アイスクリーム屋さんの幽霊

 むかしのことなのだけれど、もう、だれも愛せないと思った瞬間があって、でも、その瞬間を乗り越えたあとは、なんだかもう、だれでも愛せそうな予感がしていた。
 アイスクリーム屋さんでみた幽霊のこと、おぼえている。
 わたしは、しずかちゃんというなまえの友だちと、アイスクリームをたべていて、わたしはチョコミント、しずかちゃんはストロベリーで、アイスクリーム屋さんのおにいさんってかっこいいよねなんて話を、していた。幽霊は女の人で、むかしよくやってた心霊番組とかで定番の、黒くて長い髪の、真っ白いワンピースを着た女の人だった。しずかちゃんは、おにいさんに恋人の有無を聞き出そうとしていて、めっちゃがんばってるなぁと思いながら、わたしは幽霊をみていた。雨が降っていたからか、お客さんはわたしとしずかちゃんしかいなくて、ああ、一応、幽霊もいて、でも、幽霊って、お客さんと呼ぶのかな、という感じで、アイスクリーム屋さんの陽気なバック・グラウンド・ミュージックが、なんだかちょっとだけ、腹立たしかった。
 愛したいひとは、たくさんいる。
 家族、お友だち、好きになったひと、うつくしいひと、やさしいだれか。
 一度失ってしまったものを手に入れるのは、むずかしい。それが、苦労して手に入れたものならば尚更で、自らそれを手放してしまったことを、散々後悔している。日々。
 しずかちゃんが女の顔をしている、アイスクリーム屋さんと、なにを考えているのかわからない、幽霊。チョコミントのアイスがおいしいからそれでいいじゃないと思っている、わたし。おにいさんはアイスクリームを売っているときと変わらない笑顔で、しずかちゃんの質問をうまく受け流している。雨は朝から降り続いていた。しずかちゃんとおにいさんに気づかれないよう、こっそり幽霊にアイスをさしだしたけれど、幽霊はうんともすんとも反応しなかった。
 なんか、かなしかった。

アイスクリーム屋さんの幽霊

アイスクリーム屋さんの幽霊

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-03-10

CC BY-NC-ND
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