藻
唐突に片桐が、
「ふじつぼの怖い話知ってるよね」
話題をふってきた。
居酒屋で飲み始めて、酒が効いてきたのかな。
「岩場で転んだ傷口からふじつぼが体内で繁殖する、あれ?」
俺の聞き返しに、
「そう、その話」
片桐が大きくうなずいた。
「で、似たような話を聞いたんだけど」
そう言う片桐は、いたずらを仕掛ける子供のような笑みで俺を見ている。
「わあ・・・・・・どんな話かな」
嫌な予感だけが頭をよぎる。
そして、片桐は語りだした。簡単に約せば、
──あくまで片桐が友だちから聞いた話と強調した前提だった。
魚の飼育が趣味のある人が、水槽にこびりついた藻を掃除した。
手に沁みる感覚があったが、かまわず掃除を続けたそうだ。そして、清掃が終わり、初めて手に切り傷があったんだと気づいたそうだ。
しばらくすると、そのある人はめまいやら頭痛で体調がすぐれず、たまらず病院に行ったそうだ。
そこで──
「いろいろ検査して最後に、採血して血を調べますからって、看護師に針を刺されたんだと」
左腕に右手の人差し指で刺すようにしながら、片桐は熱く語る。
「わうっ!看護師が病棟を震わす叫び声をあげると、なんと・・・・・・」
ことさら間を溜めるように、豪快にグラスの酒を飲み干した片桐だった。
「うぷ。なんと流れ出た血が、緑色だったんだと。つまり水槽の藻が血液で繁殖してたんだよ」
今度は俺に顔を寄せて小声でささやく片桐が、どや顔で俺に笑いかけた。
その瞬間、
「おーっ!」
思わず俺は叫んだ。居酒屋中の視線を感じる。
目の前の片桐が、鼻から真緑の鼻血を垂れ流したのだ。
「片桐、もしかしてそのある人ってお前なのか?お前、その血・・・・・・?」
片桐の顔を指差したまま固まった俺に、鼻先を指でぬぐって、指についた緑の液体を確かめる片桐だった。
すると落ち着いた様子で言い放つ。
「すまん、飲み干して、むせるの我慢した抹茶ハイだ」
「きたねーな」
心底あきれながら俺も抹茶ハイを飲み干し、俺たちはおかわりを頼んだのであった。
藻