自殺抑制VR

自殺願望抑制VR
わからん話だが、一昨年くらい前に急に始まったことだった。
カウンセリングや自助グループみたいなモノまでVRだのAIだの導入するという話で、自分にとっては特に他人事で縁のないものだと思っていたのだが・・・

つい先日まで、俺は兄と暮らしていた。一卵性の双子の兄で、考え方もよく似てた。
二人とも地元が嫌いだった。近くのコンビニまで車で30分、娯楽も無い、テレビも見たい放送はどれも映らず、唯一の救いのネット環境も何が影響しているのかわからないが激重でテキストサイトすらロードに時間がかかる。だから学校を卒業したと同時に地元を離れ、兄と一緒に都会に引っ越してきた
俺が見つけた仕事は工場、兄はスーパーと、それぞれ働き始め、二人とも給料なんて雀の涙程度だったが、それでもなんとか暮らしていけたし特に不満もなかった。

そんなある日、兄が殺された。犯人はわからない。
警察は自殺だと断定するが兄はそんな人間では無い
兄はいつもテキトーにブラブラ生きているような人で悩みとは無縁である

兄が亡くなった直後は、警察が来たり葬式の準備やらなんやらと忙しかったが
いざ忙しいのが急に治ると今度は俺の精神がやられてしまった。

きっと頼りにしてたものがいなくなってしまったからだ
兄がいないので家賃だって電気代だって一人で払わないといけない
そして一人で飯を食っても美味しくない、酒を飲んでも虚しいだけだった

そんな日が来る日も続いたある日、仕事でついにやらかした。
きっと前日に飲み過ぎた酒のせいだ。
わかっていたことだ、ネガティブな時に単純作業をすると大きなヘマをやらかす
大量に作り上げてしまった不良品をかき集め、上司に部屋に呼ばれ一通り怒られ謝罪した後、アンケートのような試験問題を渡された。
何が目的かわからんが、道徳のような問題と、いくつかのイラストについて答えるような子ども向けのクイズのような筆記試験
それが終わると今度は病院に行くように言われた。「後の事は気にするな」視線も合わそうとしない上司にそう言われ、指定された病院に行くと、またさっきと同じような試験を渡される。今度は目の前に医者がいて俺の眼球の動きやらを拡大鏡で見ながら何やらバインダーにメモを書いている。

しばらく待合室で待つように言われ改めて病室に案内されると、真面目な顔で医者にこう言われた「あなたは自殺を考えたことがありますね」
「よくわからんが、そんな事は誰でも考えたことがあるんじゃないですか?」ぶっきらぼうにそう答えると、「誰しも考えるかもしれませんが、あなたは一般の人より深刻です」と言われた。確かに自分でもわかる、鬱症状は出ているし、ストレスチェックでもストレスが高いと判断はされるだろう。ただ、そこまで問題ではないと思う。

そして、医者から自殺願望抑制VRの話をされた。
簡単に言えば、自殺願望抑制VRとは、自殺願望がある人に他の自殺願望者の人生を擬似体験させることで、自分の悩みを客観的に判断させると言うものである。冷静に考えれば「なんだそれ」って話であるが、臨床実験でこんな効果があっただとか、なにやら小難しい話を続けている。
説明されている間、なにやら他人事のような気持ちで医者の言葉が全く耳に入ってこない、ただ、昔見たテレビ番組で言ってたキャスターの言葉を思い出す。「人は自分のことなら、どんな些細なことでも死にたくなるが、他人のことには、さほど興味がない」あれはいったいどんな意味だったのだろう。

案内された病院の一室で紙コップに注がれた安定剤を飲んで待つように言われた。
同意書も何も書いてないのに、勝手に始めるのだなぁと思いつつ渡された紙コップを受け取る。

