもその山賊のいる館には鍵が必要になりその鍵はある塔に存在し塔の入口にはウォーハンマーを持ったとても強い獣人がいてまともに闘ったらかなわないのでカイエンという名前の二刀流の用心棒を雇う事にしたが拙者はカネでは動かぬと言うので彼を懐柔する為に好物の秘密のハチミツというアイテムが必要でしかしそれを得る為には船に乗ってオイデラの砂漠に咲くハチミツの元となる花と希少な蜂を発見しないといけなくて更に船を貸してくれる胴元にラジャインの壺というアイテムを渡さないと船は貸してもらえずラジャインの壺は高い塔の最上階の小屋にありその小屋の前にケルペロという名前の地獄犬がいて入れないのでケルペロを手なずける為に地獄ジャーキー小型犬用というレアなアイテムが必要でそれはナクラバの街に売っているが商人は頑として売らずどうやったら売ってくれるかと聞いたら私はダンスがとても大好きだナクラバの街で毎年8月に開催される炎ダンスフェスティバルで優勝しなさいと頼まれ炎ダンスを習う為に流浪の踊り子に5回転炎ターン大車輪という技を習おうとしたらそれには市長の栄光が必要ですと言われたので秒であきらめた。


 徴兵された。3ヶ月間の新兵訓練。僕はいったん全裸にさせられて髪の毛を短く切られてショックアブソーバーの全身タイツの上から甲冑を着せられた。甲冑は迷彩柄だった。僕は空手を習っていたので軍隊格闘技のコマは最高評価だった。て言うか周りが弱い。
 ジジイのケツの穴みたいな顔をした教育隊長の半疑問形が凄くて3ヶ月間毎日その事でストレスを感じて側頭部に10円ハゲが出来た。


 掲示板に新しく情報が載った。北の国の大魔王が運営するウォーボートのデスデ・ストラム号が出航していく。世界中に戦乱と厄災をまき散らすために。
 今の所へーカップ王国が北の大魔王に直接狙われる事はないが、時間の問題だろう。大魔王は世界征服を目論んでいる。大魔王に付き従う国も増えてきた。
 暗いニュースばかりだ。そればかりじゃないけどね。今年はキノコ豊作とかさ。
 麦飯のどんぶりに牛スープをぶっかけた奴をかっ込む。大正の文豪みたく言ってみた。


 この国には獣人が普通に暮らしている。ウサギ人もネコ人もトラ人もいる。ワニ人も。そこら中普通に歩いているし、基本的人権は変わらない。
 初めから獣人と付き合いたい獣姦したいそれ目的でへーカップに入国したケモナーと呼ばれる獣人愛好家の外道たちはもれなく死刑となった。死刑はまとめて行われる。
 高い壁に四方を囲まれたサッカーグラウンドぐらいの場所に100人の死刑囚を入れて、まず始めに3人のゾンビを投入する。ゾンビはのったりのったりしているので最初は笑ってられるし余裕ぶっこいて大丈夫そうに思えるが、何せゾンビは全く眠らないのでひとりまたひとりと犠牲になる。次々と死刑囚はゾンビになりやがて最後の一人がゾンビになった所で兵がゾンビになった死刑囚をまとめて火炎放射器で焼き尽くす。
 その様をサッカーグラウンドの外で群衆が観客として楽しんで観ている。娯楽として成立している。
 最高の死刑方法じゃないか。まさに容赦なかった。
 つまりこの国は萌えを容認しなかった。国王がそれを許さなかった。良い事だと思う。オタク趣味に国が加担したいびつな日本より遥かにまともだ。あんなゆがんだ性癖が常態化し市民権を得た国はまともじゃない。秋葉原に原爆落とせば良いんだ。


