阿呆の日記

篠崎 翠雨

前世ノート

1990年8月12日
今日から日記をつけようと思う。始めだから、年も書いておくことにする。何より残しておきたいことは、私の前世についてだ。少し前から感じていたのだが、どうも私は前世の記憶があるらしい。詳細な情報はまだわからないが、#をつけてハッキリとさせていこう。
#1前世の私はどうやら18歳で死んだらしい

8月14日
#2前世の私の名字は「藤山」らしい
今の私の名字は「伊藤」であるから特に関係は無さそうだ

8月15日
#3前世の私の名前は「明」らしい
私の「勝彦」よりも男らしく感じる

8月16日
何かがすっと脳裏をよぎった後、頭のなかに前世の情報が入っているのだ。どういった時に起きるかはわからないが、少しずつ前世についてまとめていこう。

8月19日
今日は、前世の記憶について大島と話した。一切聞いてくれなかった。やはり、信用されるはずもないか。

8月22日
#4「藤山 明」の生まれた年は、1944年らしい
1972年生まれは私だ

#5(#1・#4から)死んだ年が1962年だとわかる
私とは比較のしようがない

8月27日
前世の記憶が全く浮かばなくなった。どうしてだろうか。前は降り注ぐように脳内に流れてきていたのに。

8月29日
また大島に話したのだが、「神からのお告げじゃない?」と苦笑され話は終わった。そうか、神からのお告げか。

9月1日
前世の死亡年私の誕生年の間に10年もの間があることに気付いた。一体何の時間なのだろうか。

9月4日
この空白の10年間の謎が解けた。本来、一度死んだ人間は10年間魂のみの状態になる。その後、記憶が消えたと同時にまた、転生するのである。こうすれば空白も埋まるだけでなく、私が偶然記憶を持っている理由も明らかになる。

#6「藤山 明」は東京で働いていた

9月5日
昨日の発見を大島に伝えてあげたのだが、「まだそんな馬鹿なことを考えていたのかい?」と怒られた。神に愛されるとは大変なことだ。

#7「藤山 明」の死因は自殺だ

9月6日
大島はもう駄目だ。救いようがない阿呆である。明日はどこで演説をしようか。

#8「藤山 明」は結婚をしていた
#9「藤山 明」青酸カリ自殺をした
#10「藤山 明」は9月11日生まれだ

9月7日
道行く愚民に嗤われた。嗤えばいいさ。いつか彼らには天罰がくだるだろう。神は今に鉄槌を下すぞ。

#11「藤山 明」の自殺の決行日は8月4日だ

9月8日
自殺をしたらどうだろうか。決まった日にすれば、うまく来世の私の誕生を予想できるのでは。

#12ここには書き留められないほどにたくさんの情報がわかった。

9月9日
今月の11日に自殺を決行することにした。明日からの演説の下書きでもするか。

演説
「私は神に愛された者だ。愚民共よ、よく聞け。私は私の前世を確かに記憶している。詳細な情報まではわからないが、確かに誕生した年、自殺した年、名前、エトセトラ。大抵の情報は記憶している。私は今月の11日に自殺をする。そして、また、2000年、私が生まれてくるだろう。来世の私をどうか探してほしい。来世の私も神に愛されているだろう。2020年、私はまたここへ来る。」

こんなところかな。

9月10日
青酸カリが届いた。証明素材がようやく届いた。明日が楽しみだ。

9月11日
これを見ているものよ。このノートを来世の私に渡してほしい。それでは。来世で会おう。

#13 来世の私は2000年9月11日に生まれる

阿呆の日記

2018年、或ニュース
「先月8月4日に、18歳の少年が服毒自殺をしたことが発見されました。尚、自宅には一冊の少年の物と思われるノートが見つかっております。」

阿呆の日記

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
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