スパルタ教育

スパルタ教育

 夕飯時、テレビの画面越しにキャスターが伝える。
「明日は県立高校の一般入試です」
 もうそんな時期か。
 中高、大学と受験の思い出に話が弾む中、母が言った。
「そういえばお前小1の時、夜中の12時まで宿題しったっけな」
 僕は答えた。
「んだっけね、思い出した。あれはほんと大変だった、本当に」

 小学校入ったら友達百人できるかな。
そんな純粋な夢をぶち壊した鬼教師。
 不幸にも僕は今でいうところの、
ブラック教師のクラスになった。
 6年生の担任から下がってきた、
初老近い、スパルタで有名だった男性教師。

 後ろでスヤスヤ妹が眠る真っ暗な部屋の中、
スタンドライトの灯り一つで机に向かい、大量の宿題をこなした。
 他のクラスでも使用されているプリントに加え、
問題でびっしり埋め尽くされた担任手製、
10枚ひと綴りの漢字書き取り集が日に数冊渡される。
 膨大な量の上、提出期限は非常にタイト。
翌日締め切りのものも多く、学校から帰宅し即始めても、
全て終えると日をまたいでいた、なんてことも少なくなかった。

 この小学校低学年にとって徹夜に等しい、
そんな夜は僕に限った話ではなく、同級生もしかり。
 当初から保護者の間では入学し間もない、
書くことに不慣れな中での詰め込みは物議を醸し抗議を呼び、
件のブラック教師は翌年異動という形で左遷された。
 
 この教師、問題行動は放課後に限ったものでなく、
授業中も己の思うまま、暴政を振舞っていた。
 その代表格がチョーク投げ。
 怖いものなしなのか、人の気持ちが分からないのか、
注意という名の暴行は、授業参観中も行われた。
 
 普段と異なり多くの大人が教室に集う中、
名指された僕は動揺し回答に時間をかけてしまい、
結果チョークを投げつけられた。直撃、痛かった。
 共働きだった両親に代わり訪れていた祖母は、
その仕打ちを目にし、ひどく驚いた。
 仕事から帰ってきた母に対し、
「うちの孫さチョークな投げやがって!」
 興奮しながらそう語ったらしい。

 給食の際にも辛い目にあった。
 幼稚園の頃から、制限時間を設けられている点が苦手で、
時間内に食べ終えることができず、掃除の時間も半べそで食べた。
 当時は給食残すべからずが、地方という環境もあってか、
僕が通った幼稚園から中学校まで、全てにおいて適用されていた。
 確かに残すのはもったいないことだが、
机を後ろに下げられても食べ続ける。今思えば異常である。
 
 小学校に上がっても、食事のペースは遅かった。
 午前で学校が終わるため、残った分を口に詰め込み、
我慢しつつ急ぎ足で帰宅、台所で吐き出していた。
 僕の膨れたほっぺたを担任は笑い、
「なんだ、それ?猿の頬袋みだいだな」
そんな風にからかわれた。

 高校生になってからクラスメートだった女の子と、
当時の辛い日々について語り合う機会があった。
 その際、新たなエピソードを知ることとなる。

 彼女は地毛が赤色だったのだが、
事情を知っているにもかかわらず、
担任は黒く染めてこいと、何度も強く指導してきた。
 遺伝への理解が乏しい時代性を考慮しても酷な話である。
 家の人に強要された旨を伝えると、
彼女の祖母と母親は学校へ出向き、激しく詰め寄った。
 それでも頑として折れない担任。
 独善的な彼は理屈を並び立て対抗したが、
最後の最後にようやく、強制しないと口にしたという。

 怒りも呆れも通り越し、
その男のことが哀れにさえ思えた。
 人生に無駄なことなどない。
 そう思いたいが、彼のもとで過ごした一年間だけは、
貴重な幼き日々が犠牲となった、今でも僕にはそうとしか思えない。

スパルタ教育

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  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-03-11

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