 彼女が出来た。ティチヴァン・ミュノリという名前。裁縫と料理が好きな24歳。新兵訓練の時に同じ隊だった弓使いだ。名前が何か母にとても似ているので隊にいた時から気になっていたんだ。ミロリとミュノリ。
 中央市場でばったり出会って僕の方からデートに誘った。すぐに彼女と僕は同棲を始めた。僕の店で一緒に総菜を作って出す事になった。彼女の揚げるコロッケとメンチは格別に美味かった。
 コロッケサンドイッチ・メンチサンドイッチ・コロッケメンチミックスサンドイッチが毎日飛ぶように売れて、僕はミュノリに黒曜石のネックレスを買ってあげた。彼女は素直に嬉しいと言って僕の頬にキスしてくれた。
 それからベッドに行って僕達は愛しあった。愛のあるキス、それは当たり前だった。髪の匂いを嗅いだ。ハンベラの花の匂いがして鼻腔がこそばゆくなった。お互いがお互いを邪魔する事なくカラダ中の性感帯を探しあった。いちいちそれは頭で考えなくても良かった。突き上げる。ミュノリは僕を見つめ、うっすら涙を浮かべて何度も何度も果てた。果てる度にミュノリは綺麗になった。僕も白い涙を立て続けに何回かこぼした。
 日本では大概セックスをしても、は~いそこそこの快感でしたー。は~いお疲れさまでしたーとしかならなかったよな。嘘っぱちの賢者タイムが訪れて、ラブホの照明を明るく戻して、僕がメンソールの煙草を吸っている間、女はネイル禿げてないかソファーで確認していたもんな。射精産業の風俗と変わらないじゃん。
 だけれど、ミュノリとの性交はまるで違った。心の奥底が思いもしない様な深い快感を得て同時にそれは何かとても優しい形をしていた。もうこの行為はセックスって呼んじゃいけないのかもしれないな。何だ?ファビュラスか。違うか。


 秋。手紙が届いた。日本からの手紙。父が危篤らしい。ああもう日本を離れて3年くらい経つもんな。あの人も70を過ぎている。いつ死んでもおかしくない。何だ、肺炎か何かか?今頃病院のベッドで苦しんでんのかな。
 いや、もう良いよ。興味がないよ。父にも、あの国にも。あの国には戻らないよ。
 手紙はクシャクシャにして捨てた。そもそも、そもそも論なんだこれは。


 ハムコップンの街の中心部にある急激に厚いレンガ亭で僕の38歳の誕生日会を開いた。ウォトッペ地方の煮込み料理をミュノリと二人で楽しんだ。ヤクーの肉が柔らかく煮込まれていてとても美味しかった。
 僕の店もミュノリのおかげで順調で、もう財布の中身を確認しないで好きな料理と高い酒を頼めた。
 ミュノリは僕にプレゼントをくれた。箱を開けてみたら鏡で、鏡なんだけどホログラムでゾンビが立体的に映り込むおもちゃの鏡だった。何ペセタしたんだよこれ。だけれどこういったズレたセンシティブは、実は嫌いではない。やれやれだぜと三代目JOJO。


 砂スライムのはりすなおを見かけないなと思ったら庭でプルプルと震えていた。何だどうしたんだよ。キューキュー言っているが笑っている感じじゃなかった。いつもみたく水色の輝く綺麗なうんちをするのかなと思ったら違くて、地面に同化していくすなお。どんどんと土の中に埋もれていく。え、どういう事。
 ミュノリも庭に出てきた。彼女は、砂スライムはねやがて成長すると地面に同化して美しいヒイメラの樹になるのよと言って僕の肩にそっと右手を置いた。彼女の手はヒンヤリしていた。
 はりすなおがいた場所に小石を並べた。僕は毎日ここに水をあげようと思った。ヒイメラの樹がすくすくと育つ様に。あと、メダカも一日二回。


 国王と友達になった。国王は身分を偽ってお忍びで僕の店にサンドイッチを買いに来た。おつきの者もつけずいつも一人で来た。コロッケメンチミックスサンドイッチを3つ下さい、ソースはタルタルで。美味しいと評判を聞きつけたからだ。最初は何も言わなかったけど4日間連続で買いに来たのでさすがにあのー国王ですよねと言ったらぴくっと一瞬痙攣して、そうですけど何?と言って王である事を彼は認めた。だって全バレだ。国王の肖像画は街の至る所に飾られてあるし、50ペセタ札の顔になっとるやないかーいルネッサーンス。
 それからは飲みに行く仲になった。ルネッサンス情熱。乾杯。太陽とススコムーネ亭にいつも行った。毎回奢ってくれたのはありがたかった。国王は何か女の子が飲む様な甘いお酒を飲んで、俺あんま王に向いてないんだよね実はとか言ってコカの葉をクチャクチャさせていた。税金を下げて下さいと頼もうかと思ったが奢られているのでやめにした。国王の赤ら顔を見て殴ってみたい衝動にかられた。お前なんか二葉亭四迷アーメン。


