思い出のランプ
大きな傘立てに彼女が入る
「クローム、傘立てには入らないでおくれ」腰も痛いし、体が重い。
笑顔でクロームは、「嫌だ」と言う。
「クローム、お願いだから」
私はもうそんなに長くないのだから、あまり迷惑をかけないでおくれ。
クロームの脇に手をやると、重い体を思いっきり持ち上げた。
「じいちゃんはもう歳なんだから」
嫌そうにしても、少し浮かんだ口元の緩みは隠しきれない。「じいじ、笑ってる」
そのまま駆けてくクロームの後ろ姿はどんどん遠くなっていく。後ろから心地よい風を感じる。「マリア、」
抱きしめた体は、以前よりも細っそりし、少しだけ背も縮んだ気がする。「お父さん、背が少し小さくなったんじゃない?」
「何を言ってんだ、マリアこそ小さくなったんじゃないか」
懐かしいマリア、クロームを迎えに来たマリア。
「お父さん、ありがとう。クロームの面倒見てくれて」
上がった口元と、下がった目元が少し悲しそうだった。
「いいんだよ。いつでも来ていいんだから」
マリアが部屋に上がる間も、私には全てが遅く感じた。マリアの動きも、クロームの声も全てがスローモーションに感じた。「お母さん!」
「クローム、遅くなってごめんね。良い子にしてた?」
「わたしずっと良い子にしてた。じいじがいっつも本読んでるから、こっそり本隠したりしたの」
部屋中に笑い声が響く。体を離しながら、二人が私の方を見る。
「お父さん、本当にありがとう」
マリアの声が異様に大きく感じる。こもっていて聞き取りにくい、二人の姿も段々と霞んできた。
「じいじ?」
「お父さん!」「じいじ!」
最後に見たのは、染みだらけの天井と、揺れるランプと、そして私を覗き込んだ二人の顔。
「母さん、」
最後の二人の顔はよく見えなかった。
ただはっきりと、母さんのお気に入りの、吊るされたランプと、揺れるオレンジの灯りが見えた。
思い出のランプ