そして気がつくと夢を見ていた、これが自殺願望抑制VRというものなのだろう。
VRだから擬似体験と言っても映像を見ているだけで自分は何もすることができない。

目に写る景色は、偶然にも俺のアパートのすぐ近くだった
少し古い一軒家、洗面所の鏡に写る少女の姿は学生服で置かれたカチコチと煩い白い置き時計から今から学校に行く時間なのだろうかと推測される

通学路から学校に向かうにつれ胸が痛くなる、目の前に映し出されている場面は教室に入る瞬間だった。
教室に入ると、そこに自分の席は見当たらない「ああ、この子は学校でいじめにあっているのだぁ」と理解した。
机がなく困惑する少女を見て、指を刺して笑う少女達、チャイムが鳴り、教室に入ってきた眼鏡をかけた若い教師も少女のことを見て見ぬフリをしている
居場所をなくした少女は階段を上り屋上へ。そして泣きながら何かを呟いた

映像を見ていて俺は怒りが湧いていた。
気づくと怒鳴りながら立ち上がっていたようで、かけていたであろうゴーグルが外れてしまっている。

もちろん、俺に自殺願望なんてものは無くはないが、そこまで思いつめてはいない
しかし、この思いつめている少女の問題は、校長でも教育委員会でもPTAにでも言えば解決するかもしれない話だ

聞き覚えのない音が鳴り響く、俺が立ち上がりゴーグルを外したことで警報音が鳴っているようだ
どこからともなく看護師が飛んで来て俺に再び座ってゴーグルをかけるように指示を出す。

しぶしぶゴーグルを再びかけ直すと、場面が変わり、今度は夜の公園だった

少女はブランコに座り、その隣には誰か同じようにブランコに跨っている
風が吹いた、乾いた冷たい風が頬を撫でる

聞き覚えのある声に名前を呼ばれる、隣にいるのは自分の兄だった
少女は兄に恋心を抱いているようだった
心臓が張り裂けそうで頬は赤く染まっていることだろう
少女は兄に告白をした、そして兄はそれを優しく断わった。

ふと冷静になる。なぜ俺はこんな映像を見ているのだろう、知らない少女と俺の知らない兄の一面
しかし少女の心の痛みはよくわかる
飲んだ薬のせいで彼女のメンタルと俺のメンタルが同期しているからだ

だが、本当にこれが治療になるというのだろうか
一日に使えるVRの上限の時間に近づいているとのことで、続きは後日となり、今日は帰るように指示を受ける。
しばらく通院し、精神が落ち着いてくれば、今度は俺からも映像を取り出して ランダムで誰かに使われるらしい

薬のせいかそれとも自殺抑制VRのせいだか、少し気持ちは落ち着いた。
病院を出ると、外はすっかり暗くなっていた。少しだけふらつきながらも家路に向かって歩き始めると
偶然にも先ほどの映像で見た公園に差し掛かる

桜の花が咲いている。映像で見たときはまだ、兄が生きていた頃
あれは何ヶ月前だったのだろう。
ふと目をやると、ブランコに少女がいた
学生服は着ていない 髪が少し伸びている

いきなり、兄と同じ顔の俺が話しかけたら
彼女は困惑するだろうか、でも話しかけずにはいられなかった。どんな形であれ彼女を救うことができると確信していたからだ。

思い切って「あの・・」とだけ声をかけた。驚いた表情の少女、

「あの・・兄の事知ってますよね?、その俺の双子の兄で・・今日、自殺願望抑制VRであなたの事を知って・・」
考えがまとまらないまま言葉が口から思わず出てしまった。

そして悲鳴にならない声で少女は走り出して逃げていった。
それを私はその少女を追いかけ・・・・


「では、ゴーグルを外してください、以上のように、異常者は自分の都合の良いように物事を考え込んでしまうのです。この場合、この殺人鬼にはそもそも兄なんていません。そしてもちろん自殺願望抑制VRなんてものはありません。偶然出会ったばかりの少女に対して、自分なりの人助けの為と考え殺してしまったのです」「はい、続いてテキスト31ページの異常者のVRです」

自殺抑制VR

自殺抑制VR

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-03-01

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