 ミュノリが。
 ミュノリが何も言わず部屋に手紙も置いて行かず、ただただ出て行った。朝になったらいなかったんだ。もう何日も帰らない。何か。何かそんな気がしたんだ。あんなにかわいくて良い女が僕の彼女だなんて最初からちょっと出来すぎた話だったんだ。
 ミュノリがプレゼントしてくれたゾンビが映り込む鏡を見たら僕とゾンビが非道く情けない感じでコラボしてて乾いた笑い声をあげちゃったよ。
 最愛の人。今はどこを歩いているのだろう。誰に抱かれているのだろう。


 一心不乱に剣を振るう。没入こそが自分を救うのだと妄信しながら。そうでなきゃやってられなかった。青銅の剣をこれでもかと振るう。
 半年もそうやっていたら、僕の階級は十人長になっていた。
 でも店の経営が忙しくて軍隊の方にはあまり顔を出せなかった。新しいサンドイッチのメニューを考えないといけない。シフトが割と自由が利くのがへーカップ王国軍の良い所だ。


 春。父の死を手紙で知らされた。従兄弟の山本ケンチさんが手紙をよこした。父は一ヶ月近く昏睡状態が続いたそうだ。
 北区の病院で入院中父はいつも一枚の写真を眺めていた。その写真が手紙に添えられていた。僕が3才の時のものだ。ニット帽を被った父は僕を抱きかかえている。僕は小さい魚を手にしてニコニコしている。ふっくらした3才のほっぺにはかわいらしいえくぼが浮かんでいる。
 覚えている。これは確かアブラツボかどっかの水族館に行った時のもので、この後僕はイルカに魚をあげてキスされたんだ。
 僕は涙が止まらなかった。声を上げて泣きじゃくって空っぽのベッドを叩いた。ずるいじゃないか。父さん。この写真のセレクトはずるいじゃないか。


 6月。新しい恋人が出来た。花屋の娘、ムギ。ミルケ族の妖精の21歳。背中に申し訳程度の小さな羽が生えている。
 何度かデートを重ねてセックスもまあ楽しかった。相手若いから。妖精だから性感帯も普通じゃないとこにあって面白かった。
 でも僕はミュノリの事が忘れられない。ムギでは決してミュノリの穴は埋められない。それにムギはちょっとワキガだったんだ。嫌だろワキガの妖精なんてさ。
 オレンジ色の海。甘ったるい匂いでいっぱいの浜辺。ヌーディストビーチでビキニみたいなビキニを着てはしゃぐムギ。健康的に灼けた肌。おっぱいも大きくてスタイルも良い。チ~ロ~って妖精特有の少しビブラートの掛かった売れない声優みたいな声で僕を呼んでいてかわいい。
 でも確かにかわいいんだけど僕は全然違う事ばかり考えていた。ミュノリの綺麗な鎖骨。指を這わせるとのけぞったんだ。その時にはもう僕はへーカップ王国にも完全に飽きていた。正直もうこの日常はしんどい。


 夏。うだる夏。暑い夏。掲示板を見た。ダンジョンに宝ありの情報が流れた。玉虫色のきらびやかな珠のあしらわれたネネ・ライゼハルテンの宝剣がダンジョン最深部の宝箱に隠されているそうだ。時価数万ペセタ。大金だ。
 でもダンジョンには怖くて近寄らない。暗いし、洞窟だから滑る。コウモリもいるだろう。コウモリは顔がキモい。鼻の形が嫌だ。羽を広げると予想以上にデカくなるのも生理的に受け付けない。
 ああ洞窟だから多少は涼しいのか。この部屋クーラーないしな。いや、死んでも行かないだろうダンジョンには。だから僕の家にはたいまつという物がそもそもない。


 冬になって僕は一度だけ日本に戻った。
 友達の劇団の公演を観に五反田まで行って、芝居は面白かったんだけど何でか分かんないけど一幕と二幕の間の途中休憩で席を立った。サービスに出されるホットワインを飲まずに帰った。劇団主宰の前田セロ君にも、出てる何人かの友達にもひと言もおつかれさまーいやー面白かったよーの挨拶もせず帰った。
 帰り道どうせ五反田に来たのだから繁華街に出てファッションヘルスのイチャイチャ令和女学園に行ったらかわいい若い女の子で、俺へーカップ王国でサンドイッチ屋と通いの兵士をやっているんだの話をしたらすごく話に乗ってくれて、うんとサービスしてくれて、キスもディープキスで、男女の駆け引きって言ったら良いのかな、演劇よりも愉悦で遥かに演劇的だった。その感覚は僕そのものの孤独を表しているのはほぼ間違いなかった。
 寒いので道産子五反田店に入って味噌ラーメンにコーンとバターをトッピングして大盛りを調子こいて頼んで完食したらお腹を壊した。
 駅前は数年前からずっと何かの工事をしている。


