干しわらになった王子さま

書肆彼方

干しわらになった王子さま
  1. はじまり
  2. 王さまのなぞかけ
  3. 王子さまの旅路
  4. 東の風車

はじまり

はじまり

 むかしむかし、深い山あいの水鳥たちだけが知る美しい湖のそばに、ひっそりとそびえるお城がありました。
 まわりの国の人びとから知られず、兵士や従者もいない、名もなき小さな王国でしたが、いつも手をつないで歩く仲むつまじい王さまと王妃さまがいました。それはそれは優しく、民から父母のようにしたわれ、みんな和気(わき)藹々(あいあい)と暮らしていたのです。
 王さまと王妃さまには子どもがひとりいました。小麦色の髪に青い瞳の快活な男の子で、毎日お城を抜けては町の子どもたちと一緒に山をかけまわったり湖で泳いで遊ぶのでした。

王さまのなぞかけ

王さまのなぞかけ

 晴れたある日の朝のこと。王子さまはヒヨドリのさえずりでぱっちり目をさますと、ベッドからとび起きて顔を洗い、食事をかきこみます。イスをひいて食堂を飛びだそうとするやいなや、父親からまず王の執務室(しつむしつ)にくるよう呼び止められました。
「ちぇっ」王子さまは舌打ちをして、「父上の用事をさっさとすませて川で葉っぱ流しをしよう。きのうはヘレムの葉っぱがいちばんだったけど、夜にとっておきのを思いついたんだ。つぎはぼくが勝ってやる」はやる気持ちをおさえ、お城のろうかを足早に通ります。
 湖を一望できる回廊をぬけ、黒ぬりの大きな扉で立ち止まると、かるくせきばらいをしてから扉をコンコンたたき、「王よ、まいりました」。このときだけは父ではなく王だとわきまえていますので、背すじをピンとのばし、すこしばかり落ちついた声です。
「入りなさい」
 王さまの呼びかけに応じて王子さまは肩をそびやかしながら執務室へ入りました。
 古本のしけたにおいがただよう王の部屋はいかにもむずかしそうな本が本棚にずらりとならべられ、レリーフがほどこされた大きなつくえの上に山とつまれた本は今にもくずれ落ちそうなほどです。
 王子さまが本と本のすきまからむこうをのぞくと、王さまは考え深げな様子で手紙をしたためています。他国と親交もなく、国にあるたったひとつの門をくぐるものすらほとんどいないのに、いったいどこのだれに宛てているのでしょうか。王子さまはすこし不思議に思いました。
「わたしがここによんだのは」王さまは手をとめ、羽根ペンをつくえに置き、王子さまのほうに顔をゆっくりあげます。「むすこよ。おまえに探してきてほしいものがある」
 勇猛(ゆうもう)威厳(いげん)あるライオンのように低くて穏やかな声に、先を見通すワシのごとくするどい眼差し。王子さまは父親が大好きでした。なにより、自分も父のような王になりたいと願っていたのです。
「王よ、わたくしになにを探せというのでしょうか」
「うむ。それは、『芯のないりんご』『扉のない家』『鍵のいらない宮殿』を」
 王子さまはすこし考えてから、いぶかしげにたずねました。
「わたくしをためすなぞなぞ、ですか?」
「そのようにとってかまわぬ。おまえが山間の国の王としてほんとうにふさわしいのかな」
 王さまの言葉に王子さまの心はふるえます。なんと、父はわたしを将来の王としてみてくださっていたのか。わたしはもう子どもではなく、父の目にふさわしいおとなとなるのだ。そのためにも父の期待にこたえ、民の希望とならねば。
「わが王よ、あなたの目にかなうものをかならずやおみせしましょう!」
「よくいってくれた。ではすぐ、明日の朝出発するように」
「仰せのままに!」
 王子さまは瞳をかがやかせ自信たっぷりにそうこたえると、部屋からでていきました。
 いまやもう友と遊ぶことなどすっかりわすれて、父からあたえられた試練をのりこえるため、すぐ出発の準備をはじめます。一心に旅支度をしている王子さまの背中をながめる王さまと王妃さまは後悔したような、さびしい顔をするのでした。
 翌朝、雲ひとつない空のもと、たくさんの食糧と水をつめた布袋を白馬にのせてまたがると、だれからも見送られることのないまま、王子さまは正門をくぐり、国外へ出ました。母からはなにかあったときの足しにと、赤い宝石つきの金の指輪を首かざりに、父からはひとふりの青い剣を腰に。
「希望をもって国をでて、栄光をもってむかえられよう」
 威勢のよい声とともに、王さまのなぞかけにこたえるための長い旅が、こうしてはじまったのです。

