蛇口から夏

リビングのシンクの蛇口に目を遣ると

わたしとおなじに みえました

風が運んでくる季節は 風のあたる場所にいるものにしか

わからないと おもっていましたけれど

そんなことは ないのでしょうね

蛇口をひねると 鋭い温度の水が

わたしの十本指を 怖がらせます

こわばった顔で 言うことはいつも

｢まだ冬なのね？｣

あなたもわたしも

師管のない 植物のようにみえて

すこし 淋しい

シンクに季節はふたつだけ

シンクにいるときだけわたしは 季節をふたつ 失う

喉がかじかんでいると ことばもかじかむ気がします

ぬるい眠りについたとしても

わすれることは ないのでしょうね

手垢まみれのシンクの蛇口に

手垢まみれのわたしの思い出

きれいにするのがなんだか惜しくて

きょうもふたりで 踊ってた

ただれた地面を治癒するように

欠けていく冬をしたためる

わすれることは ないのでしょうね

なにせ季節は ふたつだけだもの

桜の蕾がうごめいています

夏もいよいよ 近い気がして