 突然、宣戦布告もなく隣国タリホー連邦とネルネ共和国が攻めてきた。
 そのバックにはやはり北の国の大魔王が付いている。大魔王直属のゾンビ軍団を率いて攻めてくる。その連合軍の数は一万数千。
 ゾンビ兵は次々と人海戦術で襲いかかり、王都の高い壁をよじ登る。国民の避難が遅かった。第一陣のゾンビ兵どもはあらかた砲兵と穹騎兵が始末したが、こちらの被害が多すぎた。
 街はところどころで黒い煙がくすぶっている。
 へーカップ王国の民もだいぶゾンビ化してしまった。仕方ないので焼却処分して埋める。残された者は壁の補修に駆り出された。みんな一人残らず疲れきっていた。肉体的にも精神的にも。塹壕もより深く掘り下げられているがそんなに効果はないだろう。あと第二陣、第三陣が来たら完全にアウトだ。
 ゾンビの埋められた墓場で、泣いている幼い子供が何人もいた。両親がゾンビになって燃やされたようだ。大人は無関心だった。みんな自分の事で精一杯でそれどころじゃないのだ。
 そう言えば僕も泣いても良かったんだ。何でかって言うと恋人のムギもゾンビになって燃やされて埋められたから。
 こちらもやられてばかりではない。応戦。タリホー連邦の中枢に攻撃命令が下された。
 僕は全長780パルカ(約80メートル)の超巨大カラス、グロイデルに乗る。背中にインプラントで固定されたボックス席に武装化した兵士45人が乗れる。30羽のグロイデルの編隊はタリホー連邦の森林首都エルトポを目指す。
 乗り心地は悪くないがムカムカしていた。何の理由もなく隣の席に座るショルジンの頭を銃尻でそ~れヒットエンドラ~ン言うてかなり強めに叩いた。いじめられっ子のショルジンは僕が上官(十人長)なので少し、ちょっとーやめて下さいよーとだけ言って引きつった顔で笑った。笑ってられるのも今の内だぞこのクソ虫野郎!!とわざと他の隊員にも聞こえるボリュームでどなってみたらショルジンはもう泣きそうな顔で自殺しそうだった。知るか。
 グロイデルの呼吸音が激しくなった。鳥臭い。国境が近い。地上から迎撃機が上がってきていて弾幕がかなり近くまで迫っていた。音が。音が非常に嫌な変な感じでくぐもって鼓膜の中で響いて返ってきて非常に嫌だった。
 遠くの二羽がやられて兵達がバラバラとキャンディの様に空中に投げ出され地面へとこぼれ落ちていく。
 宮崎駿のアニメみたいだった。見ろ人がゴミの様だみたいだった。それ以上の感想はなかった。
 まあ多分十中八九僕はこの戦闘で死ぬだろう。ああそうなんだよね、ふと、ミュノリの事を思い出した。
 綺麗な鎖骨にもう一度指を這わせてその反応を愉しみたかった。切なくなった。風が直で顔に当たって気持ち良かった。腕時計を見た。ヴィマの刻(午後2時)だ。視線を戻す。赤紫色の空が綺麗だった。


 北の国の大魔王は相変わらず健在で世界の破滅を目論んでいる。大魔王はファンシーなぬいぐるみに囲まれたピンク色の部屋で、毎朝欠かさずはちみつたっぷりのパンケーキを食べ酵素ドリンクを飲む。大魔王である16歳の彼女は今日も元気にツインテールの髪をフリフリしている。お気に入りのシュシュ。


 おしまい

ファンタジー系

最後までご覧頂きありがとうございました。主人公森川チロがファンタジーの世界で送った数年間の日常はいかがだったでしょうか。
僕も毎日を大切に生きたいと思います。
ありがとうございました。
また何か書きます!

ファンタジー系

ファンタジー。砂スライム。獣人。王様と友達。妖精が彼女。大魔王と戦闘。 全て、頭金48万円で手に入れた。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 冒険
  • 青年向け
更新日
登録日
2020-03-20

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