へんぴな戦場

誰の為に戦っているの?
と、少女は言う。
俺は、その場のコンクリートの地面の上、大の字になって、
仰向きで横たわっている。もうそろそろ、1時間と半が経つ。
もう一度、少女が言った。
「誰の為に、戦っているの。」
俺はぼんやりと頭上を眺めて、
そこに流れる灰色の空を見詰めていた。
少女は、俺からの回答がないと気に食わないらしい。
少女は、俺の方を、じっと見詰めている。
どうでもいいじゃないか。と俺は思う。
どうしてそんなことに対してこだわるんだ?、と。
誰の為に戦っているのだとしても、
勝ったか負けたかそれだけでそれだけが大事で、
それ以外は何も要らないのだ。
何もかもが無なのだ。
なのに、そこにわざわざ意味を付加しようとする。
無駄な荷物が増えるだけなのだということが、分からないのだろうか。
ああそうか。彼女は戦ったことがないんだな。と、俺は思った。
戦ったことがないから、失ったこともないんだ。
傷だらけで血をぼろぼろ流して逃走したことがないから。
恐怖を剥き出しにして、敵と対峙したことがないから、言えるんだ。
誰の為に、戦っているの。
じゃあ、その言葉をそのまま彼女に返してあげよう。
瀕死の重傷を抱え込んで、もがき苦しんでくれ。
時が、止まるくらい。



少女は、息を止めて、男性の表情を直視した。
男性は、生きているのか死んでいるのか分からない顔で、
頭上の空を見上げている。
その目が果たして色を識別できているのか、私には分からないが、
私には彼が無性に可哀そうな存在に思えてならなかった。
迎えてくれる人間もいない。受け入れてくれる存在もない。
笑って許される居場所もない。
彼には、故郷と呼べるような心の居場所が、何処にもないのだ。
だけど、それは、私も同じだ。
私も、似たような境遇に生まれてきたし、過酷な状況
にも何度も出くわしたし、生き続けるのは、辛かった。
それでも今まで誰かに私の身代わりになってとせがんだこともないし、
助けを乞うても、意思だけは安く投げ売ったりはせず、
胸をベルトで締め付けられているような心地を抱えながら、
今日まで生きてきた。
もし私が甘えているとするのならば、それは彼の目が節穴なのだろう。
苦しんだ経験のない人間など、いない。
目を見開いてみれば、隣の何者かだって、ふとした瞬間に感情のない顔をする。
憂いを帯びた顔をする。怒りのこもった表情をする。
それが何十億とも折り重なって、人間社会は繋がっているのだ。
それなのにこの男性は・・・・・・・。
目の前にいる、手を繋ごうとする、少女の輪郭すら、遠ざけようとする。
どうして?
と、私は心の中で呟いた。
どうして。とても長い間苦しんできたはずなのに、
これ以上、辛い思いを重ねようとするのか。
いいや、・・・・・・・・・・違うか。
真相は、いとも軽々しく、足元に転がっているのだ。
私が、容量不足なんだわ。


私は、彼を置いて、遠く遠く旅に出かけることにした。
一応、男性には言ってあるけれど、聞き流されているだろう。
彼は、弱い者には、見向きもしないのだ。
自分が認識する、抱え込めるだけの力量がある、と判断された者だけ、
彼の傍にいることができる。
そんなに、彼の傍にいたいのか、と。
何処かで何者かの声がする。
さあ。分からない・・・・。と、私は答える。
解答など何処にもないのだ。ただ、今見えていることだけを必死にやって、
その結果として、今があるのだと思う。


なんてありきたりで、へんぴな言葉を綴って、
私はまた旅を続けようと思う。

へんぴな戦場

へんぴな戦場

男性と少女が孤独な将来について、嘆き哀しんでいます。 その中で、少女は立ち上がります。 読んで頂けると、幸いです。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-11-03

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