王子さまの旅路

王子さまの旅路

 山間の国を発ち、田舎の村からはじまり、街へでてやがて大きな都市に。国の外を知らない王子さまにとって、目にうつるすべてのものが新しく、たくさんのことを知りました。世界は広く、故郷はちっぽけなこと。歓迎されることもあれば、疎まれることもある。美しい景色に目頭を熱くし、目をそむけたくなる光景もある。どしゃぶりの雨にぬれそぼり、つめたい風がふきつけ体をガタガタふるわせること。なによりひとりぼっちがどれだけつらいことか。
 洞穴に身を横たえ、眼前に広がる紫紺の地平線をながめ、ちらばる星くずの夜空に祖国への思いを馳せました。
「わたしを知るのは旅をともにする白馬だけなのだ」
 長い旅の果て、もの知りが住むという話を聞き、荒野を通りました。陽の光であたりがまっ赤に染まることから血の荒野と呼ばれ、そこには何百年もまえに興亡し、人々から忘れられた都市の廃墟があります。
 遠くに立ちのぼる一筋の白煙を見つけた王子さまは、馬をおりて近づきました。
「はじめまして」たき火のまえで腰を下ろすボロをまとった老人に話しかけます。「わたしは遠くの地からやってきた旅人です。あなたの深い智恵についてうわさで聞いております」
 老人はまるで石こう像のように微動だにせず、まえに立つ少年など目もくれず、うつむきながらパチパチと鳴る火に木ぎれをくべていました。
「あなたにうかがいたいことがあるのです。それは……」
「ここからさらに東」王子さまの言葉をさえぎり、老人はつぶやきます。「金色の小麦畑にある白い壁、黒い屋根の風車に知りたいものがあるだろう」
「なぜ、わたしが話す前にすべてわかるのでしょうか」
「風がどこからふくのか、だれが知りえよう。ただ行くべき先に目を向けよ」
 王子さまは老人に感謝を告げ、少しばかりの金と食糧や水を渡して、こう言いました。
「わたしの旅が成功したなら、どうかあなたの秘密について教えてください」
 東に向かって馬を駆け、しばらくして見渡すかぎりの小麦畑に風車がポツンとたっているのが見えました。老人の言葉のとおり、白い壁に黒い屋根。まちがいありません、ついに目的地にたどり着き、試練の旅はむくわれたのです。
 王子さまの胸は期待で高鳴りました。そう、たしかにこの時までは。

