光と闇

 幼い頃、世界は光と闇で分けられていると思っていた。一日は昼間のことで、夜は不気味な世界だった。この世のすべてが寝静まり、死体のように動かなくなる。どこからか鐘の音が鳴り響いて、まるで世界は終わってしまったかのように動かなくなる。夜が死だった。
 まだ二歳か三歳の頃、家の近くにある大きな寺院へ言った。暗闇の中で鍵を触るというだけのことだった。何も見えない黒の中へ入っていくとき、光の扉は閉じていた。この世に帰ってきたときには、大きく開けられていて、慣れない瞳はおもわず目を閉じた。暖かい日の光を全身に浴びた。視界のどこかに、白い服を着た僧が見えた。これが生まれるということなのだ、私はそう理解したのだろうか。生も死も同じ事でしかない。人は永遠の無から生まれ、永遠の無へ帰っていく。そんな像が私の中に浮かんでは消え、ある時恐怖で眠れなくなった。
 死んだらどうなるの。
 そう母に聞いた。母はあきれるように無視した。生きたいわけではなかった。けれど、死ぬときには、どこか別の世界に行ってしまうのではなくて、私という意識が消え去ることだと、分かっていたのかもしれない。

 十歳を過ぎた頃から、眠らなくなった。夜半になって時計を見て、そうしてやっと眠りに就く。時間を司るのは光から、機械音の鳴る丸い秒針になっていた。父は厳しい人間だったが、同時に、保護するという倫理観とは異なった考えの持ち主だった。夜更かしをすることや、一般に子どもには危険だといわれる残虐さを覚えることを、少しも拒みはしなかった。そんな生活をしているうちに、日の境は遅くなった。夜の訪れによって終わったはずの一日が、いくらでも延長されていった。十二時を知らせる時計の音は確かに一日の始まりには違いなかったが、それは作られた始まりでしかなかった。
 恋人がいた頃、二人で何時間もメールをし合った。夜の始まりから終わりまで、どちらかが眠るまでずっと交し合った。ある日、眠ろうと空を見ると、薄明るくなっていた。このとき初めて、ある種の巨大な怖ろしさが頭の中を駆け巡った。一日という、絶対無二なものへの裏切り、自分ひとりの世界からの絶対的な孤立、そうして、この世の人間でないものの気持ちはこんなだろうかと思った。この世の人であり続けることができないから、永遠の生は禁じられたのだろうか。神の唯一の慰めとして。

光と闇

光と闇

時間や空間と、自分の意識との境界線で感じること。

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-03-29

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