不可能な任務

 私は瞬間、サブリナの脇の右壁が盛り上るのを目の端で捉えた。そして、考えるよりも早く、サブリナを突き飛ばし、それと同時に何かが爆発する音を聞いた。
 凄まじい音の中で私はぼんやりと、やはりそうかと納得した。
 やがて音は収まる。
 足が痛い。見ると、腰から下が瓦礫の中にすっぽりと埋まっていた。力いっぱい脱出を試みたが、抜けそうにない。
「プラム!プラム!」上では、サブリナが私のコードネームを叫びながら、瓦礫をどかそうと躍起になっている。
 私は一つため息をついた。
「サブリナ。ちょっと、こっちに来なさい」
 サブリナがやって来て、私の前に屈んだ。それで、私は泣き出しそうなサブリナの顔を、真下から見上げる形になった。
「いい。サブリナよく聞きなさい。ここは、私一人でなんとかする。だから、あなたは先に行きなさい」
「いやよ。私には出来ない。プラム、あなたの力が必要よ」
「時限爆弾の爆発まで、あと、たったの十五分。ここで油を売っている時間はないわ。もう、この街を救えるのはあなたしかいないの。やつは本物の愉快犯。だからこそ、やつの爆弾には、必ず解除する方法がある」
「そんなことは知ってるわよ。だから、プラム、あなたの力が必要なの。私一人に、街の命運を背負わせないないで」
「じゃあ、あんたの息子や旦那が街ごと吹っ飛んでもいいのね」
 最後の一言は決定的だった。サブリナは、私に背を向け「必ず戻ってきます」と言い、駆け去った。
 やがて、足音が消え、すぅっと静かになる。

 ああ、もう嫌だ。また、こんな役回りだ。
 何が、後は任せただ。本心ではそんなこと、これっぽちも思っちゃいない。他人に人生を預けるなんてまっぴらごめんだ。できることなら、私が解除したかった。
 それに、私は……、私が役に立ちたかった。役に立って、頑張ったねと、そう一言、言われたかった。
 腕にはめた時計を見る。残り十分。サブリナはそろそろ爆弾の下に辿り着き解除に取り掛かっている頃だろう。
 爆弾の解除は、きっと最後は運任せになる。何年やつを追ってきたことか。やつの考えそうな事くらいはわかる。やつなら、必ずコードを切らせる。
 赤を切るか、青を切るか。誤ったコードを切ったら、バーン、即お陀仏だ。
 けれども、それでもサブリナは正しいコードを切るだろう。
 サブリナはそういう子なのだ。
 私なら……おそらく、しくじる。確率論なのだから、何の根拠もないが、私は確かにしくじる。
 しかし先に進んだのはサブリナなのだから、何も問題はない。
 明日の新聞の見出しは、こうだろう。
ー特殊捜査員サブリナが街を救う!ー
 この窮地から街を救ったからには、もう隠密ではいられない。サブリナは強い日の光を浴びるだろう。
 記者達がサブリナを問い詰めるに違いない。サブリナのことだから、協力者がいたこと、私という存在があったことを語るかもしれない。
ーサブリナを陰で支えた捜査員の存在ー
 二面記事に中途半端な大きさで載るのだ。
 ああ、気持ち悪い。想像しただけて吐きそうだ。
 良き上司、良き戦友。好き勝手に地位を与えられ私はそれを演じなければならない。
 そんなことになるくらいなら、全て爆発してしまえ。燃えて灰になってしまえばよい。生き残っても待つのは地獄だ。
 あと五分。サブリナ、あんたはどのコードを選ぶ?
 無論サブリナに恨みない。
 寧ろサブリナは、我々日陰に生きる者の希望なのだ。トラップ以外での恋が許されなかった我々にとって、捜査員同士とはいえ、恋をし、愛を育み、家族を知ったサブリナは、我々みんなの希望なのだ。
 ただ、これだけは、言わせて欲しい。サブリナが家族に少しでも時間を割けるよう、その仕事を被ったのは誰だ。見つけた膨大なデータの完全消去、地道な痕跡追跡作業、誰にも気づかれてはならない汚れ仕事、面白くもなんともない、誰にも感謝されない地味で日の当たらない作業をしてきたのは誰だ。決して、暗号を解き、爆弾解除のパスワードを見つけることだけが、我々の仕事ではないのだ。
 勿論、サブリナは、そんなことわかっている。私に感謝をしている。
 だって、私がいなければ、今のサブリナはなかったのだから。
 私が出来なかったこと、やりたかったこと、それを全部できるように、私が道を切り開いた。
 サブリナは私の希望だったのだ。
 なのに、どうしてこんなに悔しいかな。
 あと一分。
 さあ、選べ、サブリナ。あなたなら、きっと正しい選択をすることができる。
 情けない上司は、爆弾の下に辿り着くことさえできず、ここであなたの不運を祈っている。しかし、強く勇敢なあなたにとって、そんな呪いは何でもないはずだ。あなたが街を救うのだ。
 三十秒。
 ああ、もう嫌だ。何も考えたくない。
 ここから、消え失せたい。全て吹き飛べば良い。私も、サブリナも、街も何もかもなかったことになれば良い。しかし、やはり死は怖い。
 十秒。
 ああ、何を考えていたんだ。私の考えなんてどうでも良い。街は救われなければならない。救うべきものを救うのが、我々の仕事だ。
 五秒。
 ああ、サブリナに全てを託す……。
 三、二、一……。

 プラムは思わず目を瞑った。
 そして、しばらくそうしていた。しかし、やがて、何も起こらない静けさに気がついた。
 終わったのだ。サブリナの勝利だ。
 深いため息と共に、プラムの全身の緊張が緩んだ。
 緩むと共に、足を挟んだ瓦礫の中に少しだけ足の角度を変えられる空間があることに気づいた。そして、その角度のまま、腕に少し力を入れると、瓦礫の中からするりと抜け出すことができた。
 ゆっくりと立ち上がり、身体をじっくりと調べてみる。大した怪我もない。

 さて、一体どうしたものか。
 私は私のこういうところが嫌いなんだ。
 プラムはそう思った。

不可能な任務

不可能な任務

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-02-24

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