東の風車

東の風車

 大きな羽根がゆっくりまわる風車を見上げ、なんともぶきみな姿におののきながら、王子さまは馬を止め、優しくなでてからすぐに風車の中に入りました。
 ゴオンゴオン……ギギギギー。きしんだりたたく音が部屋中やかましく聞こえます。あたりに人や、だれかが仕事をしているようすもありません。
「老人はほんとうにこの風車のことを語っていたのであろうか」
 王子さまはいくぶん心配を口にしつつ、風車の中をあちこち探しまわっていると、やがて地下につづく階段を見つけました。階段を降りた突き当たりに木の扉が閉じ、はずれかけのくすんだ金のドアノブに手をかけます。扉はにぶい音を鳴らしながら開き、うす暗い部屋の中へゆっくり、慎重に進んでゆきます。
「ここはなんだろう、麦を備蓄する納屋あるいは倉庫……」
 ほこりがまうカビくさい部屋を見まわしていると、バタンッ! 背後の音になにごとか思わずふり返ります。はたと急ぎもどってドアノブに手をかけ、押したり引いたりしますが、固く閉じられた扉はビクともしません。
「だれかがむこうがわから閉じこめたのか? あるいは風で扉が閉まり古い錠がかってに……しかしそんなはずは」
 ただならぬ空気を肌で感じた直後、背中になにか強い気配。自然と右手は腰にさがる剣にふれ、すばやくふりむきます。
「だれだ? いるのはわかっている」
 扉が閉じられたはずのしんとした部屋にひゅうと乾いた風の音。うっすら灯火があらわれ、王子さまはそちらにむかってゆっくり、ゆっくり呼吸を整えながら、すり足で近づきました。すると灯火が奥に向かって順番に灯っていきました。
 一体何者が? そう疑問に思うやいなや灯火はみるみる増えてゆき、ついに部屋全体をぱっと明るくしました。さっきまで風車の地下納屋でしたが、暗転したように天井の高い、石づくりの玉座が中央にかまえる壮麗な空間に立っていたのです!
 王子さまはおどろきと不安を感じつつも、けっして表にだしません。どんな時でも静かな威厳を保つように父から教えられていたからです。
「わたしは遠い地から王の命によりつかわされたものである。そなたに聞きたいことがあるのだ」
 はりあげた王子さまの声は石づくりの部屋のなかにこだまします。やがて、低くてにぶい男性のような声が聞こえてきました。
「おまえは……なにもわかってはいない……」
 耳元でささやくような、ひやりとつめたい音。
 王子さまは呼吸を整え、右手は剣の柄をぎゅっと強くにぎりしめます。形なき姿をとらえようと、するどい眼光で周囲をなめるように見ながらこたえました。
「声の主! どこにいる?」
「おまえはなにもわかっていない。西の国のちいさな王子よ」
 さっきよりもはっきりとした声が響きます。
「なぜわたしがわかっていないというのだ、低い声の主」
 すると、だれもいないはずの王座はスポットライトのようにパッと照らされ、王子さまは目を覆い、一瞬ひるみます。
「おまえの父は」黒い影のような人の(かたち)をしたものが胡坐(こざ)をかいてふてぶてしく腕をくみ、王子さまをのぞんでいました。「おまえが邪魔なのだ、西の国のちいさな王子。答えがない問いを投げかけ、おまえを国から追いだしたかった。できるだけ遠くにな」
 王子さまはムッとして横柄な黒い影をにらみつけます。しかし影はそんな王子さまを知ってか、あざ笑うように話しつづけました。
「おまえは今ごろ国中の笑い者だ。愚鈍な王子はなにも知らず、ひとり各地を放浪している干しわらのように中身のないスカスカな王子だとな」
「嘘をつくな。父と民はわたしを愛している。そしてわたしもまた。おまえはわたしをおとしめようとしているのだ」
 影は下品に高笑いをしてからこういいます。
「人を疑うことを知らない、哀れで愚かな干しわらの王子。我がおまえをおとしめてなんになる? むしろ我は真実の答えをあたえようとしているのに」
 王子さまは怒りに満ち、黙ってしまいます——こんな影になにがわかるのだ。でもたしかに、いまのわたしはなにも知らない。
「いいかよく聞け、干しわらの王子。この世はまず猜疑(さいぎ)しなければならず、史実は狡猾(こうかつ)下卑(げび)なくり返しなのだ」
 船乗りが風のながれを読み取るかのように、王子さまの微妙な感情のゆらぎをあくまで冷静につかむ影の声は、ここぞとばかりに王子さまの耳にささやき、その軽妙な疑心は王子さまにまとわりついて離れません。
 感じたことのない悪寒、聞こえてくる人々からのクスクスという笑い声——王さまはわたしを本当に認めてくださるのだろうか。それとも失望されているのか。まさか——
「おまえは故郷を出てた時、国の誰からも見送られぬことを疑わなかったのか?」
「それは……」王子さまは思わず視線をそらします。
「ふんっ。では国の外はおまえが思っていたような、良いものだったか」
「良いものも、悪いものもあった」
「否。人はいつも悪いものを良いもので覆うのだ。おおかみが羊の皮をかぶるように。おまえの父親も国の民も、良識ある王の皮をかぶり、善良なる民の皮をかぶる。しかし本当の顔はだれにも明かさない」
 王子さまはスラリと剣を抜き、切っ先が影に突きつけられます。
「貴様に決闘をもうしこむ。剣をぬけ! 貴様は祖国と父を侮辱した」
 するどい声に怒気をふくむ王子さまの目を射抜くように、影は恐るどころか、いよいよあざけり、大声で笑います。
「笑止! それゆえおまえは干しわらなのだ。剣は名誉のためにではなく恥辱をあたえるために振るうものよ」
「ふざけるな!」
「それに」と影はゆっくり王子を指さし、「我はすでにおまえにもたらした」。
 王子さまはいちだんと寒気が身体中おそってくるのを感じました。ひたいに冷たい汗がにじみ、歯はガチガチ鳴り、のばした右手とつかんでいる剣も小刻みに震えます。
「教えてやろう、おまえの国の真実を」影はひじかけにどっしりもたれ、ほお杖をつきます。「むかし、おまえの国は我とひとつの契約を結んだ。それは国の安寧と引きかえに王の子ひとり、国から追いだすこと。しかし追放する子どもに真実を伝えてはいけない。また子どもは自発的に国をでなければならない。そのひとりが干しわらの王子、おまえなのだ」





 王子さまは顔をゆがめ、青い剣をゆっくり(さや)におさめます。
「父上……わたしに力を……」
「人はいつも悪いものを良いもので覆う。人間との約束など、なんの価値がある」
「……わたしの旅は……ああ、こごえてしまうほどに寒い……」
「我がいるこの玉座を見ろ。血で汚れる白い大理石の玉座を。遠いむかし、数多の王が座し、死を恐れ、だれひとり安らかに床で眠ったものはおらず、やがてほろびたのだ」
 王子さまの体はみるみる乾き、干されきったわら(・・)に変わってゆきます。
「干しわらの王子、絶望のうちにおまえが座れ。歴代の王がそうしてきたように」
 王子さまは考えることをやめてしまいました。国のこと、父と母のこと、友人のこと、山からふいてくるおだやかな緑のにおいがする風、つめたい川で泳ぐこと、小鳥のさえずり、さわやかな朝と星いっぱいの夜空。王子さまにとって明日はもう楽しみではなくなったのです。すべてのものがじぶんを忘れてくれるようにすら願いました。
「どうか……どうかわたしを助けてほしい」
 心までカラカラになった王子さまは自分に語りかけると、吸いよせられるように王座の前に立ちつくし、ついには力なくすわってしまいました。干からびた手をだらりとさげ、王の間をみおろしますが、そこにはただ闇しかありません。
「幕が……下りてゆく」
 影はいつのまにか消えさっていました。風車はいつもどおりゴオンゴオンと音を立ててまわっています。
 ただひとり、干しわらになった王子さまをのこして。

干しわらになった王子さま

Playlist
————————
『Sweet Comeraghs』
『Midnight Walker』Davy Spillane

干しわらになった王子さま

どうか……どうかわたしを助けてほしい————

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青年向け
更新日
登録日 2020-03-13

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted